英語ノート

福村 知昭(東北大学 教授)

何年か前にテレビで放映していた歴史ドラマに山川健次郎という人物が登場した。山川健次郎の銅像は理学部1号館の前にあるが,東大の総長を2回,九大の総長,京大の総長を務めあげた,立派な教育者である。彼は激動の世の中を生きた日本人の初代の科学者であった。


長岡半太郎の山川教授講義筆記ノート(提供:国立科学博物館)

十代半ばには会津藩の白虎隊の隊員として 会津戦争に従事した後,アメリカに国費留学生として渡航し,エール大学(Yale University)で物理学の学位を取得,東京大学で日本人初の物理学教授となった。国立科学博物館には, 山川健次郎が英語で講義した際,受講していた長岡半太郎の筆記ノートが残されている。はて,英語で講義というのは最近でも東大,特に理学系研究科で復興しつつある。山川健次郎の時代は欧米に学ぶためには英語でないと情報を 得られないという情勢であったであろうが,今ではグローバリゼーションに乗り遅れずに国際化の仲間入り を果たすというのが主要な目的ではないかと考えられる。筆者が学生の頃読んだ,(記憶が定かでないが)ある物理学の名著の日本語訳のまえがきに,和訳を出すことによって,名著の内容を日本の若い学生に広く知らしめたい,という内容が書かれてあった。英語よりは日本語のほうが容易に素早く理解できるということであろう。もっとも英語が達者に越したことはないが,筆者が30代前半にアメリカの大学に留学したときは,日本語も英語も流暢に話せるが,あまり深い内容の会話ができないのではないかと思われる日本人学生とも遭遇した。英語化というのは,国際化社会では避けて通れないが,英語と文法が大きく異なる日本人にとっては,理解がおろそかになる危険性もある。かつて,日本を飛び出して欧米から科学を持ち帰った日本の近代化に貢献した勇者に対して,インターネットで世界中から情報を取ってこられる今の時代に,現代の日本人がどのような「新しきを知る」 ことができるかを議論すべきときではないだろうか。

※ 2015年3月まで化学専攻准教授

温故知新>

 

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