毒を以て膜を制す

~橘 和夫 教授(理学系研究科化学専攻)~

聞き手:柏山 祐一郎(地球惑星科学専攻 博士課程1年)

今回の訪問先は,化学専攻の橘和夫先生の天然物化学研究室です。先生は,海洋生物由来の天然有機化合物,特に海産毒の研究をライフワークになされています。なんと,その「毒」を使って細胞膜タンパク質の活性発現の化学的メカニズムを見てしまおうという大変興味深い研究を始め,天然物有機化学の魅力などをお伺いしてきました。

今「天然物」の有機化学

柏山:有機化学の中でも,先生の研究室だけ「天然物」の化学ということで,海洋生物由来の天然物に焦点を当てられた研究をなさっているそうすですが,私が興味を持ったのは,この「天然物」というところです。というのも,「有機化学」と聞くと,合成をしたりものを作ったりと,どちらかというと工学的な印象があります。でも有機化学の教科書の冒頭を読むと,本来の有機化学は生物から取り出された化合物の研究だった,と…

橘:確かに有機化学というのは,もともと生物由来の化学で,100年200年たっても同じことをやっているのが天然物化学と思われるかもしれませんが,実は違うんです。

柏山:それは,具体的に言うと?

橘:生物のもつ化学成分はだいたい攻め尽くされて,いろいろな生物活性毒なり薬なりホルモンなりが特定され,こういう化合物を生物に与えると,こういう現象が起こる,ということはわかってきてますが,原因と結果の間は,ほとんどブラックボックスのままです。

柏山:つまり,実際そこでどういう化学反応が起こっているかということに関心があるのですか?

橘:たとえば,我々は神経に作用する毒を研究の対象にしているんですけれど,それらが神経のタンパク質にくっついて,それからどういうことが起こっているかということは未解明です。

柏山:そこで思ったんですけど,こういう天然の有機分子の研究は,化学だけじゃなくて,生物化学や薬学,農学の研究室でもやられていますね。そうすると,化学科の中の研究室としては,先生はどういった特徴や違いを持って研究しておられるのですか?

橘:非常に的を射た質問ですね。実際,天然物の化学は,薬学部や農学部で盛んな領域ですね。薬学部の場合は,天然物をヒントにして抗生物質などの薬を作る,農学部は,逆に有用な化合物をいかに生物に作らせるかという研究を行うわけですね。じゃあ,理学部は,となりますが,実際に理学部で天然物化学という講座がある大学は,数えるほどしかない。

柏山:そうですか。それは何か理由があるのですか?

橘:やっぱり,この分野の研究は実学的な意味あいが強く,それに対し理学部っていうのは,一般的に,真理の探究を目ざすということですから。私はもともと,生物の中での有機化合物の役割なり振る舞いを,有機化学という切り口で説明したいという興味を持っていて,今日でも,そういう方面からいろんな研究をやっています。有機化合物とタンパク質,たとえばRNAやDNAみたいな,それらがくっついた形がどうなっているのか,それによってタンパク質なりDNAがどういう風に変化するかという問題は,やっぱり,生物化学より化学そのものののテーマと言えるでしょう。

柏山:つまり,どういう化合物があるかだけじゃなくて,それらが化学的にどう関係してるかということですか?

橘:そう。その,共有結合じゃない結合,つまり複合体というんですけど,そのくっついた形の構造がどうなっているかということが面白いわけです。タンパク質の全体は考えなくてもいいですが,くっついた場合にタンパク質がどう変わるかという問題は,化合物の構造を決めるということの延長になりうると思っています。

細胞膜に埋まったタンパク質の構造

柏山:それで先生は,細胞の膜タンパク質に着目されて,その活性化に伴う構造変化を見ようとなさっているわけですよね。

橘:そうです。いろんな細胞に,たとえばナトリウムなりカルシウムなりが入ってくるといった現象は,非常に多く観測されている。しかし,有機化学として,その根拠はわかっていないんです。

柏山:ああ,そうだったんですか。僕が,学校で習った拙い知識だと,細胞膜にタンパク質が埋まっていて,イオンを入れたり出したりしている。でも,実際にイオンをどういう風に通り抜けさせているかはわかってないというわけですか?

橘:それは,もうなされています。通路があいて…,というぐらいまではわかっているけど,それはコンピューターのモデリングでして…。バクテリアのカリウムチャンネルっていうものに関しては,二年前に結晶解析ができて,結果がネイチャーの論文に載りましたね。それから,光合成における光合成中心というタンパク質は,結晶解析が1987年になされて,それでダウゼンホファーという人がノーベル化学賞もらっています。しかし,まだ,そんなに例はない。細胞の中のタンパク質と低分子の複合体については,結晶解析したという例は結構ある。しかし,細胞膜にあるタンパク質というのは,少数の例はあるものの,結晶解析は一般的には非常に難しいのです。

柏山:結晶解析をするには,タンパク質を集めて結晶を作るのですか?

橘:細胞膜に埋まっていることで,そういったタンパク質はある構造が保たれているわけだから,細胞膜を除いちゃうと,壊れちゃう。

柏山:ああ,なるほど。細胞膜に入った状態じゃないと本当の構造は見られない。それで,先生の研究手法は,細胞膜に入ったままの状態で,実際にどういう構造になっているかということを見てやろうということですね。

毒を以て膜タンパク質を制す!?

柏山:ところで,先生は特に毒に興味がおありのようで,いろんな研究に毒が登場するようですが…

橘:毒は,細胞に作用する化合物としては,一番強い信号性をもっています。それで,膜タンパク質などの複合体の構造をみるために毒を使っています。

柏山:毒素そのものが目当てではなくて,毒を使って何かを見ようということなのですね?

橘:ええ。一般的に,こういう毒として作用するものを含めて,低分子と,いわゆる生体高分子というもの間の一般的な複合体の形成における機構に関して,何かいえないかということを考えています。

柏山:つまりどういうことなのですか?

橘:生物体内で本来機能するもの,たとえば,アセチルコリンという神経回路に関わっている物質などは,役割が終わったものはすぐ受容体から離れることで,うまく機能している。いっぽう毒は,受容体にくっついて同じようなことをやるけれども,そのまま離れないので毒になるという訳で,この違いが面白いのです。

柏山:ああ,なるほど。じゃあ,毒というのは…

橘:毒はそれがくっつくことで,受容体の形を変えてしまうんです。ずっと変えっぱなしだと,生物の機能は損なわれてしまい,したがって毒になってしまう。生物にとって重要なのは,必要なときに変えて,すぐに元に戻すという,いわゆる生体恒常性という機構です。

柏山:生体恒常性ですか。そうすると,毒を使う理由としては,毒を使って,何かの生体高分子の形を常に変わった状態にしておこうということなんですか?

橘:そう,変わった状態の寿命を延ばして,その間に構造をみてやろうというわけです。

海産の毒素

図1:海洋生物由来の「毒」化合物の例

図2:「毒」がエーテルの水素結合を介して膜タンパク質のαへリックスと結合する

柏山:先生が研究で対象としている海洋生物由来の毒とは,いったいどういうもので,どうしてそれを研究の対象とされているのですか?

橘:ここ30年くらいで,海洋生物由来の毒がいろいろ見つかってきました。陸上では,キノコとか,トリカブトという植物が,強い毒をもっているけれど,それらより,二桁ぐらい強い毒が見つかってきて…

柏山:海洋生物の毒の方が?

橘:ええ,百分の一の濃度で同じような作用があります。いろんなプランクトンがつくる毒があって,作用が全部違うんです(図1)。あるものは,神経細胞のナトリウムチャンネルに作用して,ナトリウムを細胞に入れてしまう。また,このマイトトキシンという毒(図1)は,やっぱり細胞膜のタンパク質に作用して,カルシウムを入れる。カルシウムは,ふつう細胞の中と外側で,濃度がじつに7桁ぐらい違う。つまり,細胞の中は,ほとんどカルシウムがない状態が正常です。そこにカルシウムが入ってくることで,生物にとって不都合な,いろんな作用が起きることがある。

柏山:カルシウムの出し入れに関わる膜タンパク質に作用するわけですか?

橘:ええ。でも,どうも普通に知られているカルシウムチャンネルではないみたいで,何かのタンパク質をカルシウムチャンネルにしてるようです。ともかく,カルシウムが細胞の中に入ってくることで毒になる。まあ,おそらく自律神経に作用すればですけど。まあ,サリンと同じです。

柏山:サリンもそういう仕組みなんですか?

橘:サリンは,さっきの神経伝達物質のアセチルコリンの分解を防ぐ作用をもつので,本来は役割が終わればさっと分解されるべきものが,いつまでもそのままの状態で残ってしまう。つまり,神経信号が,本来なら一過的に行くべきところを,いつまでもスイッチが入れっぱなしになっているということになるのです。

柏山:なるほど。

橘:まあ,ほかにもいろいろな膜タンパク質のチャンネルがあるんですけど,基本的には,アミノ酸の鎖が折りたたまれて細胞膜にポコッとはまっている。そこへ,これと似たような構造を持つ有機分子,つまり「毒」が,その膜タンパク質に作用する訳です。そこに一般的な作用機構があるんだろうと,それはなんだろうということが,私の研究のメインテーマですね。

柏山:先生は,具体的にどのような形でこれらの「海産毒」が膜タンパク質に作用すると考えられておられるのですか?

橘:これらの有機分子は,だいたいユニットの長さが共通していて,ちょうど細胞膜の厚さに相当するいうことが分かっています。これらに共通な官能基としては,エーテルしかないんで,まあおそらく,(エーテルの酸素の)水素結合を介して,膜タンパク質のαへリックスの束に割込んで,ちょっかいを出しているんじゃないかと考えられます(図2)。そうしてちょっとタンパク質の構造を変えて,本来なら元に戻るべきところを構造が変化したままにしているのだろう,と。ちょうど,開けたドアにつっかえ棒を差し込んで開けっ放しにするようにして…。要は,いかにその証拠をつかむかということです。

毒を合成する

図3:ポリ環境エーテル化合物の有機合成

柏山:ところで,この研究室では,天然物から抽出するだけでなく,毒の合成もなさっておられるようですね?

橘:先ほどの海洋生物の作る天然毒のような,こういうポリ環状エーテル化合物というのを合成するには,一般的に,こういう部品を作って,ガチャッとつければいろんなものができるんです(図3)。この反応は,こういうものを一生懸命作ろうとしている過程で見つけたんですが,この方法でやると,順列組み合わせでいろんなものができる。これは,コンビナトリアルケミストリという,今,割合はやっている手法です。つまりランダムに作ってやって,そのうちから適当なものを取り出す。適当にこんな構造を作れば,何らかのタンパク質に作用するんじゃないかと。

柏山:つまり,類似品のようなものを代用するのですか?

橘:有機化学レベルでどうなっているのかということは類似品でやることになるかな。本来,さっきの天然毒みたいな,「あんまり天然からとれなくて合成も難しいもの」と,「ナトリウムチャンネルという結構ややこしいやつ」の組み合わせでやるべきところを,もうちょっと簡単な,「ちゃんと合成ができる低分子」と「いろんな細胞に結構いっぱいあるようなタンパク質」との組み合わせが見つかれば,それを使って研究ができるというわけです。

柏山:もっと一般的な関係を見ようという訳なんですか?

橘:細胞膜のタンパク質に作用している,何か普遍的な仕組みがあるんだと思っています。先に述べた,ナトリウムチャンネルをターゲットにしている毒でも,そんなに特異性が強いわけではなく,別のタンパク質にも少しはくっついている。ポリ環状エーテルに見られるような一般的な構造があると,いろいろなタンパク質にそれなりにくっつくとともに,その中のあるものには,構造変化をもたらすことで毒として作用するのだろうと思います。その「くっつくメカニズム」を,こういう手法を使って調べたいということなんです。

柏山:こういった手法を使って,複合体の構造が分かってくるということですか。なるほど。

膜タンパク質複合体の構造を見る

図4:バイセル−人工的に作られた断片状の脂質二重膜

柏山:で,膜タンパク質の複合体の構造を知るために,具体的にはどのような研究をなさるわけですか?

橘:まずは,構造研究に適した,いろいろなタンパク質のモデルをデザインして合成します。それには,まず,光親和標識を使う。光親和標識というのは,有機分子の化学構造を変えてもあんまり毒性に影響がない部分を突き止め,そこに光を当てるとくっついているタンパク質と共有結合するものをつける。これを使って,その低分子(毒)がどういうタンパク質とどういう位置関係にあるかというのが分かるんです。そうやって,毒とタンパク質の結合部位が特定できれば,例えばその部分を同位体標識し,チャンネルとか膜タンパクみたいな,タンパク質のモデルを作るんです。

柏山:チャンネルを人工的に?

橘:そう,そういったものは,外側は油…疎水性の環境で,内側はチャンネル,つまり水が通るような環境であって,実際に,チャンネルのような構造を得るためには,αへリックスの片っ方は疎水性,逆は親水性というのを作る。すると,それが,集まって,疎水性の面を外側にして何分子か集合体を作るわけです。まあ,そういうものをデザインして作って,チャンネルのような集合体を膜の中で作ってやるわけです。

柏山:なるほど。そうして,さっきのポリ環状エーテル化合物を作用させて,いよいよ構造を決めてやるわけですね。

橘:その構造を決める際,NMR(核磁気共鳴)というのは,有機化学で一番情報量の多い分析法ですけど,脂質二重膜系にはほとんど使い物にならない。普通は,NMRで磁場の中に分子を入れた際,溶液の中で低分子がぐるぐる回っているおかげで,磁場に対するある原子核の方向が平均化され,非常に分解能がいい情報が得られるんです。けれど,複合体になってくると,分子の運動が時間分解能より遅くなってしまう。そうすると,分子が運動しているかという情報は分かるけど,構造的な情報はほとんど分からなくなる。それで,この解決法として,例えば試料を,何千ヘルツで回転させてやるとかします。

柏山:先生のホームページには「バイセル」というものが紹介されていましたよね?

橘:普通は,リポソームという球状の細胞膜モデルを使うんですが,それを小さくちょん切ってやって,切り口をを界面活性剤で覆ってやると,バイセルというものが出来るんです(図4)。これだと,タンパク質モデルを入れて,低分子との複合体を作ってやれば,一応NMRに耐えうるサイズになる可能性があるんです。ほんとにバイセルのようなものが出来ているのかどうかは議論があって,二転三転したんです。結局,わりと最近発表されたものでは,脂質と界面活性剤の組み合わせの比率や温度などを微妙に制御すれば,うまくいくことが確かめられた。これを使うと,NMRからの情報が見られる可能性がある。ただ,ほんとにタンパク質がバイセルに入っていてここにくっついているのかという点はまだ問題があります。

柏山:生物の,毒とタンパク質の複合体の,構造的な位置関係を見るのには,やっぱり,NMRで見たい訳ですよね。これがうまくいくとおもしろいですね。

蛍光剤で毒の作用を確かめる

図5:蛍光剤を用いて膜電位をモニターする

橘:実際に生物から取り出した膜タンパク質を使って,実際に上で想定したような現象が起こるかどうかという研究もやっています。つまり,毒が膜タンパク質にくっつくかどうかは,モデル化合物での実験からわかるけれども,くっついてチャンネルが実際に開いたかどうかはわからない。これまで一般的には,細胞の中に電極をつっこんで,細胞膜内外の電位の変化を見る…チャンネルが開けばナトリウムが入ってきて,電位差が小さくなる,という手法が使われてきました。でもこれは結構,職人芸なんで,まあ,化学の教室としては化学を使いたいということで,蛍光剤を使って診断するんです。

柏山:蛍光剤ですか?

橘:具体的には,アマゾンからデンキウナギを輸入して…あのビリッてくる,あの器官にナトリウムチャンネルタンパク質が非常にいっぱい入っているんです。それを抽出して,もう一回,リポソームという脂質二重膜の構造の中に埋め込んでやる。このときにカリウム存在下で作ってやって,後でナトリウムの緩衝液で薄めると,外と中と別のイオンがあるものができます。で,その膜電位のモニターとしてこんな蛍光剤をリポソームに入れてやる(次ページ図5)。これは,膜に電圧がかかっているとこんな構造をしているけれど,電圧が消えると対称性を持って蛍光が強くなる。ま,それでモニターできるということです。

柏山:おもしろいですね。

橘:例えば,そこにvalinomycinという,ナトリウムは運ばないけどカリウムを細胞膜に輸送する微生物由来のペプチドを作用すると,カリウムは外に出るけど,ナトリウムは入らない。それで,電位差が出来て蛍光が減る(図5[1])。次に,veratridineというナトリウムチャンネルの活性化剤,これは植物の毒なんですが,これを作用してやると,チャンネルが開いてナトリウムが入って,電位差が小さくなることで,蛍光がまた復活してくる(図5[2])。そして,最後に全部,細胞膜自体を壊して電位差がなくなったわけです。

柏山:ああ,なるほど。それで,その蛍光剤が対称性を持って,また蛍光が強くなった,ということですね(図5[3])。

橘:このように,ナトリウムがどのぐらい入っているか,この比率で分かる観測方法を考えました。これは,普通は,脂質二重膜だけでやられている方法ですが,そこにタンパク質を埋め込んだ系では例がないんでやってみたということです。すると,ある種の毒がナトリウムチャンネルにくっつくところは再現性があるけれど,そのときチャンネルが開くかどうかは,なかなか良い再現性が得られない。どうも,膜タンパク質を単離する過程で多少は変性してしまい,親和性は保たれているけれども,機能が損なわれている可能性があります。それで,今,実は,この蛍光剤を細胞そのものに振りかけようと…そっちの方が使い物になりそうなんです。

海と海の毒に魅せられて

柏山:ところで,そもそもこういう研究は,いつ頃から,どういう機会があって始められたのですか?

橘:海に興味を持ったのは,いろんな理由があって…。もともと東大学生の時に水泳部だった。まあ,それで,海に行く機会があって,具体的には戸田(へだ)寮って…

柏山:へだりょう…?

橘:戸田。西伊豆に東大の運動会の寮があるとこ。そこによく行って,海を見ていると,この中で,なんか,いろんな化合物が,いろいろ何かしてるんじゃないかという…。

柏山:ああ,そのころからなんですか。

橘:以前は,植物の成分の化学というのをやっていました。

柏山:それは,修士の頃の?

橘:ええ,まあ,それは非常に勉強にはなった。有機化学はきっちり勉強したと思うけど,テーマ的にはこれ以上はドン詰まりだと思って…。海の生物の天然物というのをやってみたいなと思い,留学しようということになったんです,ハワイやフロリダに。TOEFLを3回受けて,3回目でようやく来てもいいというのが,ハワイ大。そこのドクターに行って,結局そこに5年居たんです。そこで,食中毒…魚を食べて人間が中毒するという,毒の研究をしました。

柏山:フグとか…?

橘:フグもそうですけども,テーマは,珊瑚礁の魚で中毒するというもの。フグのように,この魚って訳じゃなくて,この辺で捕れた魚はすべて危ない,というものでした。

柏山:それは,やはり先ほどのような有機分子の毒だったんですか?

橘:有機分子の。よく知られる食中毒の原因となるサルモネラ菌やボツリヌス菌というのは,タンパク質の毒で,熱をかけると変性してしまうので,だいたい大丈夫。でも,その珊瑚礁の魚の中毒は,煮ても焼いてもやっぱり中毒するという…。で,それがこれなんです(図1)。これが,魚の内臓にいっぱいたまって,非常にたまると魚自体も死んでしまうけど,ぎりぎりで生き残ったやつを人間が食べて中毒すると。

柏山:うーん,それもやっぱりバクテリアが作ったものを魚が蓄積してということですか?

橘:バクテリアではなくてプランクトン,鞭毛藻という真核生物です。たとえば赤潮みたいな,ああいうのが,なんかの理由で異常発生して,魚にたまって…。だから,異常発生が終わると,だんだん無毒化するんで,だいたい二年ぐらいで,その海域からぱたっと中毒がなくなっちゃう。

柏山:へー。で,それは,その原因になっている,有機分子の毒そのものの研究だったのですか?

橘:ええ。それはそう。抽出してネズミに注射すると,すぐに死んじゃいます。それを,化学の定法として,分液漏斗なんかでいろいろ分けていって,どこにその毒が行ったか…と。

柏山:なるほど。そうやって分画していって,最後に毒はこれだっていうのを特定する。

橘:ええ。特定して,いろんな手法でこういう構造と決めてやる。まあ,1990年ぐらいに最終的にちゃんと決まったんです。

柏山:ホームページで取り上げておられるオカダ酸というのも,やはり同じような毒ですか?

橘:オカダ酸は,貝にたまると人間に食中毒を起こしますが,三崎の臨海実験所沿岸に生息する海綿にいっぱいたまって,海綿から単離された毒なんです。毒をため込む海綿はどうして平気なんだろう,海綿なんだから平気なんだろうと,つまり,この毒をマスクしているタンパク質を海綿は持っているのかなと思って,いろんな人をそそのかして調べてもらったら,ちゃんとあったんですよ。

柏山:それはつまり,そのタンパク質が,この毒を…

橘:そう。オカダ酸にくっつく。本来,オカダ酸は,プロテインフォスファテーゼという,タンパク質がリン酸化されたやつを加水分解する酵素にくっつくことで毒性を示します。でも,そこに行かないで別な,このタンパク質がくっついていることで,海綿は平気である,というわけです。

柏山:なるほど。

橘:ところが,試しに近くにある別の海綿を調べたら,そのタンパク質はない,オカダ酸もないんです。で,オカダ酸は,プランクトンが作る訳だけれども,プランクトンがその海綿と共生しているかどうかというのは分からない。ただ単に,海綿が食べてるだけかもしれないし…。でも,なんとなく,そういう共生のペアを作るのはタンパク質が決めるのではないか。そして結果的には,まあ棲み分けとか,生態に関係するのではないかと。

柏山:うーん,毒が海洋の生物の共生に関係しているのでしょうか?

橘:共生相手を選ぶタンパク質である可能性があるかな,と。そうであればおもしろいと思うんです。

柏山:それはおもしろい発想ですね。なるほど,ハワイ大時代の研究は毒物そのものの研究ということでしたけど,そこから,それが作用するタンパク質,そして今の興味は毒と。

橘:今度はそれらの毒が,神経のタンパク質とどういう風にくっついて,タンパク質の構造をどういう風に変えているかということに…。

柏山:それで現在の研究につながってくるわけですね。

世界に飛び出した学生時代

柏山:さて,ここまでは主に先生の研究についてお話頂きましたが,もう少し個人的な,先生の学生時代のお話などもお聞かせください。橘先生は,どのようなきっかけで化学を研究しよう,あるいは研究者を目指そうと思われたのですか?

橘:化学は,中学高校の頃から好きだったのだけど,特に出来た訳ではなく,どっちかというと,友達から見ると,僕は数学に行くんじゃないかと…そういう感じだったと思う。数学は,たしかに,教養の一年生ぐらいまではよくできたけれど,でも,一生するモンじゃあない,と。(笑) 理学部にいくというのは全然考えていなくて,たぶん,工学部の化学関連のところに進学するのかなと,東大に入ったときは自分で思っていたんです。でも,勉強してみると,もっといろいろ知りたいということになって…。それで,理学部に行きたいという事で,化学に出したんです。

柏山:そのころから研究者になろうと考えておられたんですか?

橘:うーん,そんなにまじめには…。でも,あんまりサラリーマンには向いていないっていう感じはしていました。実は,当時あんまり勉強していなくて,このまま卒業するには物足りないというか,まじめにしようということで大学院に進んだのです。何で勉強しなかったの,という一つの理由は,水泳部のキャプテンをやっていたりして…もう,留年すれすれの低空飛行でした。なんで水泳部の学生なのに理学部にきたんだ,とか先生にいわれて…。今は結構いるけど,当時はそういう世界で。

柏山:そのあと修士号をとられて,ハワイに行かれますよね。

橘:当時だと,ドクターとったあと,ポスドクで海外に行って,2,3年で箔をつけて,助手にでも,というのが一般的だった。それで,どうせ行くんだったら,早く行って,じっくり,ちょっと長めにいたいな,ということで…。あと,やっぱり,ハワイっていうのは,元々,暖かいところが好きで,海も好きで…ということもあったし,あとは,いろんな人種が集まった,国際的な文化というのにも多少は興味があったんです。

柏山:実は,私も,修士の途中からアメリカに行きまして…。修士号をとって,博士の2年目までいって,分野を変えようと思い大学を移ろうとしたんですが,結局,浪人する形で戻ってきてしまいました。出戻りでちょっとかっこわるいんですけど…。

橘:いや,僕も5年大学院の博士課程にいたけど,まあ,多少回り道ですよね。普通の感覚だと。でも,今,考えてみると,よかったなと思います。

柏山:アメリカの大学で,日本の大学と比べて,何かよかった点はありましたか?

橘:非常に,やっぱり,勉強することを強いられる…

柏山:授業が多いですよね。研究できずに,ひたすら授業しかとっていなかった時期もありました。

橘:で,マスターとドクターの振り分け試験があって…。

柏山:そう,厳しいですよね。でもその分,アメリカの大学院の方が,学生にはいい教育だと…。

橘:うん,そう思っています。それで,いま少しずつ,ドクターの学生に,講義の単位をとらなくて良いから是非聞け,というようなものを,COEの予算を使ってやったりしているんです。ハワイでは,それと,最初の一年はTAをやった…英語で。これは必須で,ま,給料はちゃんともらえる。でも,実験講義から全部やらされる。

柏山:ああ,実験の。やりました,やりました。そうそう,大変ですよね。結構,僕は評判悪かったんです。その,英語がヘタで…。

橘:僕もヘタだったけど…。でも,やっぱり(ハワイは)日系人が多い。連中は,日本語しゃべる訳じゃないんだけど,なぜか英語が通じやすい。舌の構造とかに関係あるのか…。まあ,でも,すぐTAをやったおかげで,今から考えると,非常によかったです。

柏山:ハワイは楽しかったですか?

橘:うん,楽しかったですね。

うまくいかない楽しさ!

柏山:ところで,研究をしていて,一番おもしろい瞬間というのは,どういうときですか?研究のおもしろさを一言で言うのは難しいかもしれないですけど…。

橘:思ったとおりにいった時などは,まあ,たぶん楽しいけど…。実際,思ったとおりにいかなくて,なんか変なことが起こって,それが実はこうだ!というところが,やっぱり一番楽しいですね。新発見というか…。

柏山:ああ,予測してなかったことがあって,そこで…と。

橘:そっからが結構大変なんですけれども…。変なことが起こって,じゃあ,こんな事が起こったんだろうと。それをいかに確かめるかっていうところから,本当は研究がスタートするんです。

柏山:うーん。

橘:まあ,学生に愚痴を言うとすれば,思ったとおりにいかなかったらそこでやめちゃう,というのが結構多いですね。「何が起こったんだ」って,しょっちゅう研究室のセミナーで質問しているけど,まあ,そこは調べてませんていう答えが返ってくる…。だいたい,こっちで考えて学生に与えるアイデアっていうのは,普通はうまくいかない。「この通りやっても,うまくいくと思うなよ」と言うんだけれど,…「うまくいかないからテーマ変えてください」という人が多い。もちろん,自分で一生懸命アイデアしぼって,うまくいく学生もいますけれど…。

柏山:ああ,それは何となく分かります。研究って,うまくいかなくて,でも,そこから先におもしろいものがあるんですよね。さて,最後に,特に学部の学生さんなどに,何かアドバイスして頂けませんか? 化学には,こういう面白さがありますよ,とか。

橘:今日お話ししたような生命の現象について,原子配置レベルで研究できるのは化学しかない。まあ,化学から出発して,生物がらみのことや,あるいは地球科学に展開したりする。けれども,逆向きってのはたぶん大変じゃないかな。

柏山:そうですね。私は,古生物から始まって有機化学をやっていますが,それは感じています。

橘:いろんな自然科学との接点が一番多いのは化学…。まあ,ちょっと,外の分野に入っていく努力をしなければならないんだけれども。

柏山:なるほど。どうも,今日はお忙しい中,大変興味深いお話をありがとうございました。