暗闇の赤飯

本原 顕太郎(天文学教育研究センター 准教授)

「はい,ちょっとフォーカス増やして」「お,これでだいたいあったかな」「じゃあ,最初のターゲット向けましょう」「露出何秒でいきます?」「まあ,まずは60秒かな」「望遠鏡向いたね。じゃあ露出開始します」「お,きたきた」「おー!写ってる!ちゃんと輝線も写ってるやん!」

2009年6月9日,チリのチャナントール山山頂で我々のグループが開発していた近赤外線カメラANIR(Atacama Near-InfraRed camera)がファーストライト(初めて星からの光を入れた観測を行うこと)を迎えた瞬間である。

天文学教育研究センターは,南米チリにある標高5640mのチャナントール山山頂に口径1mの赤外線望遠鏡miniTAOを2009年に設置した。これは,2015年末の現在も世界最高標高の天文台としてギネス記録に登録されており,この場所の抜群に低い水蒸気量(日本国内晴天時の1/20以下)で実現される赤外線での高い大気透過率により,これまで衛星望遠鏡でしかできなかった観測を地上から行おうというものである。わたしたちのグループ(本原研究室)では,この望遠鏡に取り付けて,電離水素の再結合輝線の一つであるパッシェンα(1.875μm)を観測するためのカメラANIRの開発を行ってきた。とはいってもそんなカメラを丸ごと作ってくれるようなメーカーはほとんどないし,そもそも予算が限られていたこともあって,自分たちで全部やるしかない。光学系こそ小さな光学設計会社と相談しながら(破格値で!)設計製作してもらったものの,赤外線検出器は国立天文台のすばる望遠鏡でもう使わなくなったお古を借りてきてその駆動回路とソフトウェアは自作し,フィルタ交換機構も自作,そのモーターを動かすLinuxのドライバも自作,それらを入れて冷却する真空冷却システムは既存の試験デュワーを自分たちで改造するという,ほぼ完全に手作りである。

これを完成させてチリに持ち込んだのが2009年5月。まずは,麓の村で借りた一軒家で試験をするのだが,輸送された木箱を自分たちで開梱しないといけない。院生と二人で汗だくになって木箱を全部ばらし,100kgを超えるカメラ本体を家に運び込もうとしたら扉の幅が狭くて入らない!(砂漠なので)砂塵舞う中,一部分解して何とか運び込んだ。で,真空冷却試験を始めようしたところ,真空ポンプが動かない。うわ,壊れたか!と思って調べたら,コンセントの電圧が90Vしかない。その時はバックアップの発電機を動かすことで事なきを得たが,電源事情の悪さにはそのあともいろいろと苦労させられた。

とはいえ冒頭のファーストライトのあとはANIRも望遠鏡も安定し,それまでの苦労が嘘のように順調にデータを出し続けてくれた。何人もの修士,博士課程の学生がこのデータで学位も取れた。これがあるから,装置開発はやはり楽しい。でもやっぱり一番うれしいのは,自分たちの作ったカメラが初めての星の像を結んだその瞬間を見ることだ。僕らはそのために毎日実験室でネジを回し,はんだ付けをし,ソースコードを書く。

余談になるが,こういったファーストライトの後はケーキなどでお祝いをする。わたしたちはレトルトの赤飯を持ち込んでいたのだが,下山したら停電していて電子レンジはおろか電灯も使えず,仕方がないので湯せん(プロパンガスが使えた)して蝋燭の灯りの中しんみりと祝った。

 

47_5_genba02

ファーストライト観測ランの後にminiTAO望遠鏡にとりつけられたANIR(望遠鏡の赤いリングの下に取り付けられている部分)の前で記念撮影。左上から特任助教の小西真広さん,当時大学院生だった大澤亮さん,技術職員の加藤夏子さん,筆者。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加