フィールドワークで植物の多様性を解明する 

邑田 仁(植物園長/生物科学専攻 教授)

植物多様性の研究は,地球上にどのような植物があるかということを認識し,記録する,植物分類学の研究からはじまる。その分類学的な研究では,フィールドワークによって研究材料を発見し収集することが重要である。

しかし,現地に行ったからといって必要な資料が簡単に入手できるわけではない。たとえば熱帯の奥地に生育する高さ数十メートルの樹木であれば,現場に到達できたとしても,とうてい手が届かない高所にあるその葉を入手することだけでも大変である。まして花や実を採集するとなれば,その機会に出会うことも難しいし,実の時期には花がないということは普通である。もし雌雄別株の樹木ならば,雄株と雌株を両方見つけなければならない。それらしいものを見つけたとしても,雄株と雌株がたしかに同じ種であるという確認も必要になる。もし草本であれば,冬や乾期には地上部がないことが多いし,雨期には交通事情などがきわめて悪くて現地に到達できないなどの問題もある。

中国雲南省南部の山々。広大な石灰岩地が広がっており,赤い土壌が特徴的である。このような地域では,特殊な種分化が進み「好石灰岩植物」が形成されているのではないかという興味から,フィールドワークを長く続けることになった

それでも我々分類学者は頻繁にフィールドワークを行い,生きた植物を観察してその特徴を調べ,研究価値の高そうな順に,特徴を保存し記録するための標本を採集する。最近では系統解析用のDNA抽出用資料もあわせて採取するようになった。状態のよい資料を見つけたときは,自分の研究のためだけでなく,将来他の研究者が必要とするであろう標本・資料を採集し,他の研究機関と交換することも行われている。特に興味深いものは現地から生株や種子を持ち帰り,栽培して調べることもある。附属植物園は植物標本とこれを活用するための文献,植物の栽培施設という3拍子そろった植物分類学の研究施設である。

東京大学の植物分類学関連のフィールドワークは1879年(明治12年)の小笠原諸島の調査が初期の姿であり,その後研究者が入れ替わっても,台湾,インドシナ,朝鮮,ヒマラヤ,中国など,各地域を対象として行われ,その成果と収集された植物標本はアジア地域の植物多様性研究に不可欠のものとなっている。私は共同研究者とともに,日本の植物の進化を視野に入れ,その近縁群が多く分布する中国西南部と,標本資料がきわめて乏しいミャンマーでのフィールドワークに力を入れて来た。その結果にもとづき,学位論文以来ずっと取り組んでいるテンナンショウ属(サトイモ科)をはじめとするいくつかのグループの多様性と系統進化について明らかにするとともに,地域的な植物相の解明にも貢献してきた。採集し,蓄積して来た標本資料はこれからも自分たちの研究に役立つであろうし,他の研究者にも役立つと確信している。

フィールドワークには常に危険が伴うという一面がある。他人がなかなか行けないような場所での調査においてはなおさらである。食中毒や伝染病などの病気,毒蛇・ハチなどの危険な動物,天候の急変,落石や崩落など数え上げればきりがない。しかしそれらをなんとか切り抜けて成果を上げることはいっそう大きな喜びとなる。共同研究者と良い関係を保つことはもちろん,ガイドやポーターとして働く現地の人々の生活習慣を尊敬をもって理解し,仲良く過ごすことが,安全で効率のよい調査に必須である。これまですばらしい協力者に恵まれてきたことに感謝したい。

 

 

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