科学者,科学の信頼をつくる科学コミュニケーション

横山 広美(科学コミュニケーション 准教授)

 

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科学コミュニケーション?あ,アウトリーチのことね,と思う研究者は少なくないようである。アウトリーチは科学コミュニケーションの重要な一部であるが,科学と社会の信頼関係を目指して活動するコミュニケーション活動は幅広く,背景には哲学や社会学を含む広い学術の流れがあり,新しい学術分野としても奥が深い。

科学コミュニケーションという活動が芽生えたのは90年代中ごろのイギリスである。80年代半ばにBSE(Bovine Spongiform Encephalopathy:牛海綿状脳症)が発生し,対策をしたので牛肉を食しても問題ないと説明を繰り返したイギリス政府の説明に反する形で,10年の時を経てBSE感染牛を食して病気(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)になる患者が出た(対策前の感染牛を大量に食した方々と思われる。対策後の牛は安全であるというイギリス政府の説明は科学的には正しい)。その際にイギリスでは国民の強い怒りが政府と政府周りの科学者へ向けられ,「信頼の危機」が指摘された。

科学を知ってもらい,合理的な判断を促したいと思うのは科学技術の専門知に関わる研究者ならば普通の感覚であろう。世界においても80年代までは,科学技術の知識を増進することで公衆の理解を促そうという活動が一般的であった。「知識を科学者と同様にすれば,公衆もまた科学者と同様に科学を支持し, 「合理的」に判断する」。70年代の反科学的な思想を抑え込もうとこうした活動がされてきたが,しかしこれでは「信頼の危機」を防ぐことはできなかった。科学コミュニケーションはその反省から,科学と社会の信頼関係の構築を目指した活動・学術分野でもある。

では,科学を巡る信頼は,どのように構築されるのか。この大問題をめぐって世界中で議論が重ねられ,相手の立場に応じた情報発信の仕方(文脈モデル)や,意思決定の初めの方から公衆に参加をしていただく(関与モデル,上流からの参加)などが重要であることが指摘され,これらの考えに基づいた活動や研究が行われている。

日本では2005年が科学コミュニケーション元年と呼ばれている。内閣府の科学技術振興調整費によって東大をはじめ3つの大学に社会と科学を橋渡しする人材を育成するプログラムが設置されることが決まった。しかしその後の東日本大震災にてリスクのコミュニケーションに焦点があたり,また研究不正によってそもそも研究の信頼にも「?」がつき,科学者,科学と社会の信頼関係はますます混迷を深めているように見える。

こうした中で,理学部のように基礎科学を行う部局の研究者が積極的に研究についての情報発信を行っていることは心強いことである。いつの時代も純粋に科学を楽しみ,ワクワクすることの重要性は変わらない。ただ,「アウトリーチ」という言葉は手を差し伸べるという上からの言葉で,防災や教育の現場を除きあまり好まれないので注意が必要だ。

 

 

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