動く仕組みに魅せられて

~真行寺 千佳子 助教授(生物科学専攻)~

聞き手:前多 裕介(物理学専攻 修士課程2年)

図1a:鞭毛の9+2構造の電子顕微鏡写真。真ん中に位置する二つの丸が中心小管、その周囲に位置するのが9本のダブレット微小管。真核生物の鞭毛ではこの構造が保存されている。

図1b:滑りから屈曲が作られる仮説の模式図。2本のフィラメント間の一部で滑りがおこることで一対の逆向きの屈曲が作られる。

図1c:1977年発表の実験に使用した顕微鏡。現在も真行寺研で現役として活躍している。

図1d:鞭毛に局所的にATPを与え、屈曲が作られる様子をとらえた写真。精子の頭部を固定し、鞭毛の一部にピペットからATPを与える前(上)と後(下)。ATPを与えた部分の両側に一対の逆向きの屈曲ができる(Shingyoji, C. et.al. (1977))。

図2a:1分子測定のための実験系
ダイニン分子が並んだダブレット微小管(D)に、ビーズをつけた微小管(MT)を作用させて、ビーズの移動距離からダイニン1分子の出す力を求める。この絵は真行寺先生の直筆(Shingyoji, C. (1998))。

図2b:(上)ダイニン1分子が出す力が振動している様子。平均6pNの力を出す。(下)力の振動の振動数(白丸)が時間およびATP濃度の減少と共に変化している(Shingyoji, C. (1998))。

今回は、細胞生理学の研究を行っていらっしゃる生物科学専攻の真行寺研究室を訪問しました。真行寺千佳子先生は「生物のべん毛運動に関する研究」で第22回猿橋賞を受賞され、現在も他者の追随を許さない研究を行っていらっしゃいます。そのように優れた研究者である真行寺先生に、生命の神秘、科学の魅力、これまでとこれからの歩みに関してお話を伺いました。

なぜ動く?

前多:真行寺先生、よろしくお願いします。まず初めに、先生はこれまでどのような研究をなさってこられたのですか?

真行寺:私の研究は、学生のころから一貫していまして、ウニの精子を使った鞭毛運動機構の解明です。ウニの精子は、頭部とその後ろに伸びる鞭毛という運動装置でできていて、鞭毛を鞭のように屈曲させて泳ぎます。私が研究をはじめる以前に、鞭毛は、タンパク質で作られた微小管が束ねられ、「9+2構造」という特徴的な構造をもつことが明らかとなっていました(図1a)。鞭毛を輪切りにして電子顕微鏡で観察すると、膜の内側にこの構造が見えます.外側の9本のダブレット微小管が、真ん中の2本の中心小管を囲むようにして並び、鞭毛の根元から先端までほぼ同様の構造です。更に、アメリカのGibbons博士の研究により、ダブレット微小管同士が互いに縦方向にずれるようにして滑りあうこともわかっていました。ですから、ダブレット微小管相互の滑りが鞭毛の動きの基本メカニズムであるらしいことはわかっていたわけです。けれど私が研究を始めた当時、微小管の「滑り」から、一体どのようにして鞭毛の「屈曲」が生み出されるのか、わかっていませんでした。そこで、滑りから屈曲が作られることを実験的に証明することが私の最初の研究テーマとなりました。

前多:それは大学院に入ってからのテーマですか?

真行寺:はい、修士課程1年生のときです。ウニの精子の頭部には、鞭毛運動のエネルギーとなるATPを作るミトコンドリアがあり、膜に包まれている鞭毛内部ではATP(注1)濃度が一定に保たれています。この膜を取り除くと、鞭毛にATPが供給されなくなり、屈曲運動がおこらなくなりますが、鞭毛全体に外からATPを与えると、屈曲運動を引き起こすことができます。このことはそれまでに明らかとなっていました。私の指導教官の高橋景一先生は、鞭毛全体ではなく、一部分だけにATPを与えれば、その部分でだけ滑りをおこすのではないか、もし滑りにより屈曲ができるとすると局所的な屈曲を誘導できるのではないかとお考えになりました。私が実験に使用したウニの精子の鞭毛では、屈曲はほぼ一平面内に形成されます。したがって、もし局所的にATPを与えた鞭毛の一部分でのみ滑りが起こり、その部分の両側には滑りが起こらなかった場合、滑る部分と滑らない部分との間に大きさが等しく、互いに逆向きの屈曲が形成されると予想されます(図1b)。この仮説を検証する実験を行うことが私の最初の実験となりました。

前多:仮説と検証法がはっきりしていて美しい実験ですね。

真行寺:実験を始めて2ヶ月くらいで結果が出ました。鞭毛はあたかも2本のフィラメントが滑るかのような挙動を示したのです。最初に得られたのは小さな屈曲でしたが、思わず小さな叫び声をあげながら高橋先生のお部屋に飛んでいきました。

前多:驚異的なスピードですね!

真行寺:でも、その2ヶ月の間にはいくつもの苦労がありました。4月にはまだウニの精子が使えなかったのでヒトデを使いましたが、精子を海水で希釈すると、精子が集まって頭部でくっついてしまうのです。試行錯誤の末、海水からカルシウムを取り除くことで問題を解決できたときはとてもうれしかったですね。

前多:そういう小さなことがとてもうれしいですよね。実験をしていて、前に進んでるな、という気がしますね。

真行寺:その通りですね(笑)。その後も、試行錯誤の連続でした。精子をどうやって固定するか?どうやって顕微鏡下の精子を撮影するか? 特に、ATPを鞭毛の一部にどうやって与えるかという問題がありました。精子頭部をポリリジンでコートしたガラス針に付着させて固定し、ATPを詰めたガラスピペットを鞭毛に近づけ、ピペット内と外液との間に電流を流してATPをイオン泳動的に少量放出するという方法を用いました。ATPは負電荷を帯びているので、電気的な制御が可能であることを利用したのです。その装置は助教授の村上先生のご指導のもとに製作しました(図1c)。

後になってわかったことなのですが、ちょうど同じ時期に、私たちと同様の仮説を立て、ATPを局所的に与えようとしているグループがアメリカにいたのです。しかし、彼らと私達ではATPの与え方が異なり、幸い私達のマイクロマニピュレーション(微小操作)の方が厳密で優れていたらしく、結果的に先行することができました。

7月頃、結果を論文にまとめることになりましたが、高橋先生から、「誰が見てもはっきりとわかる屈曲の写真が必要です。」と言われ、更にそれから一ヶ月、夏休みも実験に没頭し、先生をうならせるような写真をとることに成功しました(図1d)。そして、翌年1月号のNature誌で発表することができました(Shingyoji, C. et.al. (1977) Nature 265, 269-270)。

前多:実にエレガントですね! 素晴らしいの一言です。

真行寺:そのような仕事に携われたことを高橋先生にとても感謝しています。高橋先生や村上先生と議論するためには、猛烈に勉強しなくてはいけませんでしたし、とても充実した研究生活を大学院で送ることができたと思います。それがきっかけで、研究が非常におもしろいと思えるようになりました。

自然は巧妙にして

前多:先ほどの滑り説に関して質問なのですが、鞭毛構造は9+2本の微小管からなるのですよね?

真行寺:はい、そうです。

前多:そして、ダブレット微小管同士で滑ることによって屈曲が生まれることが確かめられたのですよね。しかし、ダブレット微小管は9本あるのに、滑り説は2本のフィラメントで説明されています。それはなぜですか? 9本全てが作動するのではないのですか?

真行寺:それは大変重要な問題です。私も、同じ疑問を自分の中で膨らませていました。高橋先生に「2本のフィラメントでの滑り仮説はあくまで仮説であって、鞭毛の中で起こっていることとは別であることに注意しなさい」と言われたことがあります。その言葉は大変心に残っています。そして最近、私達の研究室でその疑問に対して一つの答えを導くことに成功しました。

前多:それは大変興味深いです。どのような?

真行寺:9本のダブレット微小管の上には、等間隔でダイニンというタンパク質分子が並んでいます。このダイニンというタンパク質はGibbons博士が発見したモータータンパク質(注2)です。ダイニンは頭部にATPを加水分解する部位をもっており、化学エネルギーを力学エネルギーに変換し、力を発生します。ダイニンの根元はダブレット微小管に固定されて動かず、頭部が隣のダブレット微小管を一方向に動かすことによって、滑りを引き起こすと考えられています。

前多:ATPによる滑りの本質がダイニンというモータータンパク質にあったわけですね。

真行寺:その通りです。しかし、もし9本のダブレット微小管が同時に隣の微小管を動かしてしまっては、屈曲は形成されません。つまり、屈曲を引き起こすためには、何らかの制御がなされていることを意味します。

手がかりとなったのは、ATP濃度と酵素のエラスターゼです。生きている精子の鞭毛内には、数mMという高濃度のATPが存在します。ところが、膜を取り、エラスターゼで処理した鞭毛に、20μM程度の低濃度のATPを与えると、ダブレット微小管が1本1本に滑ってしまうことがわかりました。この滑り運動は、エラスターゼが普段ダブレット同士をつなぎ止めている構造を壊し、9本のダブレット微小管上のダイニンが滑りを起こす結果だと考えられます。ところが、1mMという高濃度のATPを与えると、あたかも2本のフィラメントが滑るかのように、鞭毛が2本の束に分かれるような振る舞いを見せました。おそらく、生理的なATP濃度下ではダイニンの滑り活性が何らかの制御を受けているのだろうと考えられました。

ここで、9+2構造を思い出してください。実は、2本の中心小管は滑りの制御に非常に重要な役割を果たしているのです。9本のダブレット微小管は、スポークと呼ばれる構造によって中心小管と架橋されていますが、エラスターゼ処理後の鞭毛は、中心小管と5−6本のダブレットを含むグループと、残りの3−4本のダブレットのみからなるグループとに分かれるように滑ることが明らかになりました。そしてその滑りは、カルシウム濃度によって調節されていることもわかりました(Nakano, I. et al. (2002) J.Cell.Sci. 116, 1627-1636)。

前多:カルシウムはダイニンも制御しているのでしょうか? あるいはそれとは別の分子が?

真行寺:そこが問題です。ダイニンをダブレットから抽出してもその活性はカルシウムによって影響されません。つまり、ダブレット微小管に組み込まれた生体内の条件下でのみ、ダイニンはカルシウムの影響を受けるらしいのです。様々な実験から、中心小管を含むグループのダイニンの活性が抑制を受けること、中心小管の両側のダイニン間で交互に滑り活性が切り替わっていることがわかりました。カルシウムは切り替えを阻害します。この切り替えによって屈曲が周期的に両方向に作られると考えられます。しかし、中心小管が、どのようにしてダイニンの滑り活性を制御しているか、という問題についてはまだまだ謎が多く、現在も解析を進めています。

前多:謎に満ちあふれた鞭毛は、とても魅力的な研究対象ですね。こんな小さな構造の中に巧妙な仕組みがあるのですね…

真行寺:また、これは共同研究ですが、ダイニン1分子がどのくらいの力をダブレット微小管上で出しているのかを、光ピンセット(注3)を用いて測定することに世界で初めて成功しました(図2a、Shingyoji, C. (1998) Nature 393, 711-714)。その結果、ダイニン1分子は6pNの力をだすことがわかりました。そして、驚くべきことに、ダイニン1分子の出す力が振動していることも発見しました(図2b)。

前多:モータータンパク質1分子の力をはかることなんてできるのですか?

真行寺:はい。大変な苦労がありましたが(笑)、大阪大学の柳田敏雄博士と樋口秀雄博士の協力のもとに、約1年半、大阪まで通って実現しました。1分子計測の場合、タンパク質を抽出して測定するのが普通ですが、私は、ダブレット微小管の上に付いたままの、生理的な条件に近いダイニンで測定するということにこだわりました。

鞭毛運動では、滑りの制御だけでなく、屈曲の周期性の起源も大命題なのです。その周期性の源と考えられるダイニンの滑り活性の周期的切り替えが、このダイニン1分子の力の振動によって生まれるのではないかと考えられます。しかし、ダイニン1分子の出す力がどのように振動しているのか?振動がダイニン間で同調しているのか?そしてダイニンの振動がどのようにして滑りの周期的切り替えに結びつくのか?などわからないことはたくさんあります。

前多:おっしゃるとおり最初の実験がから現在まで大変一貫した研究ですね。私もそうありたいと思います。

科学への目覚め

前多:ところで、真行寺先生が科学に関心を持たれたのはいつごろなのですか?

真行寺:おそらく小学生4、5年生の頃だと思います。いろいろなきっかけがあったのですが、第一に、父の影響があります。外科医だった父は、実は理論物理学の研究者になりたかったそうです。祖父の後を継いで開業医としての仕事をこなしつつ、物理の勉強もしていました。私は理科が好きでしたが、生き物に最も興味があったように思います。

父から、「生物を学ぶなら生理学を勉強しなさい」と言われたのが、小学生のときでした。そういう父の姿と言葉に少なからず影響を受けていたのかもしれません。

前多:なるほど、小さな頃から既に意識が芽生えていたのですね。そういうことはとても大事ですよね。

真行寺:そうですね。父の言葉から、「生理学というのはどうやら面白いらしい。」という印象が頭の片隅に残ったようですね。

もう一つきっかけとして思い出されるのは、小学校5年生のとき、江東区の「科学教育センター」という実験教育プログラムがあり、それに参加したことです。

前多:面白そうですね! どのようなプログラムだったのですか?

真行寺:江東区の各小学校から2名ずつ計68名が、一年間毎週土曜日午後に4時間、一つの小学校の理科室に集まり、理科の講義を受けて実験をするというプログラムでした。10人ほどの先生が指導してくださいました。食虫植物などの見学会もありました。

そして、最後に4人一組になって、自由課題の実験をして研究発表をしました。私のグループはボルタ電池に関する実験をしたのをよく覚えています。そのプログラムが、実験科学の本当の面白みを知るきっかけだったように思います。すごく楽しかったんですよ(笑)。

前多:先生の実験科学に対する情熱はそこから生まれたのですね。

真行寺:かもしれませんね。プログラムへの参加を推薦してくださったのは担任の先生ではなかったのですが、その先生には大変感謝しています。なぜ私が選ばれたのか全く不思議ですが(笑)。そのプログラムに参加しなければ、これほどまでに、科学を勉強し続けたいという気持ちが強くならなかったかもしれません。

前多:先生の研究者としての原点ということですね。

真行寺:ところが、それ以後、理科がおもしろくなくなってしまいました。まず生物、次に物理に面白みを感じなくなったのです。けれど、高校の化学の先生が好きだったので、化学だけは好きでした。そういうこともあって、私は化学を専攻しようとした時期がありました。残念ながら、物理系で好きになれる先生に出会えなかったので、結果として物理を専攻しなかったのかもしれません。やはりそういうきっかけを与えてくださる先生と巡り合えるかが子供にとっては大きいのかもしれないですね。私は今でも物理、化学、生物などのいわゆる「科目」の枠を越えて自然に対して広く関心をもっていますが、これは高校の頃一時的に理科嫌いになったおかげかも知れません。小さい頃は広い視野を持って勉強することも大事だと思います。

前多:全くその通りですね。

真行寺:科学以外にも広い視野を持つことは必要だと思います。私は子供の頃から日本舞踊を習っていました。そして、高校3年生の時に国立劇場の舞台に立つ機会に恵まれたのですが、それには特訓が必要なため、勉強時間を削らなければなりませんでした。悩んだ末、今やらなければ後悔すると思い、高校2年生のとき担任の先生に相談に行きました。

前多:先生はなんとおっしゃられたのですか?

真行寺:「あなたの人生なのだから、あなたの好きにしていいのですよ」とおっしゃって下さいました。それから日本舞踊に熱中し、週三日、夜遅くまでお稽古をして念願かなって国立劇場で踊ることができました。趣味は人間の幅を広げますね。・・・このように、父や小学校の先生なども含め、私は本当に何人ものすばらしい方々と出会えたことを幸せに思います。

師の教えと共に

図3:恩師である高橋景一先生(右端)とダイニンの発見者であり共同研究者であるGibbons夫妻と。ハワイ大学の研究室にて(1987年)。

真行寺:基礎研究に対して興味を抱いたのは小学校でのきっかけがあったわけですが、研究者になりたい、ずっと実験したいと思ったのは大学院に入る前です。学部4年生(理学部生物学科動物学コース)のときに後の指導教官である高橋先生が、動物生理学の講義と実習を教えてくださったのです。そして、生理学が本当に面白いと思ったのです(図3)。そして、父の言った言葉が思い出され、「あ、なるほど!」と思いました。

生理学には、「生きている中での仕組みをいかに探るか」という視点があります。それが本当に魅力的だったのです。それで生理学を専攻したいと思ったのですが、癌や免疫にも興味があったので、大学院進学のぎりぎりまで生化学と生理学のどちらを専攻するか迷っていました。

前多:ちょうど生化学が花開き始めた時期ですよね。確かに迷うのも無理はありませんね。

真行寺:その時も父の、「目先の興味よりもまず、人間として立派な先生につきなさい」という言葉に大きな影響を受けました。そして、人間的に素晴らしく、また後からわかったことですが、一流の研究者である高橋先生にご指導していただくことになりました。高橋先生の研究姿勢と教育方針は大変素晴らしく、興味のある現象を論理的な思考を持って研究したいと思っていた私の求めていたもの以上のことを教えていただきました。

やはり、私は科学者としてやっていこうと思うまでに高橋先生の影響が大きいですね。

科学が好きということはもちろんのこと、科学者にとって必要とされる、物事を客観的に論理的にみるということ、自然を相手に独創的アプローチができることを教えていただきました。高橋先生からの教えは今の私の血となり肉となっています。

研究に求められるもの‐正直さと謙虚さ

図4: 猿橋先生と猿橋賞授賞式にて(2002年5月)

前多:真行寺先生が研究をする上で、気をつけていること、考えなどはありますか?

真行寺:私は、研究者にとって大切なことの一つに謙虚な姿勢があると思います。科学は自然を相手にするわけです。自然は人間がつくったものではありませんから、未知なる現象に対して謙虚に対処しなくては、自然の本質というものは見えてこないと思います。

前多:科学者としてだけではなく、人間として忘れてはならない姿勢ですね。

真行寺:それと同時に、人間に限界があるということを忘れないということです。

前多:人間に限界、というのは理解の限界ですか?

真行寺:もちろん知識はどんどん広がってゆくでしょうけれど、人間も自然の中の一部なわけです。自然を科学で全て説明するという驕りは自然を見る目を曇らせてしまうと思います。人間としての謙虚さを失っては、科学者としてやっていくことはできないと思います。また、科学者を志すならば、そのような視点をもつことが必要だと思います。

前多:やはり人間性を大切にされるのには、お父さんからの教えがあるのですね。研究室の方々にもそのようなご指導をされているのでしょうか?

真行寺:一番重視しているのは、学生一人一人を尊重するということです。学生各々が、これまでどのように生きてきたかが異なり、考え方・価値観が一様ではありません。それらを尊重した上で、互いに信頼関係を築き、学生自らが自然と対峙する上での謙虚な姿勢に気づき、会得し、納得して成長してゆくことを期待します。知識はもちろん研究や実験をする上で必要ですが、それ以上のものが、謙虚さの他にも研究を行う上で必要だと思います。

前多:それはどのようなことですか。

真行寺:例えば、正直であるということがあります。正直でなくては、科学者になれないと私は常に考えています。また、きちんとした生活ができ、けじめをつけられること、つまり自律ということですね。さらに、正しい判断力と責任をもつことができなければミスを起こしますし事故もおこします。科学の研究は普段の生活と遊離しているものではなく、一体化しているのです。そういったことに自分で気づき、自分を変えていけるようになって初めて、よい実験ができるようになるように思います。

科学を志すということは、全人格的な営みなわけです。優れた科学者になろうと思えば、知識だけでなく人間としての志を高く持たなければなりません。自分の人間としての成長にまず目を向けて、知識を習得するまじめさ、正直さ、勤勉さが伴えば、結果は自ずとついてくるのです。そうした上で、研究を楽しめれば最高ですね。なんといっても、科学は本当に面白いのですから!

前多:人間として正しい目をもち、自然に対して真摯に向き合うということですね。やはり知的好奇心を含めて、純粋な心が必要なのでしょうね。

真行寺:基礎科学の研究は人間に与えられた最大の喜びの一つだと思います。自然と対峙して、未知の世界を探る。人間にそのようなことができる能力やチャンスが与えられていることは大変素晴らしいことです。その喜びは人類が共有できる喜びですよね。ですから、謙虚で正直な自然の探求者として研究をし、未知なる自然の仕組みを明らかにし、その成果を個人の財産としてではなく人類共有の財産とする、これが私の理想ですが、これからの科学を担う人々にもそうあってほしいと思います。

前多:私も研究者を志すものとして、先生がおっしゃられたことを胸に、がんばっていきます。どうもありがとうございました。

用語解説

1. ATP
アデノシン三リン酸の略称。アデノシンにリン酸3分子が連結した分子。動植物や酵母、細菌など広く生体中に存在し、生体のエネルギー伝達体としてエネルギー代謝に重要な役割を果たしている。ATPはADPとリン酸に加水分解されるとき、エネルギーを放出する。ATPの加水分解反応により生じるエネルギーは、生体におけるエネルギー要求反応に共役して反応進行の推進力となる。
2. モータータンパク質
微小管やアクチンフィラメント(アクチンというタンパク質が連結してフィラメント状になったもの)と相互作用して、細胞内の物質の輸送あるいは筋肉、鞭毛などの細胞運動を行うタンパク質の総称。ATP加水分解活性をもち、ATPの加水分解によって生じるエネルギーを利用して、微小管やアクチンフィラメント上を移動する。この移動が、細胞運動や物質輸送の原動力となる。微小管と相互作用するものにダイニン、キネシンがあり、アクチンフィラメントと相互作用するものにミオシンがある。
3. 光ピンセット
1分子を捕足するために開発された技術。レーザーを対物レンズで集光させ数マイクロメータ程度の微小粒子を捕まえたり、自由に動かしたりといった操作を顕微鏡下で行うことができる。光は波としての性質だけでなく、粒子としての性質ももっている。そして、光子は運動量を持っており、光の屈折・反射を制御して物体に輻射圧をかけ、力を及ぼすことができる。動いている精子を捕捉したり、アクチンやDNAの弾性を測定したりといった研究例がある。