人類が辿り着いたエクメーネ-常夏の軽井沢-

伊藤 理彩(地球惑星科学専攻 博士課程3年生)

細いリングが青い海の真ん中に浮かんでいる。こんな細く狭い島の上で果たして人間が生活することができるのだろうか?初めてこれを地図上で見たとき,ふとそんな思いが浮かんだ。

このリングの正体は,環礁と呼ばれるサンゴ礁で,その上にとげとげの殻をもった小さな生物である有孔虫が大量に積もって島々が作られている。この細いリングの上で,人々は既に約2000年の歴史を重ねてきた。彼らは長い航海を経て辿り着いたこの地を,自然災害を受けやすく厳しい環境にもかかわらず,新たなエクメーネ(人間が居住可能で社会生活を営むことができる空間)とすることに成功した。

堆積物を記載中の筆者


「太平洋に浮かぶ真珠の首飾り」とも例えられるマーシャル諸島の1つ,マジュロ環礁。現在では,ここに3万人近くもの人々が生活している。しかも,大半はD.U.D(注)と呼ばれる市街地の狭い地区に集中しているのだから驚きだ。

環礁は,それをひとまとまりとして括られがちであるが,丸いリングでは外洋からの波の当たり方も場所によって違う。そのような立地環境の差異は,島の堆積物の大きさや組成を変え, 人間の生活に必須な淡水を貯蔵しておくシステムの質や持続力を変えている。また外部から持ち込まれた動植物や自動車などの増加によって,島にもともと存在しなかった元素が濃集し始めている。これらの現象が起こる詳しいメカニズムを解明することは,今後も島で長く暮らしていくための対策を考える上で重要である。今回の調査は,その手がかりとなる堆積物を採取することが目的だ。

島は赤道直下に位置しているものの海からの潮風が心地よく,思ったほど暑くはない。目を閉じれば朝晩は潮の匂いがほのかに香る軽井沢にいるようだ。

島の堆積物は粒径が粗いものが多く,通常のボーリング機材を使っての採取は難しい。そこで登場したのがスコップだ。原始的な方法だが,とにかく掘って掘り進める。すると,近所の住民が見物にやってくる。そのうち,彼らも一緒になって掘ってくれ,自分の身長以上の穴が完成する。そこから粒の触感,色の違いなどをもとに穴の壁面を何層にも区分して,それぞれの層ごとに堆積物を採取していく。

作業に協力してくれた地元の方々とともに(左から2番目が筆者)

 

短時間でより多くのサンプルを採取するため,島の何ヵ所かで手分けをして作業を行うこともあった。島によっては,熱帯の原生林のような大きな木々がそびえ立ち,穴と穴の間を往復しているうちに道を見失うこともあった。そんな時には,大声で「Hello」と呼ぶとどこからか「Hello」と呼び声が返ってくる。その声に安心感を覚え,道中出くわした豚に不思議そうに見られつつも,呼び声のする方へ向かい,無事に目的地までたどり着くことができた。予想外の事態に遭いながらも,サンプルを取り囲む自然を五感で感じることができるのがフィールドワークならではの醍醐味だ。

最後に,調査の実現から現地での力作業に至るまで,あらゆる面で大変お世話になった指導教員の高橋嘉夫教授,様々なご助言をくださった当専攻の多田隆治教授,慶應義塾大学の山口徹教授,作業に協力してくれた後輩の武藤俊氏,そして研究室のメンバー,島の方々に心より感謝の意を述べたい。

注:Delap, Uliga, Darrit と呼ばれる3つの島の総称

PROFILE

2010年 慶應義塾大学文学部人文社会学科卒業
2012年 会社勤務を経て, 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修士課程 入学
2014年 同修士課程 修了
現在 同博士課程在籍


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