新しい氷の姿~秩序と無秩序のはざまで

小松 一生(地殻化学実験施設 准教授)

鍵 裕之(地殻化学実験施設 教授)

 

 


水は0℃以下で氷になる。しかし,これが常識として通用するのは,1気圧の世界においてのみである。圧力を上げると徐々に氷の融点は下がるが,0.21GPa (大気圧のおよそ2000倍)より圧力が高くなると逆に上昇に転じる。今から100年以上も前,この事実を発見したG.タンマン(Gustav Tammann)は,融点の折れ曲がりが異なる構造を持つ氷の出現によるものと捉え,氷II相および氷III相を発表した。以降,到達可能な温度・圧力領域の拡大,原子配列を精密に捉える測定技術の発展と足並みを揃えるように,新たな氷が発見され続け,現在では17種類以上もの氷の多形が知られるようになった。

なぜ,氷はこれほど多くの多形を持つことができるのだろうか。その答えの一つを氷の持つ水素結合の性質に求めることができる。氷の中のある一つの水分子から見ると,隣の水分子と4本の水素結合を持ち,そのうち2つが中心の酸素に配位し,もう2つが隣の酸素に配位している。一つの水分子だけに注目しても4C2 = 6通りの水素配置が存在し,水分子の数とともにその配置の数は爆発的に増大する。この水素配置の自由度が,多形の多さに貢献しているのである。

ところで,これまで見つかって来た全ての氷の相は,水素配置の仕方がランダムな「無秩序相」に対して,たった一つの特定の配置を持つ「秩序相」が,1対1で対応すると信じられてきた。しかし,今回私たちが対象とした氷XV相は,複数の実験や理論計算の結果が,それぞれ異なる秩序構造を示唆するという混沌とした状態にあったのである。

 


0.9GPa ,室温にて晶出する氷VI相の光学顕微鏡写真。氷VI相は室温で水を加圧することで得られる最初の高圧相で,圧力による状態変化を象徴する相である。氷XV相はこの氷VI相の秩序相に対応する。白線のスケールは0.1mmを示す


この問題に決着をつけるには,水素配置に敏感な中性子回折実験を氷XV相に対して行えばよい。しかし,言うは易し,中性子回折を行うのに必要な大容量の試料に対して温度や圧力を精密に制御するのは容易ではない。そこで私たちは,専用の温度圧力制御装置を一から製作することにした。およそ3年の年月を要して2013年に装置が完成すると,さっそく大強度陽子加速器施設J-PARC(茨城県東海村)で氷XV相の中性子回折実験を行った。その結果,どれか1種類の水素配置が特に有利というわけではなく,数種類の異なる水素配置が混合した「部分秩序状態」にあることを初めて明らかにした。この部分秩序状態は,氷XV相に関する過去の報告の矛盾点を解決するだけでなく,これまで1対1と考えられてきた無秩序相―秩序相の関係が,1つの無秩序相に対して,多くの秩序相が存在しうることを示すもので,氷の性質の理解に新たな視点を与えるものである。 

本研究は,K. Komatsu et al. , Scientific Reports , 6,28920(2016) に掲載された。

(2016年7月4日プレスリリース)

※セルシウス温度が水の状態変化から定義された経緯を考えると,「水が氷になる温度が0℃である」と言いたくなる。現在では,セルシウス温度は絶対温度(ケルビン)から逆定義されている。



学部生に伝える研究最前線>

 

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