理学部インターネット黎明期

横山 央明(地球惑星科学専攻 准教授)

理学部ニュース前身の理学部廣報の 1989年9月号(21巻2号)に釜江常好名誉教授が執筆された「東京大学理学部国際理学ネットワークについて」という記事がある。TISN(Todai International Science Network)についての内容で,存在せぬ状況が今では想像できないほど不可欠となったインターネット国際接続立ち上げの話が書かれている。

「東大・ハワイ大学間の高速計算機ネットワークは,8月9日に接続を終え,いつも利用できる状態になっている。…すでに理学部から世界に向けて高速計算機ネットワークが開通したことになる。」もちろん高速とはいっても20年近く前のことで,ハワイ大学との回線速度は 64kbpsである。Wikipedia によると,現在日米をつなぐ国際通信ケーブルのひとつ Japan-USケーブルシステムは,テラbps の速度を持つそうで,ざっと 1千万倍以上速くなっている。

「理学ネット」という名の通り,用途は研究に限られていた。そもそもインターネット自体が研究以外に利用されることが,当時なかったはずで(のちに「商用インターネット」という用語が現れたぐらいで),現在のようなありとあらゆるところにネットが使われる状況は私には想像すらできなかった。

1990年に修士入学した私は,インターネットという言葉をそのころ初めて聞いた気がする。当時としては先端的であった研究室には Sun社のワークステーションが 2台あり,一方から他方にメールが送れることに,とてつもなく感動したのを覚えている。残念ながら当時のわたしの力では外部,ましてや国境を越えた研究機関とメールをやりとりするという習慣がなく実感として感じることはできなかった。しかし,当時おなじ研究室に在籍していた助手の方が,外国留学中の配偶者である研究者とやりとりするメールのハードコピーが机の上にあったのは鮮明に覚えている。

さてデータ流通は1000万倍速くなった。研究の質も相関してよくなったはず。少なくともメールの量は大幅に増えた。

 

 

 

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