専門教育なる誤謬と東大理学部・理学系研究科

仙石 慎太郎(東京工業大学 准教授)


PROFILE

東京大学理学部 生物化学科 卒業
東京大学理学系研究科 生物化学専攻
博士課程修了 博士(理学)
マッキンゼー・アンド・カンパニー ,
㈱ファストトラック・イニシアティブ,
京都大学を経て,2014 年より現職。
学部では,運動会ヨット部クルーザー部門に所属
1996年
2001年

2001年~

 

 

 

研究・技術計画学会(現研究・イノベーション学会)シンポジウムにてモデレータを務める筆者

筆者は大学院理学系研究科博士後期課程(生物化学専攻)を2001 年に修了し,コンサルティング・ファームやベンチャー・キャピタルに勤務した。業務の内容は,製薬・バイオ産業分野における,経営陣に対する助言や,投資・育成を通じた支援である。業種は異なるが,若手の活動範囲は研究開発職と大差ないだろうし,学位取得者には適した職業であると思う(事実,海外ではこのようなキャリアパスはユニークではないし,日本でもそうなってきている)。

2008年に国立大学の常勤職に就き,以降はイノベーション・技術経営分野の研究や教育に従事している。その間の研究活動には,社会科学としての基礎研究に加えて,例えば日本医療研究開発機構「再生医療の産業化に向けた細胞製造・加工システムの開発」や科学技術振興機構・革新的イノベーション創出プログラム「スマートライフケア社会への変革を先導するものづくりオープンイノベーション拠点」等の分担研究者等として,先端技術に基づくイノベーションを実現するための実践研究も含まれる。

大学教員職であるから,理学部・理学系研究科での学習の全てが現在の血肉になっている。ただ,いわゆる専門的知識は,ほぼ全く役に立っていない(せいぜい,生命科学分野の研究者との交流場面において,教科書レベルの基礎的な知識や,過酷な実験漬け生活の体験を共有できる程度である)。むしろ,生物学や物理学といった多様な専門分野に分かれつつも,自然科学研究という価値観を共有しそれを追求する姿勢こそが,理学部・理学系研究科で得た本質であるように思う。

そういえば在学時代,某教授は自身の研究内容を「全く役に立たないもの」と豪語されていた。正論と思う。元来,科学研究とは自然現象の解明という人間本来の知的欲求から出発し,新たな自然観や体系を獲得することが目的であり,技術的・産業的成果への転換は他者の役割である。

現在の理学部・理学研究科のウェブサイトには,「理学の分野で活躍できる人材を養成するためには,実習や実験を通じて, 最上の教師である自然に学生が自ら問いかけ,思索することの重要性を学ぶことが必須である」とある。本質と思う。理論・実験の別を問わず,確たる学術体系のもとで知を探求するに,理学部・理学系研究科は最適な分野に違いないからである。

この学びの姿勢は何も理学の分野に限る必要はないだろう。学士課程は基礎訓練,修士課程は職業訓練,そして博士後期課程は職業「人」訓練の場であるからである。ビジネス的に表現すれば,本質的な課題(コア・イシュー)を喝破する洞察力,これを具体的な研究計画に落とし込む戦略的思考力,日々の研究活動において発生した課題を克服する問題解決力,議論や発表を通じて研究内容を磨き上げるコミュニケーション能力,求められるアウトプットを期限内に提供するプロジェクト・マネジメント力等と表現できるだろうか。理学部・理学系研究科の常識を疑って多様なキャリアパスを拓く素地はもう整っている。

 

理学から羽ばたけ>

  • このエントリーをはてなブックマークに追加