PANSYレーダーによる南極大気精密科学の幕開け

佐藤 薫(地球惑星科学専攻 教授)

南極昭和基地に設置されたPANSYレーダー (Program of the Antarctic Syowa MST/IS radar,以下PANSY) は,東京ドームの約2倍の面積に千本あまりのアンテナが配置された大型大気レーダーである。コード化されたパルス状の強い電波ビームを大気に向かって送り,大気に満ちている乱流から散乱されて戻ってくる微弱な電波のドップラー偏移を調べることで風を推定する。ビームを真上に送ると風の鉛直成分が観測できる。鉛直風は,対流や波動による熱や運動量の鉛直輸送を見積もる上で必須の気象要素であるが,これを高い時間分解能(約1分),高度分解能 (150m) で連続的に直接観測できる気象測器は大型大気レーダーのみである。対流圏から電離圏にいたる広い高度領域の同時観測が可能であることもこのレーダーの特長である。

PANSY レーダーと昭和基地に接岸したしらせ(橋本大志撮影,国立極地研究所提供)

大型大気レーダーを観測空白域である南極に設置することは, 2003年に国際測地学・地球物理学連合で提言されたように,研究者の長年の夢であった。こうした中, PANSYは2011年の夏(2月)に設置され同3月に部分稼働による初期データの取得に成功した。その後,砕氷船を寄せ付けない荒れた海氷や,異常積雪など,南極の自然に苦しめられ続けられていたが,少しずつ機器調整を進め, 2015年3月,ついに全群稼働が実現した。

なぜ,精密観測が,南極のような僻地で必要なのであろうか?それは地球大気が全体として一つのシステムを構成しているからである。大気には,数分から数十年の何桁にもわたる時間スケールを持った大小さまざまな現象が階層をなして存在している。それらが相互作用することによって運動量や熱の分配が決まり,地球気候の主要要素である大気大循環や地上の気温や気圧のパターンとなって現れる。この中で,極域は,冷源としての役割を担うという意味で重要であり,太陽活動とも関係する高エネルギー粒子がたやすく侵入して熱圏や中間圏の大気の電離が起こるなど宇宙からの影響を受けやすい場所でもある。

大型大気レーダーは分解能が高いために,大気の階層構造をまるごととらえることができる。特に周期が短く鉛直スケールの小さいことが特徴の大気重力波の発生や伝播,消滅過程や,これを介した対流圏から中間圏への鉛直運動量輸送の定量的な把握が可能である。最近の高解像衛星観測や大気大循環モデルの研究により,南半球高緯度において重力波は大きな振幅を持つことがわかってきており,南極沿岸に位置するPANSYによる重力波の直接観測は,気候モデルの予測精度向上に大きく寄与すると期待されている。これはたとえば,地上紫外線量に影響するオゾンホールの季節変化の予測改善にもつながり,その知見は北半球にも適用することが可能である。

南極(あるいは極域)には固有の大気現象も存在する。PANSYは極中間圏雲や成層圏雲の生成消滅過程の解明に新たなメスを入れることになる。南極大陸を縁どる3000m級の切り立った斜面が作る特異なカタバ風循環の立体構造や変動も見えるだろう。このようにPANSYの捉える南極大気には興味深いテーマが満載である。地球惑星科学専攻の気象学(大気物理学)研究室では, PANSYによる主にサイエンス面の研究を担当しており,高解像度気候モデルを組み合わせた南極の地球気候への役割に関する研究や,観測の解像度の高さを生かした大気の階層間結合に関する基礎研究を行っている。昭和基地でのオペレーションやPANSYの高機能を生かした工学的視点からの研究は国立極地研究所や京都大学情報学研究科が主に担当している。

 

 

理学の現場>

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加