地理好きの話


小形 正男(物理学専攻 教授)

 

何を隠そう,私は地理(地図)が好きである。専門の物性物理学とは何の関わりもないが,この欄ではどんなことを書い てもよいというお達しなので,好きなことを書いてみよう。 本来は,波動関数をこよなく愛している(1)とか,岩波数学公 式にも載っていないマニアックな積分公式を作った(2)とか, 小柴ホールの名付け親は私である(?)(当時の建設委員会で 提案した)といったようなことを書いた方がよいような気もするのだが。

地理に関して,たとえば近場で興味があるかもしれない話題として,東大赤門から本郷三丁目の交差点に向かう本郷通りには,ゆるやかなポテンシャルミニマムがある(写真参照:NHKのブラタモリで紹介していた)。これは菊坂下から延びている「菊坂の谷」の谷頭に当たる部分である。さらに私見では,東大構内の懐徳館の池まで繋がっているように思える。

左方向が本郷三丁目。江戸時代には「見返り坂」

また,私は六本木にあった頃の物性研究所に助手として勤めていたが,物性研究所と生産技術研究所(生研)の敷地は戦前の歩兵第三連隊があったところ。ここは,現在は国立新美術館になっているが,旧生研の建物の一部が兵舎の一部として静態保存されている。地下鉄乃木坂の駅から物性研に行く途中,生研の中を通っていたが,この保存されている部分がまさに通り道だった。国立新美術館にお越しの際はぜひ旧生研の建物にもお寄りください。

物性研からすぐのところに旧防衛庁( 現在,東京ミッドタウン) があったが,こちらは歩兵第一連隊があったところ。第一連隊と第三連隊は二・二六事件を起こした部隊である。さらに江戸時代、旧防衛庁の敷地は長州藩下屋敷だった。防衛庁が移転した跡地に東京ミッドタウンなどを作らず,江戸時代の藩邸を再現した博物館にすれば面白かったのにと思う。

地理の話題はたいてい好きなのだが,やはり理系なので数字が絡むとがぜん興奮する。たとえば1871年(明治4年)に廃藩置県が行われたが,このとき3府302県ができたと小学校で習う。この302県の内訳は, 261県が藩から新たに県になったもので,残り41県はそれまでに作られていた県である。既存41県の変遷はかなり複雑だが,幕府や旗本領を県にしたもので全国各地に少しずつあった。東京近辺では品川県,葛飾県,小菅県,浦和県などがあった。

藩の方は,江戸時代の最後に御三家を含めて271藩あったが,その後いろいろあって261藩となっていた。(新しくできた藩もあるし,県に吸収されたものもある)実は江戸時代には「藩」という名称はなかった。1869年(明治2年)になって初めて「藩」が行政単位として使われるようになり,藩庁所在地の名前をとって「藩名」とした。したがって,東大の敷地は「金沢藩」の敷地というのが正確で,加賀藩というものは存在しない。江戸時代の地図には「加賀中納言殿」とか書かれている。

このまま病が高じると鉄道オタクの領域にも漸近していくような気がするが,そちらの業界とくに車両とかには興味がない。しかし地図からの流れで路線の歴史や配線略図など(3)には興味がある。

参考文献: 一般教養必読書として「東京23区物語」(泉麻人),
  「明治大正日本国勢沿革資料総覧」(原書房)
  (1) 日本物理学会誌49, 893 (1994)
  (2) Journal of Physical Society of Japan 85, 064709 (2016)
  (3)「停車場変遷大辞典 国鉄・JR編」(JTB)
  (3)「配線略図で広がる鉄の世界」(秀和システム)

 

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