タバコBY2細胞株

長田 敏行(生物科学専攻)

微小管を構成するチューブリン分子に緑色蛍光を発するタンパク質をマーカーとして付けた遺伝子を発現させているので(中央部分、グレー)、細胞周期のM期からG1期への微小管の変化を顕微鏡下で直接見ることができる。さらに、その細胞の液胞膜を染色(周辺部分)しているので両者の関係がよくわかる。

写真提供 朽名夏麿・馳澤盛一郎

私達の研究グループから世界へ広がったタバコ培養細胞BY-2は、植物細胞として世界で最も著名な細胞株になった。実際、私の把握しているだけで世界27カ国に広がり(闇ではもっと広がっているようであるが)、1990‐1999年の間にこの細胞を使って書かれた論文がデータベースで見ると500を越えている。その理由は、細胞が複製する時間が13‐14時間と短く、このため1982年以来細胞周期の高度な同調系が確立しているからである。2001年のノーベル医学生理学賞は細胞周期の研究者3名であったが、植物細胞でも細胞周期の研究は盛んで、そのためにこの細胞株は不可欠である。また、この細胞は根頭癌腫菌(Agrobacterium tumefaciens)を用いた形質転換の効率が高いことももう一つの理由である。さらに、細胞周期の進行過程に見られる植物細胞に特徴的な細胞骨格系の構築の解明や細胞質分裂諸相の解明の多くはこの細胞でなされた。この細胞の増殖には、植物ホルモンであるオーキシンが不可欠であるが、現在私達が専念しているのはその理由を分子レベルで解明することである。

このため植物細胞のモデル系として、「植物のHeLa細胞」のような名前も与えられている。ところが、この細胞の特性が日本でも知られるようになるのに5年を要し、世界に広がるのにはさらに5年近くを要した。その理由は、この類い稀な増殖性も、細胞株の維持が適正でないと直ちに低下し、他の研究室へ出たものではしばしばそのような傾向が見られるからである。

ところで、今日植物として最も研究が集中しているのはシロイヌナズナであるが、その全ゲノムは2000年末に決定された。タバコは本来ゲノム組成が複二倍体であるのでそのような遺伝子構造の決定は初めから論外であったが、最近になって細胞レベルのことに関しては、この細胞はモデルとなりうるということから、転写産物を枚挙するcDNAプロジェクトが複数展開を始め、プロテオミックスの研究も始まった。そして、現在シュプリンガー社より、「タバコBY-2細胞」というモノグラフが、私の他、Dirk Inz、馳沢盛一郎を編者としてBiotechnology in Agriculture and Forestryの第53巻として印刷中である。