空間を斬る!

~河野 俊丈教授(数理科学研究科 専門:位相幾何学)~

聞き手:茂池 圭一(物理学専攻 和達研究室 修士課程1年)

数理科学研究科の河野俊丈先生にお話を伺った。ふと手に取った本が河野先生の数学の本だった。空間という抽象的なものを様々な理論を用いて切り裂いていく、そのようなイメージを持った。また、近年、幾何学と物理学の関わり合いが大きく、物理学を学ぶ者として非常に興味を抱いていたため、インタビューをさせてもらった。人を惹きつけてやまない数学。その魅力に迫る。

ひも遊びの数学

茂地:それではインタビューを始めさせていただきます。まず、先生のご専門についての簡単なお話から始めていただきたいと思います。

河野:私の専門は位相幾何学で、「空間」のもつさまざまな構造を研究する分野です。理論物理とも関係が深く、物理学者の仕事からも多くの刺激を受けて、研究を進めています。私が特に興味をもっているのは、ある図形の上のループ(注1)全体のなす無限次元空間の構造や、それをホモトピー(注2)とよばれる関係で分類した、基本群などです。特に典型的な対象として「組みひも群」というものを研究してきました。1980年代の後半ぐらいから、そのあたりの話題について物理学者との共通の興味がいくつかでてきました。組みひも群に関連して我々が研究していた微分方程式が、共形場理論(注3)に出てきた方程式と一致したりということがあって、そのころから、場の理論(注4)とトポロジー(注5)との関係といった方向に研究がだんだんシフトしていって今に至っているという状況です。特に、場の量子論(注4)では「無限」を扱う手法が培われていて、これを幾何学として定式化していく可能性は、まだ多く残されていると思います。

茂地:1980年代の後半と言われているのはウィッテンが結び目のジョーンズ多項式と場の理論についての研究(注6)を発表したころでしょうか。

河野:ええ、丁度それが1988年だったんですが、実はもう少し前から、組みひも群に関する興味からいわゆるKZ方程式(注7)の研究を行っていました。

茂地:共形場理論の方程式ですね?

河野:はい、そうです。KZ方程式のモノドロミー(注8)表現、つまりKZ方程式の解がどういう多価性をもっているか、そういう幾何学の問題というのが量子群という概念を使って完全に書けるということを示し、 1987年のフランスで開催された研究会で発表しました。そのときに、物理学者のサイドからの反応が随分あって、それを出発点として、研究の興味が広がっていきました。

茂地:今までの話ですとキーワードとして組みひも群とKZ方程式と量子群…

河野:そうですね。

茂地:そのあたりの話にもう少し説明をしていただきたいのですが。

河野:組みひもは、統計物理とも関連があって、そちらのほうの専門家から聞かれたことがあると思います。平面の中に幾つか異なる点があって、それが、互いにぶつかることなく自由に動き回っている。時間パラメータを垂直方向にとって点が動く様子を「ひも」で表現したものが組みひもです。

茂地:軌跡としてひもを使うということですね?

図1a:空間内を点が動き回る様子。縦方向に時間軸をとり、各点の軌跡を色のついた曲線で表した。

図1b:aの図を平面に射影し、端点を結んだものが左の図。右は、それと同等な絡み目を表す。

図2a:カードを360度回転させたもの

図2b:カードを720度回転させたもの

図2c:カードに対する操作の一つの例

図2d:2.aに対するものをベルトのついたカードでの表現

河野:そうですね(図1a)。連続的に、上下をかえたりしないで変形して得られる組みひもは同じとみなすことにします。組みひもの両端を閉じると、いわゆる結び目または絡み目が生じます(図1b)。元来は、組みひも群の概念は結び目理論の研究のために20世紀の始めにアルティンによって導入されたものです。実は、早い時期から組みひもに関心をもったのが物理学者のディラックなんですね。ディラックのストリングゲームというのを聞かれたことはありますか。

茂地:知らないですけれども…。

河野:これは多価性の問題とも関連しているので、少し説明することにしましょう。図のように何本かのひもをぶら下げて、下に表裏のはっきりしたカードのようなものをつるしておく。カードを裏返したり、ひもをくぐらせたりすると、組みひもができますね。カードを360°ぐるっと回すとこういう組みひもが出来ますよね (図2a)。

茂地:はい、はい。

河野:それから720°回すとこういう組みひもが出来る(図2.b)。で、今度この状態からカードの表裏を変えないで、ひもをくぐらせたりするだけで最初の状態に戻せるかということを考えます(図2c)。

茂地:これが解ける場合というのは特定の場合しか解けない?特定の場合のみ?

河野:これは実は360°なら解けないけれども、720°なら解けるんですね。で後は同じように…

茂地:360°の奇数倍だと解けない。

河野:そうです。まさにそうなります。これは回転する運動というものを図2.dのようにベルトがついた状態で観察しているということに対応しています。回転した最後の状態だけではなくて回転していくまでのプロセスをひねったベルトで表現したと考えられる。3次元空間の向き (右手系もしくは左手系)を変えない回転全体を、SO(3)と書くことにします。360°回転は恒等変換から出発して元に戻ってくる、SO(3)の中のループを与えます。また、720°回転も同様に一つのループを与えるわけなんですけど、それは2周したようなものですね。ディラックのストリングゲームが言っているのは、一周したのでは一点に連続的に縮める事が出来ない。

茂地:なんか変な穴みたいなものがあって引っ掛かっている(注9)

河野:そうですね。ところが、これを2周すると消えてしまう。そういう穴があるということを意味しているわけです。

茂地:それは何かスピンのほうで言うとSU(2)(注10)に近い構造をもっている?

河野:まさにそうですね。それからこういう点の動きだけじゃなくて、それをひもの付いた状態で考えることにより、SO(3)を二重に覆う構造が見えてきて、それが今言われたスピノル群(注11)というものですね。

茂地:はい。

河野:80年代の半ばから終わりぐらいに、ニューヨークのC. N. ヤンのところで研究する機会がありました。組みひもとディラックについてのエピソードは、そのときにヤン先生から初めて伺いました。

茂地:これが具体的には量子群とどういう関係を?少し曖昧な質問かもしれませんが。

河野:量子群は、大雑把にいうと、リー群(注12)上の関数全体のなす空間を、ポアソン構造というものを使って量子変形(注13)したものです。組みひもについてはひもの交差の上下関係というのが非常に重要です。上下を忘れてしまうと単にアミダくじになってしまうので、それは対称群というものです。その対称群の行列表現というものを線形群の表現の言葉で完全に記述するというのが古典的なワイルの理論です。標語的に言うとこれを“量子変形する”ことによって得られるのが組みひも群の表現とリー群の量子群の表現論の相互関係です。

茂地:物理で量子化というと連続的なものを離散化するというイメージがあるのですが、量子群で量子化といわれている場合にはあまり離散的という感じを受けないのですが…。

河野:量子化という場合に、物理でも変形量子化というものがありますよね?プランク定数のようなものをパラメータと思って展開し、古典極限をとったりする話がありますね。組みひも群と量子群の場合には、パラメータそのものが連続的に出てきているんですけれども、実際にこれが共形場理論と結びつく状況になるとそこで離散化されるんですね。そこにでてくるパラメータというのは離散的で量子変形のなかである非常に特別な部分を抽出しているということになります。今までが大体3つのキーワードに関する話です。

研究のきっかけ

図3a:穴の二つ開いたドーナツ型の曲面。4つの独立なループが存在する。これらは滑らかな変形によって移りあうことができない。

図3b:aの曲面を切り開いたもの

茂地:組みひも群、共形場理論などに関連する話題に興味をもたれたきっかけは?

河野:私の場合は、基本群といった 「非可換」な情報を微分形の言葉でどのように抽出するかといった問題意識が出発点となっています。少し専門的になりますけど、多様体(注14)のホモロジー(注15)は、独立なサイクルがどのくらいあるのかというような話です。これはド・ラム理論によると、閉微分形式全体を完全形式全体で割った空間として捉えることができます。しかしながら、微分形式全体というのはもっと豊かな情報をもっていて、ド・ラム理論はその「可換」な部分のみを表現していると考えられます。

図3aに示したのは穴の二個あいたドーナツ型の浮き輪のような曲面です。ホモロジーの立場から4個の独立なサイクルがあるということになりますが(注16)、基本群の方は、さらに複雑な非可換な構造を持っています。

茂地:基本群というのはループのホモトピー類を群とみなしたものですね。

河野:図3bのように切るとわかりやすいかもしれませんね。8角形の境界のループを全部合成したものが中で一点に縮むというというのが基本関係式になっています。

茂地:はい。

河野:そのような非可換な構造を微分形式の空間から抽出できないかという問題からド・ラム理論をさらに深くしたようなチェンの反復積分の理論と出会ったんですね。そういう立場から組みひもを微分形式の言葉で理解しようとすると組みひもをある多価関数の満たす微分方程式から捉えるという観点が得られます。基本群というのはトポロジカルな対象でループのホモトピーを使って表せるんですけれども、実際には多価性を実現するように多価関数を非常に沢山考えてそれらの満たす微分方程式から理解するという考え方があるはずです。ポアンカレが基本群の概念を導入したときには、実はそのような視点で考えていたようです。私自身は、組みひも群をこのような立場から理解しようとしてKZ方程式に自然に到達したわけです。

数学と物理

茂地:先ほどから物理との接点があるという話ですけれども、例えば論文なんかでも物理学者と数学者では非常に書き方が異なっていると思うのですが。僕は物理学の方から読むと非常に読みづらい部分があるんですけれども。書き方が定義、定理、…

河野:そうかもしれませんね。考えてきた順序では書かないで、概念的にどのように組み立てるかということを、後から話を逆転して書いている。論理的な整合性を重視して書いているということがあります。先が見えにくいと、かえって読みにくいかもしれませんね。我々は物理の論文を読むと逆に、

茂地:違和感を感じる?

河野:ええ、定義がわからない。概念が確定しないうちにどんどん話が進んでいくので定義が飲み込みにくいというのが、多くの数学者の印象なんですけれども。それはそれでいいと思うんですよ。違う文化としての側面があるんですね。物理との関わりというのも付かず離れずで、いつも物理学者と一緒に同じ様な問題意識を持ってやっているというわけではなくて、時々全然違う文化が相互作用を起こしてまた離れてまた別の方向へ、という繰り返しだと思います。数学の方では、概念の構築を重視しますが、物理の方では思考の方法の原則といったものを多くの研究者が共有しているように思います。

例えば、「量子化」といった概念にはさまざまな定式化がありますが、それらは物理的要請から等価でなくてはいけないといった感覚です。このような同等性から数学的にも大胆な予想が生まれる可能性があることは、さまざまな例で体験してきました。違和感というのはやっぱりあったほうが面白いと思います。

茂地:なるほど。2つの分野があったとしても同じ様な方向性では効果がない?

河野:ええ。やっぱり時間的なスパンも違いますし、何十年か同じテーマをやり続けますよね、数学者は。一回出来たことでも証明を簡略化しようとしたり、概念をもっと整理して体系としてわかりやすいものにしようという努力というのが長い時間続いて、やっぱり二十年、三十年して形になっていくっていうケースが多いわけなんです。

茂地:非常に長いスパンで一つの理論体系が組み上がっていく…

河野:そのあたりの感覚の違いというのは今でも随分あると思いますけど。

茂地:具体的に実感された事はなにかありますか?

河野:1990 年代から2000年の始めぐらいにかなり物理の研究者と一緒にセミナーをしたりしたんですけれども、2、3年でどんどん違う話題に移っていくのには、ちょっとついていけないなという感を覚えたことは時々ありました。でも、それは何年かするとまた解消されて、別の方向で接点が出てくるということがあります。

研究スタイル

茂地:ちょっと話は変わりますが、普段の研究生活についてどのようなスタイルなんでしょうか?

河野:今の研究室には大学院生、ポスドクが十数人、また海外からのビジターも数人います。数学の研究室というのはちょっと他の分野とは違って一つのテーマをチームで研究するということはあまり無いんですね。一人一人がやっぱり全然違う目をもっていて、私も独立した研究者として見ています。

茂地:関連はある程度あるのかもしれませんが、十数人もの院生がやっている分野、非常に広い分野を扱うというのは大変なことだと思うのですが。

河野:それは非常に面白い事なんですね。数学を研究していく上では、時としては他の人と議論して、自分の研究対象が全体としてどういう位置付けにあるかということを意識することが重要だと思います。それは物理学者との話があるかもしれないし、数学の他の分野というのもやっぱりかなり違う文化をもっているんですよね。

茂地:それは、幾何と代数、解析とか?

河野:はいそうです。学生の持っている視点というのは斬新なものがあったりするわけで、かなりの時間を学生や同僚、ビジターとの議論に費やしていますよね。

茂地:そういう議論の中から新しいものを創りだしていく?

河野:ええ。議論の中から生まれたものを検証し、概念を定式化して、後でそれをひたすら書くといった生活です。時々は外国の研究所で集中的に研究したり、全然別の分野の人と議論したりということも必要だと思います。

茂地:何か気晴らしのようなことをされたりとかは?

河野:趣味は結構たくさんあります。料理が好きで、よく自宅に人を招いて、料理をふるまいながら色々な話を伺うことがあります。

茂地:最も得意な料理というのは?幾つか挙げてもらえると。

河野:んー。結構フランスに長くいたんで。

茂地:フランス料理?

河野:主に、魚介類ですが、日本の素材に合った調理法を工夫しています。得意な料理というと魚のパイ皮包みなどです。

茂地:料理の他には?

河野:料理をする為に自宅の庭で色々ハーブを栽培したりしています。まあ、他にも色々ありますけど。最近は、天体写真の撮影などにも興味があります。

茂地:ずっと一つの事だけに集中するのではなくて、趣味とかで気晴らしをしながら研究を進めていくという感じですか、それとも…。

河野:ええ、いつも何か考えてはいるんで、他のことをやっているときに何かパッとアイデアが浮かんできたりというのは時々あるんですね。

茂地:手は何か動いているんだけれども、頭の中では別のことを考えている。

河野:必ずしも机の前だけではない。随分怠けてるなぁと言う風に見えるかもしれない。

研究方法論

茂地:今まで大学院生からずっと研究生活を続けていらっしゃると思うんですけど、その中で一番苦労された事は?つらかった時期とか?

河野:そうですね。研究を始める当初は問題意識が非常に漠然としているわけですよね。私の場合はその当時非常に流行している問題に関わったわけではなく、自分の知りたい事をやりたかったという意識がはっきりありました。ですから、研究テーマが分野として認知されるまでかなり時間がかりましたよね。確立された理論をきちんと勉強して、時流に乗って、ある程度成果を出せば、順調に仕事はできるんだけど、やっぱりそれだけじゃなくて何か自分の核になるものを…。

茂地:何か核になって新しいものを。

河野:そうそう。だからそれで認められない時期がしばらくあったとしても、そこは我慢して。そういうステップがやっぱり必要じゃないかと思いますね。

茂地:そういう点では多少苦労が?

河野:そうですね。

茂地:逆に研究をやっていて一番良かったと思うことは?

河野:それは色々ありますけど、自分の予期していなかった分野との出会いや、それを通して新しい人間関係が生まれるということだと思うんですね。

茂地:色んな人と議論が出来る。

河野:はい。しかも今まで全然違うバックグラウンドを持ってる人と出会えて。この数年、海外の代数的位相幾何学の研究者と共同研究を進めています。そのような体験というのは何年か毎にあるので…。

茂地:ところで、例えば、量子群というものなどは非常に抽象化された概念であると思うんですけれども、そういうものにアプローチしていく方法論というのがあれば漠然とでも良いので。

河野:概念を定式化していくときの方法ですか?数学には非常に洗練された古典的な理論というものが幾つかあるんですね。さっき、量子群の話をするときに古典的なワイルの理論を引き合いに出しましたが、やっぱり古典をよくみるということだと思います。それも解説論だけではなくて原論文をみる。私自身の基本群に対する微分形式の話もポアンカレの原論文を読んで感じたことなんですね。

茂地:そこには色々なアイデアが?

河野:そうですね。定式化するのとは少し違うかもしれませんが、方法論の根本というか、定式化する少し手前の目鼻のついてない状態のものですけど。そういうものが転がっている。それからある意味で非常に綺麗に定式化された理論体系というものが既に幾つかある。理論のまとまるべき形というものの素材が非常に沢山あるというのが数学の特徴です。例えば、ガロア理論というのもそうですね。群論と代数方程式という非常に違う分野の間を結び付けているのと、その群と被覆空間を通じての基本群との結び付き。複数の分野の概念をある意味で透明化して、きちんと結び付けていくということが数学において非常にたくさんやられているんですね。そういう意味でも古典をよく知るということが定式化をきちんとしていく上のモデルとしては素晴らしいものではないかと思います。

茂地:原論文というと、まだ教科書になるほどきれいな定式化されていない。そういったものの中に新しい方法だとかアイデアだとかが詰まっている?

河野:ええ。それと同時に非常に洗練された理論体系というのも自分の理論を進めていく上でモデルになるという両面があると思います。

研究の広がり

河野:ガウスの超幾何関数というものを一般次元のものに拡張して、こういうものが満たす微分方程式系としては自然にKZ方程式というものが捉えられる、そういう理解の仕方があります。道に沿って関数を解析接続していくとどの位多価性が見えてくるか、それがモノドロミーです。一般的には微分方程式の独立な解を持ってきてそれがひもの操作によってどう変わるかということを行列で表現する、それがモノドロミーの表現です。で、最近はこういう事を積み重ねていって非常に多くの超幾何関数を構成すれば、組みひも群はある意味で完全に捉えられることがわかったんです。

茂地:完全にというのは?

河野:完全にというのは、組みひも群から超幾何関数のモノドロミー表現をつくる群への単射を作ることができるということです。組みひも群を超幾何関数のモノドロミー表現全体のなす離散群に埋め込む事が出来る。で、つまり組みひも群における古典的な問題というのがこういう線形群の話に置き換わってしまう。

茂地:古典的な問題といわれているのは、組みひもの分類など?

河野:ええ、それも一つですし、既に別の方法で解かれてはいますけど“語”の問題です。組みひもを生成元で書いた場合、i,i+1を入れ替える生成元の積で書かれます。語を2つ持ってきた場合に、それが同じ組みひもかどうかということを判定するアルゴリズムはいくつか知られてはいますが、モノドロミー表現への埋め込みも有力な方法を与えます。それから、組みひもの共役問題への応用も見込まれています。2つの語 が共役というのは、適当なを使って、こういうように書ける。

茂地:というのもまた語?

河野:はい。共役だったならば、両端を閉じた結び目は同じになります。

茂地:上に持っていけば打ち消しあって…

河野:そうです。こういう問題というのはアルゴリズムがあるにはあるんですが、一般には難しい問題です。

茂地:難しいというのはなかなか短い時間でできない?

河野:そうです。最近は、こういう事実を使って、組みひもを用いた暗号の開発なども行われています。

茂地:暗号論などにも広がりを?

河野:ええ、そういう方面への展開も最近はありますね。で、こういうたくさんのモノドロミー表現を使う事によってそういう問題に対しても新しい解を得られる可能性が充分ありますね。

茂地:非常に広い分野との関わりがあるように思われますが?

河野:そのように期待しています。

学生へのメッセージ

茂地:これから研究者になっていく学生に何かメッセージを。

河野:今までの中でも触れたように、一つは友人やちょっと分野の違う研究者と議論するということですね。

茂地:色んな人と話す事で自分に刺激を与える、と。

河野:それからもう一つは古典。特に数学、理論物理両方そうかもしれませんけど、古典に触れて欲しい。

茂地:古典の中にも新しいものがある!

河野:それからもう一つは、特に数学や理論物理のある分野では非常にファッショナブルな話題というものがあるわけですよね。それに乗ってれば、ちょっと安心して研究できるということがあるかもしれないけど、やっぱり自分自身が源流になれるようなそういう話題を探す。

茂地:それでいて面白いものを。

河野:何か自分の核になるようなものが必要だと思います。だいたいその三点です。

茂地:耳が痛いです。

河野:いえいえ、自戒もこめてですので。

茂地:これでインタビューを終らせていただきます。

用語解説

1. ある図形の上のループ
直観的には、図形の上に一筆書きで曲線を描き、その始点と終点を一致させたものをループと言う。
2. ホモトピー
連続移動、連続変形を行って二つのループが重ねることができる時、これら二つのループがホモトピックであるといい、この連続写像をホモトピーという。
3. 共形場理論
共形場の理論とは共形不変性(大雑把には角度を保存)をもつ場の理論であり、とくに2次元時空ではこの不変性が無限次元の対称性になるという著しい性質をもつ。近年、共形場の理論は、超弦理論や低次元系の物性物理学の基礎となっている。また、無限次元対称性に由来する共形場の理論の可積分性は、現代数学の多岐の分野、例えばヴィラソロ代数や量子群、低次元トポロジー、複素多様体の理論などと共形場の理論を密接に結びつけた。共形場の理論の研究は物理学・数学の多様な分野と絡み合って発展している。
4. 場の理論、場の量子論
時間・空間の関数を場と呼ぶ。量子力学によると、場は同時に粒子でもあるので、場の理論は粒子の生成・消滅を記述する論理体系となる。量子力学と相対性理論を融合させようとすると、場の量子論が必要となる。場の量子論は素粒子物理学、物性物理学に共通に重要な道具となっている。
5. トポロジー
空間の幾何学的性質のうち、連続的な変形によってかわらないもの。
6. 結び目のジョーンズ多項式と場の理論についての研究
1980年代半ばにジョーンズによって、作用素環論の視点から発見された結び目の不変量(空間配置の異なる同じ結び目に対しては同じ量)がジョーンズ多項式である。ジョーンズ多項式に関して新しい解釈が80年代後半にウィッテンによりなされた。場の理論(特にチャーン-サイモンズ論)を用いて3次元多様体の位相不変量(多様体を特徴付ける量)との関係が調べられた。ジョーンズ、ウィッテンは共に1990年にフィールズ賞を受賞。
7. Knizhnik-Zamolodchikov(KZ)方程式
共形場理論におけるn点相関関数(直観的には異なるn箇所の点に同時に粒子の存在する確率)の満たすべき微分方程式。
8. モノドロミー
あるループ(始点と終点が等しい道)に沿って関数を解析接続(関数の定義域に含まれていない領域まで解析的に関数の使える領域を広げていくこと)していくとどの位多価性(大雑把にはあるxに対してf(x)の値が2つ以上)が見えるかということ。
9. なんか変な穴みたいなものがあって引っ掛かっている
回転する過程を曲線で書くと360度回転で一つのループが出来る。このループが回転する以前の0度回転の状態(回転していないので一点になる)と同値か調べるために、一点に縮めようと連続変形して行くと、ループで囲われた空間の一部に他の点と異なる性質を持つ点があり、そこに引っかかってしまうイメージである。
10. SU(2)
二次元複素ベクトルの長さを不変に保つような(複素空間の向きを変えない)回転の全体。
11. スピノル群
スピノル群 SO(n)をちょうど二重に覆うような群。この場合、SO(3)に含まれる元には、対応するSU(2)の元がちょうどふたつあるということ。例えばz軸での回転を考える。SO(3)とSU(2)を上手く関係付けることで、SO(3)での回転角を とおくと、SU(2)での「回転角」はになる。従って、360度の回転を行ってもSU(2)での「回転角」は180度にしか達していない。従って、SU(2)でちょうど一回転するときにSO (3)では2回転しなければいけない。SO(3)での回転角 を指定すると、SU(2)では と °の「回転」に対応した2点が現れることから、SU(2)がSO(3)を二重に覆うことがわかる。
12. リー群
リー群は大雑把にいうと、群構造(積と逆元)が定義された多様体である。例えば、複素平面上の単位円では、によって積の構造、 によって逆元を定義することにより、リー群になる。
13. ポアソン構造をつかった量子変形
量子力学で、プランク定数hを無視することができるほど大きい世界では、古典力学と同様の法則が成り立っている。古典力学でのポアソン括弧と呼ばれるものは量子力学では交換子積に置き換えられ、プランク定数を付け加える必要がある。ここでは、ポアソン構造というものに、パラメータ(hに対応)を導入することで量子化を行っている。
14. 多様体
多様体は曲線や曲面の任意次元への一般化。本稿では大雑把に曲面と読み替えても差し支えない。
15. ホモロジー
空間の中にどれくらい「穴」が開いているか調べる方法の一つ。ここでいう穴は、連続的に(曲線などを)縮めていった時にそれが一点に縮むのを妨げているものを指している。
16. ホモロジーの立場から4個の独立なサイクルがあるということになりますが、
図に示した4つのループは、連続的な変形によって(ただし曲面上に制限)一点に縮めることが出来ない。さらに、それぞれのループを連続的な変形によって異なるループに写すことが出来ないため独立である。例えば、図3aの縦向きの小さなループを横向きの大きなループに移すことを試みられたい。

参考文献

  1. 河野 俊丈「岩波講座 現代数学の展開1, 場の理論とトポロジー」
  2. 江沢 洋(編集)「数理物理への誘い - 最新の動向をめぐって」
  3. 河野 俊丈「組みひもの数理」
  4. 河野 俊丈「数学の鍵かします 組みひもの幾何学と数理物理」パリティ2002年4月号, pp.60--63