形無きものから法的権利を生み出す

工藤 由里子(中村合同特許法律事務所 弁理士)


PROFILE

東京大学理学部地学科(地質学・鉱物学)卒業
東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 修士課程 修了
日本板硝子株式会社 入社
弁理士登録
中村合同特許法律事務所 入所
1999年
2001年
同年
2006年
2007年

 

 

 

アメリカ特許法を学ぶ研修参加のために滞在したワシントンD. C.にてセグウェイ試乗中の筆者

弁理士は,知的財産に関する業務の専門家である。弁理士の数は日本全国で11, 099人(2016年9月30日現在),東京大学の学部学生の数14, 047人(2016年5月1日現在)よりも少ない。理科系出身の弁理士は8, 814人,弁理士全体の約8割を占める。弁理士は法律の専門職なので「理系の弁護士」のような資格と言う人もいるが,私は少し違和感がある。弁護士のおもな仕事は,すでに持っている権利(たとえば所有権など)に基づいて相手方に何かを請求することであるが,弁理士のおもな仕事は,権利をつくり出すことであるという点で,弁護士の仕事と弁理士の仕事は全く異なる。権利をつくり出すというのは語弊があるかもしれない。たとえばここに1つの技術的な創作があったとして,それ自体は何の権利でもないし,技術的な創作には形が無いので,一体どこからどこまでが従来から存在する技術であって,どこからどこまでが創作の範囲であるのかも良く分からない。そのような技術的な創作を言語化してその範囲を定義し,特許庁とのやりとりを経て特許権という権利を取得するのが弁理士の仕事である。取得する権利の範囲をどのように定めるかは弁理士の個性や力量によって異なる。権利範囲の定め方によって,将来係争となったときに権利者に有利になることもあれば不利になることもある。そういった先のことまで考えて最善の権利範囲を定めるべく,読点ひとつまでにも気を配って技術的思想を言語化するのが弁理士である。

弁理士は,特許権以外にも実用新案権・意匠権・商標権も取り扱う。実用新案権は技術的な創作,意匠権は工業デザイン,商標権は業務上の信用をそれぞれ権利化したものである。理科系出身の弁理士の場合,特許業務を専門とする人が多いが,意匠や商標に関する業務を行う人もいる。私もその一人で,特許と意匠の両方を扱っている。弁理士に理科系出身者が多いのは,技術を理解するためには理科系の知識が必要だからである。大学や大学院で自分が学んだ分野の技術の仕事を扱うことができれば好ましいが,実際には受任した案件の技術分野が自分の専門分野と完全に一致するということはあまりない。私の場合も,理学部地学科(地質学・鉱物学;現在の地球惑星環境学科)を卒業後,修士課程は小暮敏博先生(現地球惑星科学専攻教授)の研究室で原子間力顕微鏡を用いた鉱物微細構造の解析をテーマとした研究を行ったが,仕事で鉱物微細構造に関連する技術を扱ったことは今までに一度だけしかない。

理学系研究科の出身者は,「自然現象から法則を導く」ということに少なからず関心があるのではなかろうか。新しい装置・新しい素材・新しい薬品などの具体的な技術を分析してコアとなる技術的思想は何なのかを抽出する弁理士の作業は,理学系研究科出身者の思考方法に親和するものであると思う。また,弁理士は,法改正や制度改正に対応すべく法的知識を常にアップデートする必要があるだけでなく,さまざまな技術の進歩にも関心を払い続ける必要があり,職業人生において生涯勉強し続けることを求められるので,物事を探求する理学系マインドが大いに生きる職業であると思う。


理学から羽ばたけ>

 

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