Just in time のクスリ製造~フロー法による医薬品の合成~

小林 修(化学専攻 教授)


化学品を合成する方法には,主にバッチ法とフロー法がある。バッチ法は,反応に用いる出発原料,添加剤,溶媒などをフラスコや反応釜(タンク型の反応器)に入れて反応を行い,一定時間後に反応を停止させ,その後さまざまな処理を行って生成物を取り出す方法である。これに対して,フロー法は,出発原料をカラム(筒型の反応器)やループ(管型の反応器)の一端から連続的に投入して生成物を他端から得る方法である。現在,医薬品をはじめとするファインケミカルの製造のほとんどは,バッチ法の繰り返しで行われている。一方,フロー法はこれまで,気体分子の反応による簡単な構造の基礎化学品の大量合成に用いられてきた。ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成がその代表例である。

  (R)- ロリプラムのフロー法による合成装置。4つのカラムを通過し8 段階の化学反応が進行する。

 
バッチ法とフロー法では,フロー法の方が環境負荷の低減,効率,安全性の面で優れている。一方,フロー法はバッチ法に比べると難しく,簡単な分子の合成には使えても,複雑な構造をもつ医薬品などの有機化合物の合成に使うことは困難であると考えられてきた。

今回,われわれはフロー法により,抗炎症薬の有効成分である(R)-ロリプラムを合成した。4つの高活性な触媒を新たに開発し,これらの触媒を充填したカラムに原料を連続的に通過させるだけで8段階の化学反応が効率よく進行し,(R)-ロリプラムが簡便に合成できることを示した。今回開発した手法は,中間体の単離や精製などが一切不要で,反応に必要なエネルギーもバッチ法に比べて低く,触媒と生成物の分離操作が不要であるという特徴がある。図に示す合成装置のスイッチを入れれば(R)-ロリプラムが自動で合成でき,一週間の連続運転でも安定供給できる。

先に述べたように,現在,医薬品はバッチ法による反応の繰り返しで製造されており,原料の調達から数えると製造に数週間から1ヶ月以上かかることもある。したがって,最初に示したインフルエンザのような場合は,流行してから特効薬を製造し始めたのでは間に合わず,薬の備蓄が必要になる。これに対して,フロー法によれば,基本的に欲しいときに欲しいだけの量が製造できる。ここで製造されるのはクスリの有効成分(原薬)で,実際のクスリとして使うには製剤や安全性試験を経るため,「フロー法の完成=備蓄は不要」とはならないが,原薬の製造にかかる時間が圧倒的に短いので,備蓄をなくすための第一歩であることは間違いない。今後,フロー法のための有機反応や触媒の研究を続けることで,さまざまな医薬品の製造が「Just in Time」方式になっていくことが期待される。

本研究は,T. Tsubogo et al. Nature 520,329 (2015)に掲載された。

(2016年4月16日プレスリリース)

 

 

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