コンテンツを生むタビビト

奥山 公浩(株式会社新興出版社啓林館 新規事業専任担当)

PROFILE

東京大学理学部化学科 卒業
東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 修士課程修了
株式会社新興出版社啓林館 入社
コンテンツクリエーション事業部 新規事業専任担当。中学校 理科教科書,高等学校用問題集などの書籍編集を経て,アプリ開発,電子書籍制作・配信,Web コンテンツ制作・配信事業, 海外事業を担当。仕事の傍ら,東京大学音楽部管弦楽団同窓会の広報・同窓会誌「響」の執筆・編集・デザインも手掛ける。
2008年
2010年
同年
現在

 

 

 

 

職場の机にて

—— 月日は百代(はくだい)の過客(くわかく)にして,行かふ年も又旅人也 ——

化学の教科書・問題集の編集から,現在は電子出版・オンラインでの学習動画コンテンツ・アプリなどを企画し創ってゆく,ということを仕事としている。編集者やディレクターは一体何をしているのか,と訊かれることも多いけれど,雑用をしながら最初から最後まで全体を俯瞰する監督というのが,適切な言い方なのかもしれない。

私の学生時代は,さほど昔のことではない。決して熱心ないい学生だったとは思えないが,化学専攻の西原寛先生,橘和夫先生の研究室でお世話になった。研究内容は両方の研究室でまったく違う内容だったので,幅広い概念や内容を説明してゆく化学の教科書・問題集などを編集するのには,後にとても役に立った。中学生や高校生向けのものが主担当とはいえ,先生や生徒だけではなくその家族も目にするものなので,街で出会う幅広い人の興味などを分析し,自分自身の振れ幅を大きくして,理科的な視点だけではなく複数の視点からものを見つめるのが大切なことである。

教科書をはじめとしたコンテンツを制作する際に,一番大切なことは何か,と考えたときに,たいへん意外に思われるかもしれないが,ある種の美学なのではないかと私は思っている。言葉や文章の美しさ,視覚的・音楽的な美しさ,発想の美しさ。そして何より,概念的な展開の美しさ。美しさがわかれば,エンターテイメント性や汚さの大切さもよくわかる。だからこそ,これらを感じとる情緒を,コンテンツを創るうえでは芯にもっている必要があるのだろうと思う。

ただし,その内容を実現するためには,実務や人の活かし方・活かされ方が大切になってくる。例えば教科書の制作であれば,より良く伝わるものにするために,関連する資料を読み込み,理科的に正しい写真を選び,図版を制作し,著者の文章を校閲・校正する。企画を立てたり,アポを取って著者,デザイナー,写真家,プログラマー,印刷所などと打合せをしたりする。

それだけでは進歩がなくて正直ちっとも面白くないので,毎回ひとつずつ、新規の内容テーマを自分で決めて研究・実験を重ねている。例えば,古典,音楽,映画,テレビ,CM,脚本,絵コンテ,デザイン,メディア論,マーケティング,プログラミング,統計学,財務,外国語などから,仕事の中で使うことのできる要素を見つけ出し,さまざまに組み合わせて,実際にものを創りあげてきている。

2015年から,化学の分野を離れて,全体を見ながら新規事業を専任で担当するということになった。国際協力機構(JICA:Japan International Cooperation Agency)も関わる,海外向けと日本向けの学習動画コンテンツや,その他の企画を,総合的に生み出す機会をいただいた。

そうした中で,ふと頭に浮かんだのは,冒頭の芭蕉の書き出しである。年月の流れを旅人になぞらえて書かれているが,視点を転換して相対的に考えてみると,ひとつひとつの旅程や時とともに,旅人としての自身の視点もそぞろに移りかわってゆくもの,という解釈もできる。

これからどうなるか,どうするかの予測には限りがあるけれど,できることはやるという姿勢をもった,常に新しいタビビトであり続けたいと思う。

 

理学から羽ばたけ>

 

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