テキストでは伝わらない面白さ

~五十嵐 健夫講師(情報科学科)~

聞き手:上西 達大(天文学専攻 博士課程一年)

今回はコンピュータ科学専攻の五十嵐健夫先生にお話を伺いました。ユーザインタフェースという五十嵐先生の研究テーマ自体が興味深いのもさることながら、アメリカと日本との研究環境の違い、企業との共同研究による実用化、という観点からもお話を伺ってきました。

ユーザインタフェースの研究って?

上西:五十嵐先生はユーザインタフェースの研究をされていますが、具体的にどのような研究をされているのか、まずユーザインタフェースの研究とはどのようなものか、というところからお話しいただけますか?

五十嵐:そうですね、簡単に言うと「コンピュータを使いやすくしたい」という研究です。伝統的なコンピュータサイエンスというのは大体コンピュータの中のことを研究しているわけです。例えばアルゴリズムとか、OSとか、データベースとかですね。

それに対して、私の分野は人間とコンピュータの間を研究しているわけです。このいわゆる「ヒューマンコンピュータインタラクション」という分野も範囲が広くて、人間をひたすら認知心理学的に調べる人もいるし、もっと社会的な角度から研究する人もいますが、私の研究はコンピュータサイエンスの範疇に入ると思います。

具体的には、ユーザインタフェース、つまり先程言ったようにコンピュータを使いやすくしたい、という研究と、コンピュータグラフィックスですね。コンピュータグラフィックスについては、これまでは主に写実的な絵を目指す研究、例えばレイトレーシング(注1)の手法などが研究されてきたんです。

しかし写真のような画像やリアリティのある絵を目指すのではなく、コミュニケーションを支援するような絵を作るという分野があるんですが、私はそのような分野に興味を持って研究しています。

上西:「コンピュータを使いやすく」、というのは具体的にはどういうことなのでしょうか。

五十嵐:現在使われているインタフェースは、グラフィカルインタフェースといってボタンやメニューが並んでいるものですが、これには段々限界が見えてきているんです。私はそれを改良したいと思っています。それが一番やりたいことですね。

インタフェースの研究をしている人にも様々な人がいて、ヴァーチャルリアリティを志向する人がいる一方、実世界志向の人もいます。また、マルチモーダル、つまり声や視線、身体を使う人もいますし、ユビキタスコンピューティングを研究している人もいます。私が研究しているのは主にはペンを用いたインタフェースです。

上西:タブレット(注2)などですか?

五十嵐:タブレットの他にも、色々あります。ペンというデバイスを用いるハードウェアは沢山出てきています。しかしソフトウェアを考えると、従来のマウスとキーボードのためにデザインされたインタフェースをそのまま使っているんです。

コンピュータグラフィクスの研究について述べると、皆さん三次元のCGを映画とかテレビとかでよく見ますよね?あれは作る方はプロが作っているわけで、子供が簡単に三次元の形を作ったりしているものではないわけです。私はもっと簡単にできるようにしたいと考えています。

もう一度具体的に言いますと研究していることは大体三つくらいに分かれています。一つは、さっき言ったようにペンというハードウェアに対して、ソフトウェアが追いついていないという状態を変えたいということです。ボタンとかメニューを使わない新しいインタフェースを作りたいわけです。

上西:ペンならではのインタフェースということですね。

五十嵐:そうです。二つ目に3Dグラフィックスという立場からは、この研究にもペンを使っていますが、初心者でも簡単に3Dで表現ができるようなソフトを作りたいということです。つまり形を作って色を塗って服を着せて……というようなことが簡単にできるようにしたいのです。

最後にインタフェースの分野では情報の視覚化という研究も多くあります。これは大量の情報、データをどのように画面に表示し、理解させるかという研究なんですが、そのような研究もしています。

ユーザインタフェースに興味を持ったきっかけ

上西:それでは、五十嵐先生がユーザインタフェースという分野に興味を持ったきっかけを次に伺いたいんですが。

五十嵐:最初はある意味で偶然ですね。私は数理工学科だったんですが、卒論をどうしようかと思ったときに統計の先生とか色々いた中に、一人研究分野にユーザインタフェースと書いてある先生がいたんです。それで良くわからないけど面白そうだなと思ったのが一番最初です。

上西:やってみていくうちに面白くなってきたという感じですか?

五十嵐:ええ、そんな感じです。

上西:どこが五十嵐先生にとって、一番面白いところなんでしょう。ユーザインタフェースを研究していてここが面白い、というようなポイントは何かありますか?

他の例えばコンピュータの中の研究でもなく、ユーザインタフェースでも社会的なところをやるのではなく、今研究していることならではの面白さがあるからこそ打ち込んでいけるわけですよね? 何が魅力なんでしょう?

五十嵐:それはなぜ花が好きか、と聞かれるのと同じで要は面白いからなんですが……(笑)。

まず新しい分野だということですね。この分野はできてからまだ十年二十年経ってないと思います。学会も出来たばかりですし、すごく新しいので理学系の他の分野と比べると全然感覚が違うと思いますよ。五年前の研究はもう古いので、と言ったりするんです(笑)。

上の世代の人がいませんし、まだやることが沢山あって、小さいアイデアでも世界中の人が使うようになる可能性があるわけです。実際、マウスとか、ウィンドウや、メニューのような現在広く使われているインタフェースも誰かが考えたわけですよね。日本でも私と同じ分野の研究をしている人に、携帯電話の予測入力(注3)を考えた人がいます。

上西:ああ、あれは便利ですよね。

五十嵐:良い物を考えついたら皆が使ってくれるわけです。伝統的な分野ではそう簡単じゃないと思うんですが、個人の力で本当に世界中の人に使ってもらえるようになる可能性がある。その辺が面白いし、やりがいがあると感じています。

デモが大切

上西:先生のウェブページで研究紹介を見ましたが、研究の紹介に全部デモのビデオがついていることが面白かったです。これはユーザインタフェースという分野に特徴的なことなんですか?

五十嵐:ええもちろんです。こういう研究は動きが大切なので論文を読んでも何もわからないし、ビデオでも辛いくらいです。本当はこうやって面と向かってデモをしないと全然伝わらないんです。

上西:実際に使ってもらわないとわからないということですか?

五十嵐:論文の査読も文章よりビデオの方が大事なのでビデオを作る方にエネルギーを費やします。それが当然という感じですね。

上西:そうなるとビデオを作りこむ作業の方が論文を書くよりも大変なわけですよね。自分の伝えたいコアな部分のようなものをどうデモをすれば一番いいか、ということを論文の書き方とかプレゼンの仕方とかと同じように考えていかないといけないのですね。

五十嵐:同じようにというよりも、それが一番大切なんです。どんな研究をしようか、と考えるときにまずどんな見せ方ができるか、というところから考えますから。

上西:そこから逆に考えていかなければいけないわけですね。

では、学生の指導はどのようにされているのでしょうか?

五十嵐:この分野は見てわかるように思いつきでどんどん作っていくだけなので、深く勉強するようなことはあまりないんです。自分で考えて勝負するという感じです。

だから私がやることはあまりないですね。アイデアを思いつかせることは難しいですし、教え方もわからない。しかしアイデアをどうやって形にして外に出していくのかというプロセスはある程度教えられます。デモの見せ方などですね。

上西:ちょっとした芽をどのように育てて形にしていくのか、というところは手伝ってあげられる、というわけですね。

五十嵐:そうです。一番最初にアイデアを思いつく段階ですることは一緒に色々勉強したり、学会に行ってこれが面白い、といった話をするくらいです。私は学生を持つようになって二年目で、始めたばかりなので、言うならば手探り状態ですね。

日本でこういう研究をしている人はあまりいませんから、何をやれば学位が認められるのか、ということもよくわからない。他の先生はどう考えながら指導しているのだろう、と思います。自然言語処理やプログラミング言語といったコンピュータ科学の他の分野と比べても、基準が全然違います。

上西:論文を査読してもらうのも大変ですね。学生の修士論文や博士論文にもビデオをつけないと話にならない、ということにはならないのですか?論文だけでわかってもらうのは難しいというお話が先程ありましたが。

五十嵐:ええ、それはやっぱり難しいですよ。内容を本当に分かろうと思うなら論文だけでは意味がないと思いますが、修論や卒論ではそこまでは求めなくても良いかなと考えています。学生には、研究室のホームページにはデモのビデオをのせるように言っています。

学会で発表をするときにはもちろんデモをします。卒論や修論でも、発表会では動くものを用意するように言っています。

情報の視覚化

図1a:セルA1からセルD1までの合計を表すセルB3にカーソルを入れた例。参照している4つのセルが枠で囲まれてセルB3に関連付けられている。この例では、B3の値を参照しているセルD3、D4とも線で結ばれて表示されている。

図1b:カーソルを動かした場合の例。30という値の入っているセルにカーソルを入れると参照している10と20のセルがハイライトされ、カーソルをそのセルからはずすと消える。同様にカーソルを70という値の入っているセルに動かすとまたそのセルが参照しているセルがハイライトされる。

図2:アニメーションで計算の流れを表示する例。まず最初に行方向の合計を求めていることが水平の長方形で示される。その後、小計を表している列に縦に長方形が表示され、列方向の合計を求めていることが示される。

図3:ブラウザでのズーム制御の例。スクロール速度が低いうちはそのままだが(左)、スクロール速度が上がるとズームアウトし、全体が見やすくなる(中)。目的地が近づいて速度を落とすと再びズームインする(右)。

上西:先程のお話の中では三番目の情報の視覚化が面白そうだと思ったのですが、この研究についてお話いただけますか?

五十嵐:最初は表計算の視覚化の研究ですね。エクセルのような表計算ソフトを考えてください。ぱっと見るとこのようにセルに数字が並んでいるだけですよね?しかし数字の中には式が隠れているかもしれない。よく考えるとこのセルがこっちのセルを参照していて、という風に値が流れているわけですが、普通のシートではこのような流れの構造が見えないので、見えるようにしたいと考えたのです。エクセルでも矢印表示くらいはできますが、見せ方が洗練されていないのでもっと見やすくしたいというのがこの研究の目的です。

例えばこのように上の四つのセルを参照しているセルがあるとします。マウスカーソルを動かしてそのセルの上に載せると、関係する情報をじわっと表示してくれるわけです(図1a)。

上西:特に何もしなくても自動的に見せてくれるわけですね。

五十嵐:情報はマウスカーソルがセルから出て行くと消えます。マウスカーソルでユーザが自分の興味があるところを指定すると、クリックしなくても見せてくれる仕組みです(図1b)。一度に全部見えると訳がわからなくなってしまうので、必要に応じて必要なところを見せてくれる。裏に隠れている構造をいかにそれっぽくみせるかということです。

上西:たとえばこのセルは合計を表しているので、どのセルを合計しているのかをハイライトして見せてくれるわけですね?

五十嵐:そうです。何もないと、このセルがどこを参照しているのか全くわからない。そこでマウスカーソルでセルを指定すると情報を出してくれる。必要に応じて情報を探ることができるわけです。

普通、エクセルのようなソフトだと、情報を知りたいセルをクリックして上のメニューから「矢印表示」を選ぶと情報が出てきて、消したければまたメニューを使って消す、というように操作する必要があります。しかしこの方法だと必要なところだけ見ることが出来ます。

上西:より自然な形で見せてくれる、ということですね。

五十嵐:この表計算の研究は色々な手法の組み合わせで、今お見せしたものが最初の例です。このやり方でも大体の傾向はわかりますが、どこから計算が始まってどこで終わるのかということがよくわからない。でもそれが一番知りたいことですよね?それをわかるようにしようと思って作ったのが次の例です。

表計算シートにはどこかに入力があってどこかに出力があるわけです。例えば保険の計算のシートを試したことがありますが、あれはすごく複雑なんですよね。データの入力と出力の間にとても複雑な計算があるんですが、いきなりシートを渡されてもどこから計算が始まってどう値が流れているのかが全くわからない。それに対してこの手法では、「説明してください」というボタンを押すと、計算がどう流れているのかということをアニメーションで表示してくれます(図2)。

特に、他の人が作った表計算のシートを渡されて解析しろ、とか間違いを見つけろ、とか言われると「え!?」って思いますよね?まず読みにくいですよね。そういうときにこういう機能があると便利だと思っていたんです。やっていることはただ単にプログラムを解析して、見やすくしてあげているだけなんですけどね。

上西:こちらはどういう研究ですか?

五十嵐:これはスクロールバーの研究ですね。例えば大きな文書をブラウザで読んでいるときには、バーが小さくなってしまってつかむのが大変だとか、少し動かしただけで随分ジャンプしてしまうとか、スクロールバーには色々問題があります。

上西:ホイールではその問題は解決できないんですか?

五十嵐:今から説明します。ホイールを転がすというインタフェースは近くに移動する場合はいいのですが、遠くに移動するのには向かない。そこでホイールを押し込むと、マウスを動かした距離に比例したスピードで移動できますよね?ところが、スピードが早すぎると制御不能になってしまう。これを改善したいと思ったわけです。

このような問題はブラウザに限らず色々なところで起きていて、例えば地図とかでも同じです。ゆっくり動かしているうちはいいのですが、動きが早くなると大変見にくくなる。そこで普通はどのように操作しているかというと、手作業でズームアウトして、移動して、またズームインする。でも移動とズームをユーザ側で組み合わせるのは大変です。

そこで新しいインタフェースを考えました。移動のスピードが上がるということは、移動先が遠くにあるということなので自動的にズームアウトしてあげる。スピードが落ちてきたら移動先が近くにあるはずだからズームインしてやろうというのが基本的なアイデアです。コンピュータが自動的にズームしてくれるわけです(図3)。

上西:ユーザがしたいことを予想して、ズームしてくれるというわけですね。

五十嵐:そういうことです。ゆっくり動かしている間は変わらないのですが、移動を早くすると自動的にズームアウトする。何が起きているかというと、情報空間でのスピードはどんどん上がってもその分ズームアウトしているのでピクセルの流れるスピード、つまりスクロール速度は変わらないということです。ユーザは移動の速度を制御するだけで、非常に滑らかに高速に遠くへ移動できるわけです。それで行きたいところの近くまで来てユーザが移動速度を下げると、自動的にズームインしてくれる。手を離せば着地するという感じです。

この方法には色々な応用が考えられます。例えばこれは写真のビューアですが、写真がぎっしり並んでいると隣に行くだけでも結構何が何だかわからなくなりがちです。しかしズームを入れてあげると……。

上西:ええ、ぐっと見やすくなりますね。

五十嵐:効果としては小さな効果ですが、二つ隣の写真を見る、三つ隣を見る、ということがわかりやすくなる。大きい新聞を見るときにちょっと離して全体を見てから目的の記事を読む、という感じです。すごく自然に動かすことができる。

上西:人間の目の動きを滑らかに再現しているという感じですね。

五十嵐:ええ。そういうことです。……でもこういう話って実際に見ないとしょうがないですよね(笑)。

上西:そうですね、インタビューにしようと思っても(笑)。

五十嵐:文章で「スピードに応じてズームアウトします」とか書いても全然面白くない。研究をはじめる前に、こういうことやりたいんです、と話してもなかなか面白さが伝わらない。科研費の申請の書類などもとても大変です。その点が少し不満で、アメリカでは研究費を配る側の人が、ちゃんとデモを見に来るんですよ。

アメリカと日本の研究環境の違い

上西:ではアメリカのお話しが出たところで、日本とアメリカの研究環境の違いについてお話いただけますか。五十嵐先生はドクターをおとりになられた後、しばらくアメリカで研究されていたということですが、まずは先ほど出た研究費のお話を伺わせてください。

五十嵐:さっき話しましたが、アメリカでは研究費を配る側の人が、デモまで見てから採択を決めてくれるんです。日本では書類だけですよね、それが少し不満です。

上西:デモを見せる場合、向こうから見に来てくれるのでしょうか?

五十嵐:見に来る場合もあるでしょう。CAVE(注4)のような没入型の大きなハードウェアを使っている人もいますから。

上西:今は、例えばウェブを使って、ブロードバンドを活かしてムービーのようなものを見せられるようになったので、多少は状況が良くなってはいませんか?

五十嵐:でも日本では審査する人はムービーなんて見てくれないのではないでしょうか。

上西:見ようと思えば見える環境ができても、制度的にはなかなか難しいということですね。研究費の制度の他にはどのような違いを感じにられましたか?

五十嵐:全然違うから何から話して良いかわからないんですが……(笑)。例えばアメリカではきちんとサポートスタッフの予算があり、ネットワーク管理者や、ビデオを作る専門の人がいるという点ですね。日本ではそういう仕事は全部学生がやっていますよね。それが非常に不満です。日本の研究費は装置や物には使えるけれども、人に使うことが出来ないというのは本当の話ですね。

物理や化学はそれでいいかもしれないですが、ソフトウェアの分野で大事なのは人なんです。スタッフが雇えない、学生にお金が出せない、その辺りが非常に不満ですね。

他には、アメリカの大学の方が企業と密な関係にあると思います。例えばコンピュータグラフィックスの分野でいうと、ハリウッドの映画に大学で作られた技術がそのまま使われたりしています。あの「マトリックス」にも大学で研究されていた技術が使われています。全部ではないですけれど。

上西:先生はこうして今日本で研究をされていますが、アメリカでそのまま研究を続けるという道もあったわけですよね?日本の制度にはさっきおっしゃったように沢山不満があるにも関わらず、日本に戻って研究しようと思った理由は何なのでしょうか?

五十嵐:研究だけをするならアメリカの方がいいと思います。人も多いですし、制度も充実していますから。しかし、社会が違うのでオーバーヘッドが大きいと思いました。どうやって研究費を取ってくるかというノウハウや、人とのつながりといった面ですね。日本とアメリカではそもそも人の考え方が違います。アメリカでドクターを取っていればそれなりにネットワークもあったと思いますが、私は日本で取ったので少し辛いかなと思いました。

これは半分冗談ですが、アメリカである先生と話していたら突然「これから弁護士に会わなくちゃいけないんだ」と言うんです。「どうしたんですか」と聞いたら、「学生に訴えられた」と。そのような話を二、三回色々な先生から聞いて、学生から訴えられるような国は嫌だと思って(笑)。

あと、実際に私の研究を商品化してくれたのは日本の企業だったんです。学会で発表して喜んでくれたのはアメリカの方が多かったのですが、実際に商品化してくれたのは日本の企業だったので、やはり日本で研究する方がいいのではと思いました。

上西:それはゲーム産業が発達しているといったことが関係あるのでしょうか?

五十嵐:それもあるかもしれませんが、やはりこういうものを作って遊ぶというのが日本の感覚なのではないかと思います。日本にはライトユーザ向けのCGの雑誌がありますよね。でもそういうのはアメリカでは考えられないんです。

上西:日本には、結構趣味でコンピュータで絵を描いている人がいますよね。そのような意味で裾野が広く、日本の方が研究しやすい、ということになるのでしょうか。

五十嵐:先程のスクロールの研究はマイクロソフトで行った研究ですが、最初はマイクロソフトのような大企業で研究すれば世の中に広まりやすいと思っていたんです。しかし企業の中でやった研究というのは、実際に使ってもらうためには色々障害があるんです。組織の中でうまくパイプを作らないといけないというように。

一方、大学で研究をしていても良いものを作れば企業で使ってもらえるはずなんです。企業の中で研究した成果はその企業が気に入らなければそこまでですが、大学で研究すればどこかの企業が気に入れば成果を使ってもらえます。研究が世の中に出て行くチャンネルが多いというのが大学に戻った主な理由ですね。

上西:やはり自分の研究を世の中で使ってもらいたいという気持ちが大きいということですね。

五十嵐:また、どの道頻繁に学会でアメリカに行くということもあります。年に六、七回はアメリカに行っていますから。いつもはどこかの大学の研究室で一人で研究をしていて、学会で同じ分野のみんなと会うというのならアメリカで研究しても日本で研究しても同じです。最近はインターネットもありますから。

上西:そういう意味では距離を感じないということですね。

五十嵐:まだ他にもアメリカと日本の違いは色々ありますね。特に日本の企業なんですが、夜遅くまで仕事を延々としていますよね。向こうの人は五時か六時になったらぱっといなくなります。あれはすごいと思いました。日本ではたぶん研究所に限らず社会一般がそうだと思いますが、十時十一時までだらだら仕事をしているじゃないですか。

上西:それで日本に戻ってきたときには、日本の方がやはりいいなと思われましたか?

五十嵐:今はそう思います。やっぱり異文化の中で生活するというのはエネルギーが要ります。

上西:それでも、研究者としてやっていく上で海外で研究する経験は必要だと思いますか?

五十嵐:それは当然必要だと思います。

上西:先生の経験上それが今の研究をする上で非常に役に立っていると思われますか?

五十嵐:研究で役に立つと言うよりもチャンネルを確保するというのが一番大きいですね。日本だけで成果を発表しても仕方がないですよね。世界に広めたいと思いったときのチャンネルとして、コンピュータサイエンスではやはりアメリカが中心になっていますから。

アメリカに住んでいれば研究者のネットワークも自然にできますし、言葉や論文の書き方なども訓練されます。日本に留まって論文を書くだけでは自分の研究を広めるのは難しいので、やはりアメリカに住んで研究者の草の根のネットワークのようなものの中に入っていくことが非常に重要だと思います。

上西:逆に一回海外に住んでネットワークの中に入ってしまえば、普段は日本で研究してたまに海外の学会にいくというくらいでも大丈夫ということでしょうか?

五十嵐:ええ、確かに一度ネットワークができてしまえばあとはそれが段々繋がっていきます。査読を沢山したり、時々講演に呼ばれたりですね。コンスタントに成果を出さないと忘れられてしまうので、プレッシャーはありますけどね。向こうで名前を売る努力をせずに日本に留まって時々論文を書くというスタンスでは、論文は面白がってもらえるかもしれませんが、総合的に考えたインパクトはやはり弱いような気がします。ある程度まとまった期間向こうで活動することが必要だと思います。

それから、アメリカと日本の大学で違うのは向こうの大学は人が頻繁にあちこち訪ねて歩くという点です。他の大学の先生や企業の人が大学に行って、講演して帰ったりします。日本でも行われてはいますが、圧倒的に数が少ない。向こうは毎週一回くらい誰か有名な人が来て、話をしていく。ドクター取るか取らないかくらいの学生も一通り有名な大学は回るんです。挨拶回りのような感じで、就職活動を兼ねて講演して帰ってくるんです。日本では研究の裾野が狭いせいかあまりそういうことはないですね。

上西:割と研究室単位で固まって、大学の中で固まって、ということが多いような気がします。横のつながりが薄いというか。逆に指導教官との縦のつながりが強い。

五十嵐:アメリカでは学部と大学院は絶対に違うところに行け、というのが不文律らしいです。そのまま上がるのは駄目なやつだと。それは非常に良いと思っています。大学の先生になって戻る場合も、自分の出身大学と同じ大学は基本的に駄目なんですよ。

上西:色々な人が混ざり合わないと新しいものは出てこないですから、それはいいかもしれませんね。

五十嵐:動くからこそ評価があって、淘汰が働くと思うんです。駄目な人のところには人が集まらない。

上西:それでは五十嵐先生は日本もそうなった方がよい、とお考えですか?

五十嵐:アメリカのように色々な研究拠点があれば可能だと思いますが、日本でそれをやるのは難しいと思います。あとやはり向こうは留学生が多いですね。他の分野は知りませんが、コンピュータサイエンスだと大学院生の半分以上は外国から来ています。世界中から優秀な人が集まっているというのも大きいと思います。日本は日本人だけですからね。

上西:もっと人が動くようにして活性化していくことが大切なんでしょうか。国籍も関係なく。

五十嵐:大切だとは思いますが、それも良し悪しで色々な人がいるから面倒なことが起こる、という面もあります。日本人だけだから効率がよいという面もあると思います。色々な人がいると、意思疎通が難しい面は確かにあります。お互いの常識が違いますから。

自分の研究を形にすること

上西:常識が違うといえば、企業の研究所だとやっぱりその企業の意向に縛られてしまうというお話が先程ありました。自分の好きなことが出来るということも大学に戻られた理由なのでしょうか。

五十嵐:企業でもある程度ちゃんとしたところでは自分の好きなことはできますが、やはり自由度が少ないんです。例えば研究の成果を使うという段階で、他の企業にもそれを使ってもらうのは難しいです。

大学で研究すれば好きなところと組むことができますよね?研究を進めていく上では色々なところと組むのが一番いいと思うんです。

上西:今、産学連携ということで大学と企業がコラボレーションしていくということをどんどん進めていますよね。例えば先生の作った「テディ」(注5)は、インキュベーションセンターを通じて企業が使っていますが、そのときは向こうからオファーが来たのですか?

五十嵐:ええそうです。

上西:企業と一緒に仕事をするということは普段の研究と何か違うところがありますか?

五十嵐:テディは、学生のころに一人でやっていた研究が企業の目に留まって使われたという経緯なので、企業と一緒に仕事をしたという感じではないです。今は企業と一緒にやっている研究がいくつかありますが……。

上西:企業と一緒に仕事をすることで考え方が変わるということはありますか?

五十嵐:ええ、それはもちろんあります。どういう現場で使われているのかということを知ることは大切です。部屋に閉じこもって一人で研究していても仕方がないので。実際に物を作っている人と話すのは非常に大事だと思いますし、研究したものが世の中に出て行くパイプにもなります。もちろんお金も大事です。

上西:自分が作ったものが色々な人に使ってもらえるというのが研究の原点だということですね。

五十嵐:ええ、そんなところですね。

上西:では、企業と一緒に仕事をしていくプロセスについてお伺いしたいのですが、具体的にどのように進めていくのでしょうか。

五十嵐:それは場合によって全部違いますね。色々な段階があります。企業が作っているものに対してただ単にアドバイスする場合や、単にこちらが大学でやっている研究に対して関係がありそうだからということで多少お金で支援してくれる場合などですね。私の場合、今のところ企業と密にやりとりをして一緒に何かものを作ろうとはしたことはまだありません。

上西:先生の新しい電子カルテのシステムの研究がありますが、あのようなシステムを具体的に作る場合、企業の技術者の方とは具体的にどのように話をされるのでしょうか。

五十嵐:現状では、私がお医者さんと一緒に考えた、どのようにするのが良いかというプロトタイプのようなものを企業に渡して、段々製品に組み込む形に作り変えている、という段階です。大体月一回くらいでミーティングを行い、私が「それはちょっとまずいでしょう」という風にコメントしたりするわけですね。

上西:やはりそのように自分のアイデアを具体的に形にしていこうとして現物が出てきたときは感動とまではいかないにしても、感慨があるのではないですか?

五十嵐:あるということにしておいた方がいいでしょうね(笑)もちろん最初はすごく嬉しかったんですが、最近少し考え方が変わってきてしまって。

上西:製品化には嬉しい以上に色々と大変なことが多かったり、忙しくてそれどころではないということでしょうか。

五十嵐:まず頭の中にあるだけの自分のアイデアを、プロトタイプなり論文なりで形にして、見せたときには反応は直接見えるわけです。でもそこから製品化するのはとても長いプロセスで、世の中に出てもその反応は直には見えなくなってしまっているんですよね。お店には確かに並んでいるかもしれないし、嬉しいことは嬉しいんですが、じわじわしている感じです。自分の手をもう離れてしまったという感じが正しい言い方かもしれません。

上西:やはり自分のアイデアを初めて学会などで発表して、直接感じる観客の反応の方が嬉しいということなんですか。

五十嵐:そうです。学会に限らず直接デモを見せて、反応をもらえるというのがこの分野の大きな魅力だと思います。物理や化学だと前提知識が多すぎて、ある程度知っている人にしか面白さをなかなか伝えることができないですよね。でも、ユーザインタフェースの研究は見てさえもらえれば、この分野についてあまり知らない人にもぱっと面白さが分かってもらえる。

上西:逆に見てもらえないと伝わらないということですよね、最初にありましたけれど。

五十嵐:そこが辛いところでもありますけどね。

上西:今日はどうもありがとうございました。

※ソフトウェアやビデオなどは五十嵐先生のHPから入手可能になっています。http://www-ui.is.s.u-tokyo.ac.jp/~takeo/

インタビューを終えて

見てもらえれば前提知識がない人にも面白さを分かってもらえるが、逆に見てもらわない限り面白さを伝えることが出来ない。そんなユーザインタフェース研究の面白さをどこまで伝えられたかわかりませんが、筆者はこのインタビューを非常に楽しみました。

アメリカと日本との違いについてはこれから研究者としての道を歩もうとしている学生の一人として大いに考えさせられるところがありました。

用語解説

1. レイトレーシング
3Dグラフィックの技法のひとつ。光学の法則に基づく光の反射、屈折率、透過率を計算し、対象物に効果を与えて肉付けしていく手法。rayは光線のことで、光をトレースするということ。計算に長い時間を要するが、美しい画像が得られる。
2. タブレット
センサを内蔵した専用の台の上で、ペンを動かして軌跡を入力することができるデバイス。「tablet」は「書字板」の意味。最近のものは筆圧やペンの傾きを感知する機能があり、筆圧感知に対応したグラフィックソフトを使うと、紙に筆で描いたようなタッチのグラフィックが作成できる。
3. 携帯電話の予測入力
携帯電話の数字キーを使って文字を入力するのはキーボードに比べると非常に煩雑である。ユーザの負荷を軽減するため一度入力した言語を記憶し、その頻度により、次に利用者が入力する文字列を予測して変換候補を提示するシステム。
4. CAVE
アメリカイリノイ大学の研究グループにより開発されたヴァーチャルリアリティ(VR)装置の方式で、観測者が直接装置の中に入ってVR空間内でVRの像を観測、操作することができる。
5. テディ
五十嵐先生が開発した、簡単に使える三次元モデリングソフト。手書きスケッチで輪郭を描くと膨らんで簡単に三次元形状が作成できる。