高圧の世界でアミノ酸が手を結ぶ

鍵 裕之(地殻化学実験施設 教授)

藤本 千賀子(化学専攻 修士課程2年生)

 

 


物質に圧力をかけると原子間距離が縮まり,別の構造をもつ物質に変化する。高圧下で液体の水が氷(厳密に言えば氷の高圧相)に,グラファイトがダイヤモンドに変化するのは可逆的な物理変化である。一方,有機化合物(有機分子)に圧力をかけると,分子間の距離が縮まって分子どうしが手を結び,新たに結合が形成されることが知られている。これは圧力によって誘起される不可逆的な化学反応である。ベンゼン(C6H6) に室温で15GPa 以上の圧力をかけると,ベンゼン分子どうしが結合し,ビフェニル(C12H10),ナフタレン(C10H8),ターフェニル(C18H14) などのより大きな分子が生成することを,我々の研究室は最近報告した。それではアミノ酸に圧力をかけてみよう,というのが今回の研究である。

 


高圧実験に用いた大型プレス(東大物性研物質設計評価施設にて)


アミノ酸はカルボキシル基(-COOH) とアミノ基(-NH2) を官能基としてもつ有機化合物で,我々の体を作るタンパク質の構成ユニットである。アミノ酸のカルボキシル基とアミノ基が脱水縮合すると,ペプチド結合(-CO-NH-) が形成されて,より大きな分子ができる。今回はアミノ酸の一種であるアラニン(CH3CH(COOH)NH2) を研究対象に選んだ。アラニンの粉末をアラニンの飽和水溶液とともに大型プレスを用いた高圧発生装置に入れ,室温下で7GPa から11GPa までの圧力領域まで加圧した後に,大気圧まで減圧して回収した試料を分析したところ,アラニンの二量体,三量体の生成が確認された。そして, 11GPa で加圧した試料から最も多くの縮合体が検出された。だからどうした? と思われるかもしれない。アミノ酸の縮合反応は脱水反応であるので,水が共存する条件では反応が進みにくいと考えられてきたが,今回の実験で見いだされたペプチド化反応は大量の水が共存する条件で進んだ。また,冒頭で述べたとおり,今回の実験条件では水は液体として存在せず,氷の高圧相(氷Ⅶ相)として固化していたはずである。詳細な反応機構の解明はこれからの課題であるが,固体である氷の中でアミノ酸が脱水縮合したことになる。高圧下で安定な氷Ⅶ相は氷衛星や氷惑星などの氷天体の内部に存在すると考えられており,本研究の結果は地球から遠く離れた氷天体においても,生体関連物質であるアミノ酸のペプチドが生成しうることを暗示している。

生命の起源と進化は科学者の永遠の研究課題であるが,我々の実験結果は高圧力下で進む化学反応から一石を投じることになった。

本研究はFujimoto et al.Chemical Communications 51, 13358 (2015) に掲載された。

(2015年8月11日プレスリリース)



学部生に伝える研究最前線>



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