超分子化学はセレンディピティの宝庫!


塩谷 光彦(化学専攻 教授)

 

合成化学研究者は,常に失敗の山に埋もれながら,それでも面白い分子構造や新しい化学現象にめぐり会えることを楽しみに日々邁進している。自然や生物に見られる“ものづくり”に魅せられ,この世界に足を踏み入れると,まずは「思いどおりに」,すなわち設計どおりにものをつくることを目指す。学会発表や研究プロジェクト名を見ても,「分子設計」という言葉は常連であり,事実,綿密な計画(設計)と粘り強い試行錯誤(合成実験)は,化学の著しい発展を促してきた。筆者も,「分子の定量設計」という,故 井口洋夫先生の学恩を銘記しながら,いつも新しい分子を思い描いている。

一方,合成化学の世界では,「思いがけない」発見により誕生した分子が,新しい概念を生み,化学者の創造性をかき立ててきた。例えば,ヴェーラーがシアン酸アンモニウムを加熱して得た無色結晶(尿素, 1828年),パウソンとキアリが臭化シクロペンタジエニルマグネシウムと酸化鉄(III)の反応で得たオレンジ色の粉末(フェロセン, 1951年),ペダーセンが触媒の有機配位子をつくろうとして偶然できた無色の塩(クラウンエーテルのナトリウム錯体, 1967年)はいずれも想定外であったが,それぞれ有機化学,有機金属化学,超分子化学の飛躍的発展のきっかけになったことは良く知られている。このような偶然の発見の例は枚挙にいとまがないが,実験現場での「うっかり」や「手抜き」がきっかけであることが多いようで,何となく元気づけられる。



十字の形をした亜鉛ポルフィリン分子(左)と亜鉛イオンを用いて設計したキュービック型超分子(右上)と,実際に生成したケージ型超分子(右下)
( J. Am. Chem. Soc . 2013, Angew. Chem. Int. Ed. 2013, Chem. Lett . 2013)

昨今, 偶然の幸運な発見に対してセレンディピティ (Serendipity) という言葉が使われるが,超分子化学の世界は,セレンディピティの宝庫である(超分子は,分子間の比較的弱い相互作用により分子集合体をつくり,個々の分子を凌駕する機能をもつ)。筆者らは最近,化学修飾した亜鉛ポルフィリンと亜鉛イオンから,キュービック型超分子を設計したが,生成したのはケージ型超分子であった。この分子集合体の形は,金属イオンを変えたり反応条件を調節すると,平面分子を挟むサンドイッチ型超分子やサッカーボール分子 (C60) を包接する球状超分子に自在に変身した。一種類の分子から,様々な思いがけない分子集合体ができることは,超分子化学の醍醐味の一つである。

複数の分子が弱い相互作用により形作る超分子構造は,その環境(初期設定)により一義的に決まると考えられる。しかしながら,その振る舞いを正確に予測することは未だに困難である。それでも長く研究していると,ある日突然「思いがけない」世界が目の前に展開されることが少なからずある。そこに新しい普遍的な理論が隠されているかどうかを知るには,正確な実験を行い,実験事実を素直に観て考えることが必要である。超分子化学は,複雑な構造や機能を求めていると同時に,その中に秘められているシンプルな原理を探求する化学である。筆者の頼りない直感と,若い研究者の新しい発見へのモチベーションがうまく共鳴することを願いながら,「思いどおりに」と「思いがけない」の二つの境界を歩くわくわく感を,若い研究者達に伝えていきたい。

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