特集 ノーベル物理学賞2015受賞決定 宇宙線研究所長 梶田 隆章 教授




梶田 隆章(かじた たかあき)
1986年,東京大学大学院博士課程修了(理学博士)。1999年,東京大学宇宙線研究所教授,同研究所附属宇宙ニュートリノ観測情報融合センター長,2008年4月より同宇宙線研究所長,2015年ノーベル物理学賞受賞。
※ 1992年から理学系研究科物理学専攻兼担

 

祝 ノーベル物理学賞受賞
福田 裕穂(理学系研究科長・理学部長/生物科学専攻 教授)

梶田隆章先生は東京大学物理学専攻博士課程修了後,小柴昌俊先生,故・戸塚洋二先生の下で,東京大学理学部の助手としてニュートリノ研究を始めました。1986年にニュートリノ振動の兆候を確認,その後,1996年に完成したスーパーカミオカンデ(岐阜県神岡)での観測により,ニュートリノが質量を持つことを明らかにしました。この研究により,素粒子研究は新たな局面へと突入したのです。

これらの一連の研究は,小柴先生以来,理学系研究科で脈々と受け継がれてきた,素粒子研究の1つの到達点であり,まさに東京大学の物理学研究の先端性を物語るものであります。私も先端的科学を志す一人として,また,理学系研究科を預かる者として,梶田先生のノーベル物理学賞受賞を心よりお慶び申し上げます。

梶田隆章教授のノーベル賞受賞をお祝いして
佐野 雅己(物理学専攻長/物理学専攻 教授)

このたびの梶田隆章先生のノーベル物理学賞受賞に際し,物理学専攻を代表して,心からお祝いを申し上げます。東京大学の物理学科または物理学専攻出身のノーベル物理学賞受賞者はこれで,江崎玲於奈氏,小柴昌俊氏,南部陽一郎氏に引き続き4人目となりました。中でも梶田先生は,現役の東大教授としては初めての受賞であり,かつ本学の実験施設による観測で成果をあげられたことは,東京大学の全ての構成員にとって大きな誇りであり,このたびの受賞は,またとない嬉しい知らせとなりました。梶田先生は,世界で一つしか存在しない観測装置であるスーパーカミオカンデを用いて,大気ニュートリノの振動を始めて観測しました。大気から直接降り注ぐニュートリノと地球の裏側から到達するニュートリノの量が違うことに気がつき,綿密なデータの解析と集積によりこの発見を確実なものとし,ニュートリノに質量があることを明らかにしました。このことは,素粒子の標準理論を超える新しい物理へと導く,まさに人類の知の先端を切り拓く成果であると思います。この成果により,今年の文化勲章も受章されました。梶田先生は現在,神岡の地下で新たに建設され立ち上げが進んでいるKAGRAの研究代表者として,重力波の初観測を目指しておられ,さらなる成果への期待も膨らみます。これらの輝かしい成果を手に今後も,理学系研究科物理学専攻のメンバーとして,大学院生の教育に共にご尽力頂くことを期待しております。

 

 

 

神岡の人たち
相原 博昭(副学長/物理学専攻 教授)

「神岡に2つ目!」2015年10月6日夕刻,宇宙線研究所梶田隆章所長にノーベル物理学賞の受賞が決まったというビッグニュースが飛び込んで来た。ニュートリノ振動現象の発見という素粒子物理学上の大発見にノーベル賞が授与されるのは,時間の問題とわかってはいたが,やはり感激する。梶田先生,そしてスーパーカミオカンデグループに改めておめでとうと言いたい。カミオカンデからスーパーカミオカンデに続く神岡グループの研究活動を横から眺めてきた同じ分野の研究者としては,小柴昌俊先生(2002年ノーベル物理学賞)が始めた大型水チェレンコフ検出器を使った地下実験の約40年にも及ぶ研究と研究者の歴史に畏敬の念すら覚える。

私が,神岡地下実験計画の存在を知ったのは,自らの博士号取得の前後に,当時素粒子物理国際センターに所属されていた,戸塚洋二先生にWater ball(水ボール) なる実験プロポーザルについて話を聞きにいった時だったと思う。小柴先生と戸塚先生は,カミオカンデをボールにしたような検出器を高エネルギー物理学研究所が建設中の(当時)世界最高エネルギー電子陽電子衝突型加速器トリスタンに持ち込んで,全エネルギー観測型の実験を提案していた。このプロポーザルは,あえなく却下されたが,小柴グループは,このようなタイプの実験を始めようとしているのだと思った記憶がある。当時の小柴グループは,猛者の集まりである。須田英博先生,折戸周治先生,山田作衛先生,そして戸塚洋二先生という,いずれも泣く子もだまる怖い先生たちを,大親分の小柴先生が統率していた。特に,神岡で始まろうとしている地下実験は,須田,戸塚という鬼軍曹が仕切っているという話を聞いて,当時は,とても恐ろしい所のように思っていた。しかし,この神岡実験が,その後,ニュートリノ研究を牽引するトップ科学者を輩出する場となった。梶田所長と中畑雅行現神岡宇宙素粒子施設長は,神岡実験で博士号を取得した第一世代の大学院生である。あの暗い山奥で,さぞかし大変な経験をされたのではないかと勝手に推測している。

神岡実験は,小柴先生と梶田先生だけでなく,数々のノーベル賞級の研究者を輩出している。スーパーカミオカンデのリーダーであり,国内外の多くの人に愛され尊敬された戸塚洋二先生,中畑先生とともに太陽ニュートリノの振動を発見した鈴木洋一郎元宇宙線研究所長,カミオカンデの跡地に新型検出器カムランドを建設し,原子炉から発生したニュートリノが振動することを世界で始めて明らかにした鈴木厚人前高エネルギー加速器研究機構長,加速器で生成したニュートリノをスーパーカミオカンデに打ち込んで,ニュートリノ振動の存在を決定的にしたK2K実験とT2K実験を率いた西川公一郎元高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所所長と中村健蔵高エネルギー加速器研究機名誉教授,そして,彼らの後に続き,現在最前線で活躍している多くの若手の研究者たちである。これらの神岡の人たちに共通しているのは,研究に妥協がないことである。実験装置の性能をとことん極め,データの徹底した解析を行う。この人たちは,そこにいっさいの妥協を認めず,鬼になりきることができる。ただし,この鬼は常に楽天的である。梶田先生のあの温和な笑顔の奥にも,やはり,その鬼が潜んでいると思う。

カミオカンデは,素粒子の大統一理論を証明するために,その予言である陽子崩壊発見を第一の目標として建設された。そのカミオカンデに超新星爆発からのニュートリノが届き,ニュートリノ天文学の幕が開いた。後継機スーパーカミオカンデは,ニュートリノ振動を発見し,素粒子物理学のパラダイムシフトをもたらした。しかし,陽子崩壊は依然として発見されていない。次世代機ハイパーカミオカンデの設計が進んでいる。神岡の人たちは,次に何を発見するのであろうか。神岡には,まだまだ沢山の鬼が住んでいる。


スーパーカミオカンデ建設時(1995年) の集合写真。最上段列右から4番目が梶田先生。 写真提供:東京大学宇宙線研究所

 

 
 

 

素粒子物理学とニュートリノ
諸井 健夫(物理学専攻 教授)

スーパーカミオカンデ実験は世界で初めて,大気ニュートリノのフレーバー振動という,ニュートリノ質量の存在の可能性を強く示唆する現象を観測した。そしてその結果は1998年に梶田隆章先生により,岐阜県高山市で行われた国際会議において報告された。スーパーカミオカンデ実験の結果が報告されるまでニュートリノ質量が存在するかどうかは素粒子物理学の大問題であり,梶田先生の報告は大きなインパクトをもって受け止められることとなった。(個人的体験で恐縮だが,私もその国際会議に出席していた。梶田先生の講演に対してスタンディングオベーションが起こるのを目撃したことは,今でも忘れられない思い出である。)


スーパーカミオカンデ展開図(イラスト:マブチデザインオフィス)

ニュートリノには電子型,ミュー型,タウ型という3種類(フレーバーと呼ばれる) が存在する。そして,ニュートリノの質量がゼロの場合,それぞれのニュートリノのフレーバーは変化しない( 例えば電子型のニュートリノは時間が経っても電子型のままである)。一方,ニュートリノに質量がある場合,フレーバーの変化( いわゆるニュートリノ振動) が起こることは,1962年,牧二郎・中川昌美・坂田昌一により指摘されていた。

ニュートリノ振動は,量子力学的効果として理解される。ニュートリノが質量を持つ場合,それぞれの型のニュートリノは複数の質量固有状態の重ね合わせとなる。簡単のためミュー型,タウ型2種類のニュートリノのフレーバー振動が重要となる場合を考えると,エネルギーEを持つミュー型ニュートリノが距離Lを伝播した後タウ型に変わってしまう確率は,P(νμ→ντ)=sin22θsin2 (Δm2L/4E)となる。ここでΔm2はミュー型とタウ型ニュートリノを構成するふたつの質量固有状態の質量の2乗の差である。この式から,質量がゼロだと,ニュートリノ振動は起こらないことがわかる。

スーパーカミオカンデ実験によるニュートリノ振動の発見は,素粒子物理学分野における極めて重要な出来事であった。素粒子間の相互作用を記述する理論である「標準模型」では,ニュートリノ質量はゼロとなり,ニュートリノ振動は起こり得ない。ニ ュートリノ振動発見以前は,標準模型の予言に明らかに反する素粒子現象は知られておらず,標準模型は大きな成功を収めていた。それに対し,スーパーカミオカンデ実験は,標準模型では説明できない素粒子現象が存在することを明らかにしたのである。

ニュートリノ質量の存在が明らかとなった今でも,ニュートリノに関する謎は数多く残されている。なかでも,ニュートリノと反ニュートリノの性質の本質的な違い (いわゆるニュートリノのCPの破れ) やニュートリノ質量の詳細な性質については,今後様々な実験により明らかとなることが期待されている。また,ニュートリノの質量が素粒子標準模型のどのような修正に起因しているかについても,理解が進むであろう。さらに宇宙の進化に目を向けると,ニュートリノ質量の存在が我々の宇宙において物質量が反物質量よりも圧倒的に多い理由と関連している可能性も指摘されている。高山での梶田先生の講演からかなりの年月が経ったが,ニュートリノの研究は,今でも素粒子物理学の最先端であり続けている。

 

 

 

スーパーカミオカンデ検出器とニュートリノ研究の発展
横山 将志(物理学専攻 准教授)

ニュートリノ振動の発見に使われたスーパーカミオカンデは,岐阜県飛騨市の神岡鉱山の地下1,000mにある,直径39.3m,高さ41.4mの円筒形のタンクに5万トンの純水をたたえた装置である。壁一面に光電子増倍管の並ぶ,美しい検出器内部の写真(右図)を見たことのある方も多いのではないかと思う。実際に内部に入ると,あまりの大きさに距離の感覚を失って頭がくらくらする。(もっとも,常時観測を継続しているため,いまは内部を見られる機会はない。)ニュートリノは電荷を持たず粒子検出器で直接観測できないため,物質と反応させ,生成された粒子を観測することで,間接的に性質を調べることになる。地球すらも簡単に通り抜けてしまうほど反応率が非常に低いニュートリノの観測には,巨大な測定装置が必要となる。


スーパーカミオカンデ検出器内部(注水前) 写真提供:東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設

 

スーパーカミオカンデでは,荷電粒子が水中で高速で運動するときにリング状に放出される「チェレンコフ光」と呼ばれる微弱な光を,壁一面に取り付けた高性能の光センサー,光電子増倍管で測定する。観測された光の強度や時間分布から,チェレンコフ光を放った粒子の発生点,方向,エネルギー,種類などの情報を得ることができる。梶田隆章先生らは,宇宙線が大気と衝突してできる大気ニュートリノの観測を行い,検出器内部でニュートリノが反応した事象の角度分布を調べた結果,地球の裏側からやってくるミュー型のニュートリノの数が減っていることを明確に示し,ニュートリノ振動の動かぬ証拠を世界で初めてとらえた。スーパーカミオカンデでは,ほかにも太陽からのニュートリノや超新星など天体からのニュートリノの観測なども行っている。また,小柴昌俊先生が超新星ニュートリノを観測した初代カミオカンデの当初の目的であった,素粒子の大統一理論で予言される「陽子崩壊」の探索も引き継いでおり,陽子の寿命が1034年以上であるという結果を得ている。ちなみに,検出器内部での反応で陽子崩壊の事象とよく似た粒子を生成することがある邪魔者として調べ始めたのが,今回のノーベル賞につながる大気ニュートリノ研究の始まりだった。

ニュートリノ振動は素粒子物理の標準模型を超えた現象であり,梶田先生らの成果をきっかけとして世界中で様々な研究が行われている。なかでも,日本のニュートリノ実験は世界をリードする成果をあげ続けている。たとえば現在行われている,茨城県東海村のJ-PARC 加速器施設からのニュートリノビームを295km 離れたスーパーカミオカンデで観測するT2K(東海-to-神岡)実験では(理学部ニュース2015年5月号参照),ミューオン型から電子型への変化という,それまで見つかっていなかったタイプのニュートリノ振動の確認に成功した。今後は,反ニュートリノのビームを用いてニュートリノと反ニュートリノの性質の違い(CP対称性の破れ)の測定を行う計画である。

また,これまでの成果をさらに発展させるべく,東京大学などを中心にスーパーカミオカンデの後継として100万トン級の巨大検出器を新たに建設するハイパーカミオカンデ計画が提案されている。ハイパーカミオカンデでは,ニュートリノでのCP対称性の破れを詳細に研究し,宇宙から反物質が消えてしまった謎の解明に近づくことができる。さらに,現在より10倍以上の感度で陽子の崩壊を探索し,発見の可能性もあると期待されている。

梶田先生らによるニュートリノ振動の発見という成果は,新たな謎とその解明の研究へとつながっていた。その先に潜む新たな物理法則の姿を明らかにすべく,いまも研究は続いている。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加