「虚学の精神」再訪


池田 安隆(地球惑星科学専攻 准教授)

 

東大に入学したばかりの頃読んだ表題のエッセイ注1.を最近読みなおしてみた。米国において公民権運動とベトナム反戦運動に端を発した学生運動は世界に波及し,日本では大学のシステムや学問のあり方を根底から問う全共闘運動へと変化していった。 1969年には,安田講堂に立てこもった全共闘学生を排除すべく東大総長が機動隊出動を要請した。これは,学問の自由とそれを支える大学の自治という新制大学の理念を覆す象徴的な出来事であった。著者の堀米庸三氏は執筆当時(1969年) 東大文学部長であり,学生との団体交渉の矢面に立っていた。こうした時代背景を鑑みれば,表記のエッセイの重い意味を理解できるであろう。しかし,学生時代の私は学問の自由ということの意味を真に理解できてはいなかった。

虚学とは,実学の対極に位置する学問群の総称(=pure science)であり,理学や哲学,歴史学,地理学,人類学,宗教学等を志す研究者が自らの学問に誇りと自負とほんの少しの韜晦とをこめて使った呼称である。1969年当時には説明無しで用いられていたこの言葉が,現在ではほとんど死語と化している。言葉が消えるということは,それに付随する概念が無くなることを意味する。過去20年間にめまぐるしい勢いでおこった「大学改革注2」は,安田講堂事件に端を発したといえるであろう。この間に虚学という概念が世の中から消えていったらしい。

実学とは,現行の国家・社会の役に立つという目的(堀米氏に倣って古い哲学用語を使えば「当為」)を追求する学問である。実学の成果は,理想的には人類全体の福利向上のために使 われるべきであるが,企業にとっては利潤追求が重要な目的となる。税金を使って行う実学研究は前者を目指すべきである;今日問題となっている研究不正は,研究成果が必要以上の過大な利益をもたらす仕組みに起因する様に思われる。こういう議論をすると決まって,利益を生まなければ研究開発が進まないという反論がある。しかし,大方の中高年(私を含む)がNHKの「プロジェクトX」を視て涙するのは,そこに損得を超えた実学的動機を感ずるからであろう。

地球科学の分野でも実学化の勢いには抗しがたいものがある。私自身,地震予知・地震防災に関わる研究プロジェクトや原子炉の耐震安全性審査など,実学的仕事が過去20年間に急増した。しかし学生時代に刷りこまれた教育の影響は抜きがたく,多少の後ろめたさを感じながらも,芸は売っても魂は売らないという虚学者の矜恃は守ってきた。学問の社会的意味を問われる今日の風潮も,虚学が何の役に立つかと問うこと自体一種の自己矛盾であると看過してきた。しかし,2011年3月11日に東北地方を襲った超巨大地震は,研究者としては文字通り千載一遇の血の騒ぐような地質現象であったが,一方で虚学としての地球科学の社会的意義を考えさせられるきっかけとなった。

巨大災害を起し得る火山噴火,地震,津波,洪水等の地質現象は数万年から数十年に一度の頻度で起こる。モンスーン・アジアには,こうした地質ハザードに加え高温・多湿の気候に起因するバイオハザードが満ちているにもかかわらず,世界の人口の過半数が集中している。地球上にはもっと安全な地域が広く存在するのに人類が敢えて危険な土地に住むのは何故だろう。良好な気候下で生物の一次生産を律速するのは土壌中の無機栄養塩類であり,それは岩石から供給される。モンスーン・アジアでは,上述の地質現象が土壌を更新することによって,高い一次生産とそれがもたらす豊かな食料生産が数千年以上にわたって持続的に支えられてきた。実学的災害研究は,人類の生命・財産を守るという当為に発する学問であるから,当為そのものの妥当性を検証することはない。一方,人類と自然災害との関わりは複雑であり,洪水は防げば良い,火山は避ければ良いと一概には言えないのである。虚学的自然災害研究の役割は,当為そのものの妥当性を検証し,防災とは如何にあるべきかという提言を社会に示すことであろう。

実学は現行の社会体制や価値観を前提に行う営為である。ところが,我々の社会は戦争や巨大災害によって数十年に一度ぐらいの頻度でこの前提を覆すような大変革を経験してきた。こうした大変革の後に来るべき新たな社会体制や価値観を構築するための種となるのは虚学であり,それを醸しておく場は大学(しか無い)であろう。そのために虚学はあらゆる当為の束縛から自由である必要があり,これこそが虚学を志す者がかつて守ってきた学問の自由である,と思い至った。

注1:堀米庸三,1969,虚学の精神あるいは学問の没意味性について,季刊芸術,第3巻3号,特集:学問のすすめ,36-42頁。
注2:大崎仁,1999,大学改革 1945~1999,有斐閣,350頁;大崎仁,2011,国立大学法人の形成,東信堂,230頁。

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