謎の動物、珍渦虫

上島 励(生物科学専攻)

珍渦虫 Xenoturbella は北ヨーロッパの海底に生息する謎の動物である。珍渦虫には頭も足もなく、眼や触角などの感覚器官も全くない。その体制はきわめて単純で、消化腔を表皮が取り囲んだだけの袋状の体で、腹側に口があるだけで肛門はない。中枢神経系もなく、腎臓などの諸器官もないという、ないないずくしの「のっぺらぼう」のような動物である(下図)。

この珍渦虫の系統学的位置については、扁形動物の一員であるとする説、左右相称動物の姉妹群であるとする説など、様々な説が唱えられていたが、その単純な体制から後生動物の進化の初期段階に分岐した原始的な動物ではないかとする説が有力であった。

近年になって珍渦虫の分子系統解析が行われた。その結果、驚くべきことに、珍渦虫はLophotrochozoa(軟体動物や環形動物を含む前口動物の一群)に属し、しかも二枚貝の原鰓類と近縁であることが示唆されたのである。また珍渦虫は独特な卵形成を行い、その特徴は二枚貝の原鰓類と共通であることも報告された。

さらに最近になって、珍渦虫の幼生形態が初めて記載され、その幼生は、1)トロコフォア型である、2)消化管が完全で肛門がある、3)外套膜とそれに囲まれた外套腔があり、その内側には櫛状の鰓を持つ、4)筋肉質の足がある、5)中枢神経系があり、足神経節の基部には平衡胞があることが明らかになった。これらの特徴は、珍渦虫の成体に見られる単純な体制は二次的に退化したものであり、珍渦虫が原始的な動物ではないことを示唆する。さらに、上記の3)、4)、5)の特徴は二枚貝との類縁性を強く支持する。以上の結果を総合すると、珍渦虫は軟体動物の二枚貝に近縁であることはほぼ間違いないと思われる。

寄生性の動物では様々な器官が退化する例が知られている。粘液胞子虫や二胚虫の単純な体制は、寄生生活への適応の結果、著しい体制の退化が起きたためであると考えられている。しかし、今回の珍渦虫は寄生虫ではない。自由生活性の動物で中枢神経系を含む諸器官がこれほど退化する例はこれまでに知られていない。さらに驚くべきことは、このような著しい体制の退化が二枚貝類で起きていることである。二枚貝類は、軟体動物の中でも最も特殊化した体制を持ち、長期間に渡る進化の過程でもボディプランが最も安定していた分類群なのである。珍渦虫の例は、後生動物の体制が今まで考えられている以上に可変性が高いことを示すものであると言えよう。

さて珍渦虫の分類学的位置であるが、系統学的には軟体動物門二枚貝綱の中の一群(目または上科)とすべきであろうが、その体制があまりに違うために軟体動物に含めるべきかどうかすら確定していない。最新の論文でも動物門不明とされており、依然として謎の動物なのである。

参考文献

  • Israeisson, O. 1997. Nature 390: 32
  • Israeisson, O. 1999. Proc. R. Soc. Lond. 266: 835-841.
  • Noren, M and Jondelius, U. 1997. Nature 390: 32