いつもの風景から


鍵 裕之(地殻化学実験施設 教授)

 

私たちの研究室は理学部化学館の中にある。今回のエッセイでは化学館の周りをぐるっと1周歩いて思い出すことを気の向くままに書いてみたい。

化学館は今年でちょうど築100年の化学東館,講義室がある化学本館,私の研究室がある化学西館からなる。大学病院側の東館正面玄関から時計回りに歩くとまず目につくのが化学科初代教授であったエドワード・ダイバース(Edward Divers)教授の胸像である(図)。ダイバース先生の胸像はかつては化学館と理学部4号館,7号館に囲まれた中庭側にあり,ゴミ収集場と隣り合わせという位置関係でたいへんお気の毒であった。現在は人通りの多い東館の正面玄関のすぐそばに移られ,化学東館とのマッチングも素晴らしいと感じている。

エドワード・ ダイバース教授の胸像

化学本館の脇には背の高い銀杏の樹が立ち並ぶ。この銀杏をみると駒場から本郷に進学した春を思い出す。化学科に進学すると3つの班に分かれて研究室に2ヶ月間ほど厄介なって実験せてもらい,五月祭で成果を発表するのが今でも続く伝統である。私たちは身の回りの水に含まれる酸素,水素同位体比を研究テーマに選んだ。講義を聴きながらの窓の外を眺めて,背の高い銀杏の葉から蒸散する水の同位体比は地上近くと高いところで違うのだろうか?と言うことが気になり出した。2階,3階,4階のベランダから手を伸ばし,銀杏の葉にビニール袋をかぶせて蒸散水を集め,水素と酸素の同位体比を測定した。驚くなかれ,上に行くほど重い同位体の濃度が低いという結果になった。やはり重い同位体は高いところには運ばれにくいのだ!喜び勇んで五月祭で研究結果を発表した。酸素同位体比の測定でお世話になった海洋研の酒井均教授に五月祭で配付した実験レポートをお送りしたところ,すぐに真っ赤になって返って来た。降雨の同位体組成は降り始めと降り終わりでも変わるし,違う日に降った雨も同位体比は変わるので君たちの発表はあまりにも乱暴であるとお叱りを受けた。今から振り返ると科学者としての最初の洗礼を受けた出来事であった。予想通りの実験結果が出たとしても,正しい考察がないまま世の中にデータが出回れば科学の進歩はおろか,科学の混乱と後退をもたらすかもしれないと言う教訓を酒井先生のお手紙の行間から読み取った。


化学西館に残る渡り廊下の名残

さて,時計回りにさらに歩いて1号館側の化学西館2階を見上げていただきたい。何とも奇妙なトンネルの残骸のようなものが見える(図)。これはかつて化学西館と理学部1号館が渡り廊下で結ばれていた時代の名残である。当時は地下にも化学西館と1号館を結ぶトンネルが存在して,二つの建物をいつでも自由に行き来することができた。今でも化学西館地下にはトンネルの跡が残っている。

私たちが進めている研究は化学と地球惑星科学の境界領域で,研究室には両専攻の大学院生が机を並べて仕事をしている。昔と比べるとお隣の建物との移動はやや不便になったが,お隣の研究分野間の交流は昔以上に活発になっている。境界領域から研究のフロンティアを目指したい。


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