植物細胞生物学


上田 貴志(生物科学専攻 准教授)

 

少々強引だが,まずはおめでたい新年の床の間の飾りを思い出していただきたい。漆塗り(または白木)の三方に紙を敷き,裏白を重ね,鏡餅を飾る。その上には,色鮮やかな橙(地方によってはかぼすや温州みかんのことも)が欠かせない。なんとも華やかかつ厳かなお正月の飾りである。一見してわかるように,これらはすべて,植物に由来する品々である。植物が日本人の生活に様々な形で関わるとともに,古来より大切にされてきたことがうかがえる。

生物学の世界においても,植物学は長い歴史をもつ重要な学問として認知されている。そのおかげで,植物の細胞小器官(オルガネラ),中でも特に液胞の研究をしている私も,動物や酵母の細胞の研究をされている諸先生から,関連する分野の総説集や叢書の一部を担当しませんかと声をかけていただくことがある。大変有り難いことで,もちろん喜んで引き受けるのだが,いざ締切が間近になってくると,さて何を書けばよいものやら,と毎回頭を悩ませることとなる。これが,植物関連のトピックのみを集めた総説集であれば話は簡単で,私の場合,植物細胞と動物細胞の「違い」を強調して植物の細胞の研究を行う意義を強調するのが常套である。植物を使ってはいるが動物と同じような研究をしているという印象を読者に与えてしまうと,「その研究は植物でやらなければいけないの?」と突っ込まれることになり,まことに恐ろしい。これに対し,動物のトピックの中に植物の話が一つだけ混じっている場合というのは,少々事情が異なる。考えすぎかも知れないが,動物との違いをあまりに強調してしまうと,動物の研究をしている方々にそもそも関心を持ってもらえないような気がする。かといって動物と植物に共通の事象を列挙しても,全く面白みが無いであろう。私はそのあたりのさじ加減がどうも苦手で,皆さんに面白いと思っていただけるものを書けているのかどうか,非常に心配である。もちろん,万人が刮目するような優れた成果を挙げてさえいればそんな心配はそもそも不要,と言われると返す言葉も無いのであるが。


 Ch.Lafite Rothschild のブドウ畑にて

最近は,植物の細胞小器官が我々の生活といかに密接に関係しているのかを,導入で紹介することにしている。例えば,大豆の主要なタンパク質であるグリシニンや米のタンパク質であるグルテリンをはじめとして,日本人の摂取する植物性タンパク質の多くは,植物の液胞に貯められている。この他にも液胞は,植物のからだを大きくするための空間充填の役割や,花や果実の色を決める色素の貯蔵といったはたらきも担う。実にはたらきものの細胞小器官なのである。さらには,果実のみずみずしさをもたらす水分や,さわやかな酸味をもたらす有機酸,甘みを与える糖分までも,その多くは液胞に貯蔵されている。あ,ということは,古代メソポタミアの頃から人類を魅了し,現在国立科学博物館で特別展まで開催されているブドウ由来のあの飲み物も,全ては植物液胞の賜ではないか!

植物の細胞,特に液胞の研究を行う植物細胞生物学がいかに大切か,これで皆様におわかりいただけるであろうか。

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