緊急時の科学者による情報発信「グループ・ボイス」

 

広報室副室長 横山 広美
(科学コミュニケーション 准教授)

2011年の東日本大震災から5年になる。当時,理学の情報発信は多様な形で行われた。プレス発表,学内・学外を対象にした講演会,高校の教諭を対象にした放射線勉強会などである。個人として目立って活躍する研究者がいる一方で,研究のようにグループを組んで迅速に行動をした研究者たちもいた。

理学部として発信する内容については,筆者も執行部と常にやりとりを行い,社会に必要な形で大学として貢献をするように必死の努力を重ねていた。しかし震災直後のような緊急時は,情報発信の現場においても平時の論文発表とは大きく異なり,論文前のデータをどのような手順で発表したらよいのか,あるいは発表した情報によって発生する複雑な責任問題について誰がどのように責任をとるのかが明確でなく,難しさを感じた。こうした経験を元に2012年に,緊急時の研究者の情報発信のスタイルとして「グループ・ボイス」を提案した。震災から5年経つ今,改めてここに紹介したい。

理学系研究科では物理系のグループと生物系のグループがそれぞれ貢献活動に取り組んだ。筆者は,震災後に物理系,特に原子核物理と地球惑星の教員がグループを組み,放射性物質の拡散状況について土壌測定や海洋シミュレーションを行った最初のミーティングに同席した。まだ緊張が続くなか,理学部1号館3階の部屋に関係者が集まり研究者としてやるべきこと,貢献できることは何か,議論をしたあの緊張感は昨日のことのように覚えている。おそらく,こうした研究を元にした貢献の具体化が迅速に進んだのは,理学部という,自然科学を探求するマインドを持った,研究者同士の信頼関係があってこそのことではないかと強く感じた。

日本学術会議では,すべての分野の研究者集団が声をひとつにする「ワン・ボイス」の必要性が主張されていた。緊急時においては,各方面を混乱させることがないよう,研究者集団においても見解をひとつにまとめ発信するという内容である。緊急時は社会に有用な科学者としてのリスクメッセージを発する必要性が高い一方で,放射線ひとつをとっても,ひろい学術分野を網羅する学術集団として,ひとつの見解,ワン・ボイスにまとめあげることは困難であった。「ワン・ボイス」を待っていては学術集団からはいつまでたっても情報提供ができない。ではどうするか。

私には,多様な声を上げる研究者がいて,多様に声を上げることは,学術の多様性を鑑みると自然のことのように思えた。研究者も,個人ではカバーしきれない内容であっても,常日頃,共同研究をしているグループで取り組むと,弱みが補完されより完成度の高い成果と情報発信が可能ではないか。また,いくつかのグループがあることで,学術の自由度を保ちながら,思い思いの形で学術側から社会への貢献が可能ではないかと考えた。そこで,いくつかの事例を元に,こうしたアイデアを2012年に「グループ・ボイス」と名付けて発表した(注)

グループを組んで得た情報を,どのように発信をしていくのか。随時の発信をするのはもちろんであるが,緊急時には社会の状態が不安定であり思わぬ波及効果から,科学についても政治的責任が降りかかることを恐れ,積極的な発表につながらないケースも多かった。しかし発表をしなければ前向きな検討にもつながらない。科学者が緊急時に,政治的責任を恐れて発表を控えることがないための,何かしらのシステムが必要である。そこで私は,随時の情報発信をしながら,学会や日本学術会議の推薦を受けたいくつかの代表的なグループが政府機関を通じて発表をするような形がよいのではないかと考えているが,これにはさらなる検討が必要だと感じている。

困難な時代にも理学の研究者の積極的情報発信が,社会にとって有用であるための在り方について,今後も検討していきたい。

注:「グループ・ボイスの提案」 JSTサイエンスポータル 2012年12月6日 http://scienceportal.jst.go.jp/columns/opinion/20121206_01.html



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