記憶効率が一日の時刻によって変化する仕組み

清水 貴美子(生物科学専攻 助教)

深田 吉孝(生物科学専攻 教授)


マウスに2つの積み木を5分間呈示して探索させ記憶させる。その 24時間後に,最初に呈示した積み木のひとつと新しい形の積み木ひとつを呈示する。マウスが初めに呈示した積み木の形を覚えていれば,新しい積み木を探索する時間が長くなる。これはマウスの好奇心を利用した一般的な記憶効率の測定法である。このテストを一日のうちのさまざまな時刻に行うと,マウスの活動期の前半(マウスは夜行性なので夜の前半にあたる)に記憶効率が最高に達した。記憶は脳の海馬が司ることはよく知られているが,海馬から遠く離れた場所に位置する視交叉上核という脳内の神経核を破壊すると,このような記憶効率の時刻変化は消失し,どの時刻にも記憶できなくなった。視交叉上核は体内時計の中枢であり,この実験から中枢時計が学習効率の時刻変化を生み出す事が分かる。時計は海馬にも存在するが,この海馬時計は中枢時計の支配下にあることが知られている。遺伝子工学的な実験手法を使って海馬時計だけを破壊したところ,やはり記憶効率の時刻変化は消失し,どの時刻にも記憶できなくなった。これらのことから,記憶効率の時刻変化は,海馬時計を介して視交叉上核の時計中枢によって支配されていることがわかった。いっぽう, 8分後におこなった短期記憶テストでは,一日を通して一定の記憶効率を示し,さらに視床下部の中枢時計や海馬の末梢時計を破壊しても何ら影響を受けなかった。つまり,短期記憶は一日のどの時刻でも可能だが,これを長期記憶として固定化する過程が体内時計の制御下にあり,時刻によって変化することがわかった。

 
 
記憶効率の測定法。
写真は積み木Cをマウスが探索している様子。


では,どのような仕組みで長期記憶の日周リズムが作られるのだろうか。体内時計が記憶の固定化を制御するためには, SCOP というタンパク質を中心とした一連のシグナル伝達機構が重要な役割を果たすことが明らかになった。海馬の神経細胞において, SCOPは記憶の固定化に関わるタンパク質(K-Ras)を抱き込むことで長期記憶を形成するためのポテンシャルを蓄える。海馬時計の制御によって海馬のSCOP量が時刻変化し,これにより,長期記憶形成のポテンシャルを一日の活動期の前半だけに蓄えるのである。同じ学習シグナルが海馬に到達しても,これを固定化する過程で働く分子の量が変化しているので,長期記憶に時刻変化が生み出されていることがわかった。

ヒトでも記憶しやすさには時刻変化があると言われているが,今回発見した仕組みはヒトにもあてはまると考えられる。このような記憶の固定化の時刻変化を利用すれば,より効率よく学習効果を上げることができるかもしれない。

本研究成果は,K. Shimizu etal. ,Nat. Commun., 7,12926(2016)に掲載された。

(2016年9月30日プレスリリース)

 

 

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