生命を、見る

~梅澤 喜夫教授(化学専攻 分析化学研究室)~

聞き手:須賀 晶子(生物科学専攻 博士課程1年)寺崎 晴美(生物科学専攻 博士課程1年)

今回お尋ねした梅澤研究室では「生体分子の蛍光プローブ」を作って、細胞内の様子を見ている。分子内の変化や分子間の相互作用を、生きたままの状態で、見ることができるという。

生物のしくみを利用する

須賀:先生の論文(Nature Biotech., 21, 287 (2003))では,ミトコンドリアに局在する蛋白質を新しい方法で探すことができたということですが,具体的にはどういう方法なのでしょうか。

梅澤:これは,調べたい蛋白質がミトコンドリアにある場合にだけ蛍光が光るようにしたんです(表紙参照)。まず,緑色蛍光蛋白質(GFP)のC末側半分とDnaE という蛋白質のC末側をつなぎます。そして端にミトコンドリアに移行させるための29アミノ酸をつけておく。この融合蛋白質がミトコンドリアで常に発現している細胞をつくります。次にGFPとDnaEのN末側半分に局在を調べたい蛋白質をつけて,この細胞に導入してやる。調べたい蛋白質がミトコンドリアに移動する場合にだけ,蛋白質のスプライシングが起きて完全なGFPの蛍光を見ることができるんです。

須賀:GFPを分ける位置は自然にあるものなのですか?

梅澤:いや,人工的に作ります。

須賀:適当に?

梅澤:いやいや(笑),半分のGFPだけでは発光しないようにいろんな位置を考えるんですよ。ただし蛋白質のスプライシングというのは生物の中で実際におきることで,それを利用しているんです。今回はミトコンドリア移行シグナルをつけましたが,ここをゴルジ体など他のオルガネラ(注1)に移動するシグナルに変えてやればいろんな場所にある蛋白質を蛍光で探すことができます。

細胞内に局在する蛋白質をとってくる方法は2つあって,一つは組織からミトコンドリアだけ集めて蛋白質を精製して泳動して質量分析にかけるという生化学的な方法。

須賀:ええ

梅澤:もう一つは今回のような方法。cDNAライブラリーの配列を使って,ある蛋白質がミトコンドリアに移動するかどうかを遺伝子から攻めていく。

須賀:それぞれに長所と短所があるんですか?

梅澤:そうですね。論文の解説にもあるように、生化学的方法ではまだとりこぼしがあります。私たちの方法でも取りこぼしはありますが,生きている細胞内で蛋白質の局在が分るのが強みです。

須賀:確かに,生きたままでというのは生物の研究に魅力的ですね。

見る方法、見えてくるもの

図1(Anal. Chem. 2001, 73, 5866より転載。2001 American Chemical Society)

(a)蛋白質相互作用検出プローブの原理。

(b)相互作用する蛋白質がある場合、ない場合の蛍光スペクトル。

(c)相互作用する蛋白質を持つ大腸菌の蛍光イメージ(明るいスポットが相互作用蛋白質をもつもの)

図2:細胞内の蛋白質リン酸化を見る蛍光プローブ

(a)リン酸化検出プローブ(phocus)の原理。シアン色蛍光蛋白質(CFP)、黄色蛍光蛋白質(YFP)はオワンクラゲ由来の緑色蛍光蛋白質(GFP)に変異を入れて色を変えたもの。

(b) インスリン(100 nM)投与前(time 0)、投与後40秒、80秒、300秒、600秒のCFP/YFPの蛍光強度比を疑似色で表した。ヒト・インスリン受容体発現型チャイニーズハムスター卵巣細胞で、核外輸送シグナルペプチドをつけたプローブを発現させた。(Nature Biotech. 2002, 20, 287より転載。2002 Nature Publishing Group)

図3

蛍光顕微鏡で細胞を観察中

図4:化学修飾STM探針による官能基の識別(Anal. Chem. 1998, 70, 255)

須賀:ところでどうして細胞内分子の局在を見ようと思ったのですか?

梅澤:この研究室のテーマは「見えないものを見る “Seeing what was unseen”」なんです。局在だけでなく細胞内のシグナル伝達物質を網羅的に見るという方向で研究しています。

例えば蛋白質の相互作用を見られるプローブ。これはGFPのN末側とC末側それぞれに蛋白質をつないで,2つの蛋白質が相互作用したときにだけ蛍光を見ることができます。(図1)

近赤外光で光るルシフェラーゼを使ったプローブでは、この波長が組織透過性なので個体の特定の部分でおこる蛋白質の相互作用を見ることができます(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99,15608 (2002)。

須賀:寺崎:ほんとに,マウスの一部だけ光ってますねぇ…

梅澤:それに,細胞内シグナル伝達に重要なリン酸化.シアン色蛍光蛋白質(CFP)と黄色蛍光蛋白質(YFP)の間にリン酸化される基質とリン酸化認識部位をつないでおくと,リン酸化が起きたときだけ見える蛍光の色(波長)が変る。基質と認識部位を変えればいろんな分子のリン酸化を見ることができます(Nature Biotech., 20, 287 (2002))。(図2)

須賀:ずいぶん沢山の種類があるんですね。どの分子のプローブを作るか,どうやって決めるんですか?

梅澤:それは,シグナル伝達のキーポイントになる分子がある程度分っているので,沢山ある分子の中で優先順位ができてきます。(図3)

色々な分子のプローブを作製して使うと今まで考えられていなかった現象が見られるようになることもあります。例えばAkt/PKBという大切なキナーゼは(注2),ステロイドホルモンの刺激によって細胞質ではなくゴルジ体やミトコンドリアの膜上で活性化していることを見つけました。一方,おなじAktを活性化するインスリンは,ゴルジ体ではAktを活性化するがミトコンドリアでは活性化しないことが分かりました(J. Biol. Chem., 278, 30945 (2003))。また,脂質セカンドメッセンジャーPIP3の可視化プローブにより,PIP3が細胞膜だけでなく,エンドサイトーシスした受容体に刺激されて,小胞体やゴルジ体膜に大量にできていることを見つけました。この別々のオルガネラ膜にできたPIP3が,それぞれのオルガネラの機能を特異的にコントロールしているのではと考えてます(Nature Cell Biol., in press)。

細胞の中へ、中へ

須賀:先生はずっと生体内の分子を見る研究をされてきたんですか?

梅澤:東大から北大に教授で移ってすぐは微量物質を検出する方法を研究していました。「イオンチャネルセンサー」といって、名前は生体のイオンチャネルから採っていますが細胞内ではなく電極板に特定の分子をつけたものです。例えばグルタミン酸チャネルをつけるとL型グルタミン酸とD型グルタミン酸を区別して濃度を知ることができます。

ところが,この研究中に,チャネルとグルタミン酸の結合の強さは必ずしもその後に起こる反応の強さを反映していないことが分ったんですね。つまり、生体でも受容体と結合する物質との結合の強さは細胞内で起こる反応の強さを現しているわけではない。じゃあ細胞内の各ステップを見たいと思うわけです。

生体内の現象,例えばリン酸化を化学的に見るには,電極にリン酸と結合する有機分子をつけておくと微量なリン酸を検出できます。ところがこの分子を生体内に入れてもリン酸化を見るのはたいへん難しい。それで今回のように蛋白質を使った蛍光プローブに到ったといえます。もっと簡単な方法があればそれを使っていたかもしれない。

生体内の現象を見る方法にはMRIやPETなどがありますが,例えばMRIの分解能が数mmオーダーなのに対して蛋白質プローブの分解能は200nmです。それに有機合成物のプローブでは難しい複雑な現象も見ることができます。なによりいいのは物質の動きや反応そのものを,生きたままの状態で見られる点です。

分子を、見て区別する

須賀:先生の研究室では金属等の分子の状態を見る研究もされていますよね。ちょっとイメージがわかないのですが,こちらはどういうものなんでしょうか。

梅澤:これは今までの細胞の話とは違って,走査型トンネル顕微鏡を使います。これはトンネル電流を利用するもので。

須賀:・・・(注3)

梅澤:普通はそれぞれの分子が何か,どう修飾されているかというところまではぼんやりして見えないんですが,探針の先端を化学修飾することで,水酸基とカルボキシル基や錯体の中心金属を区別できたんです。これは探針(金など)と見たい分子Aとの間にもう一つ分子Bを介在させ,分子A・B間の特定の局所で電子波動関数の重なりを生ずるような相互作用を仕組むことにより,そこを通してトンネル電流が促進されていることがわかりました(Anal. Chem., 74, 4275 (2002))(図4)。

寺崎:先端の修飾にはいろいろあるんですか?

梅澤:これは見たい分子や官能基に応じて決めます。例えばDNAの塩基(A、T、C、G)を区別することもできるんです。

須賀:ということは,シーケンサーが作れるんですか?

梅澤:キャピラリー電気泳動型のものとは原理の違う物ができます。実際に作れるかどうかはまだ先の話ですが,学術的にも面白い話だと思いますよ。

須賀:話が戻りますが,先ほどの蛋白質プローブとこの走査型トンネル顕微鏡の研究に先生の中での共通点はあるんでしょうか?

梅澤:それはもう「見えないものを見る」ことです。わからないことは沢山あるけれども,新しい方法ができて初めて新しい対象に迫ることができる。蛋白質プローブは「何が,どこに,どのくらい」あるかを時間軸に沿って見ることができる新しい方法です。また,化学修飾探針STMは“化学”促進分子間電子トンネル効果を利用した分子イメージングで新しい方法です。

寺崎:いろんな現象を見るのに使えそうですよね。

梅澤:私たちの研究室で作った生細胞内情報伝達の可視化プローブ類は,生物の基礎研究用だけでなく,細胞情報伝達を増強・抑制する生理活性物質,とくに医薬品,毒物,内分泌撹乱物質等の高速スクリーニングに役立つと思います。もちろん基礎研究でも沢山使って欲しいですね。今までも研究者の方からの申し込みに応じてプローブのcDNAを送っています。使いたいことがあったら…

須賀:寺崎:それはぜひ。

ここで助手の佐藤先生にもお話を伺えることに

須賀:例えば蛋白質のスプライシングですが,生体内の仕組みを使おうという考えがもともとあったんでしょうか?

佐藤:僕はそのプローブの研究ではなかったんですが,基本的に「見る」のがテーマなので蛋白質を使うことにこだわりはありません。機能分子を有機合成してもいい。目的の生体分子やリン酸化などの生体反応を上手く検出できる方法がそれしかなかったので、結果的に蛋白質を利用したけれどもその方法が必然的だったとも言えます。

須賀:先ほど2年くらいで一つのプローブを作ると伺ったのですが,どのように研究を進めていくんですか?

佐藤:まず僕たちスタッフとプローブの設計をディスカッションして新しい手法を作って,見るというのが大筋です。

寺崎:その最初の設計が一番大事だと思うんですが,どのくらい時間をかけるんですか?

佐藤:その通り,ここが一番大切なので,だいたい一ヶ月は文献を調べて設計を考えます。それから上手くいきそうなプローブ候補を3,4個作ってみます。そして,細胞で試してみる。

寺崎:3,4個から…そんなに上手くいくんですか?

佐藤:最初を慎重にしますからね。もちろん,試して上手くいっても改良が必要です。実験てそうですよね(笑)

寺崎:そうですよねえ(笑)

須賀:化学科の学生が多いと思いますが,生物学の知識や実験はどうしているんですか?

佐藤:生物を高校で選択していない人も多いし,こちらも生物学の知識や技術を最初から期待しているわけではないです。だいたい研究室に入ってから勉強していますね。実験も、最初は研究室に生物系の技術を持っている人がいませんでしたから,分子生物学や細胞を扱っている研究室で技術を学んでこちらで立ち上げました。

須賀:え,じゃあ今は生物系の設備もそろっているんですか?

佐藤:ええ.細胞を使う実験が一通りできるようになっていますよ。

(実際のところ生物系の研究室と思うくらい,整っていました。)

須賀:最初に技術を学ぶ学生の反応はどうですか。まったく新しいことで大変だとか…

佐藤:いやあ,僕たちも実験方法は論文で読んでいて,それを実際やってみることができるんだから相当面白いですし,(学生も)そうだと思いますよ。

モノづくりの先は

真核生物の細胞が正常に機能するには細胞内の蛋白質がそれぞれ適切な場所に存在しなくてはなりません。化学科の分析化学研究室では、細胞内のエネルギー産生の場であるミトコンドリアに局在する蛋白質を遺伝子ライブラリーから調べる新しい方法を開発しました(上図)。実際に局在を確かめた蛋白質(下図)の中にはこれまでミトコンドリアにあると考えられていなかったものが多数あり、生物学的にも重要な発見が得られました。下図(a)透過光像、(b)GFP蛍光、(c)ミトコンドリアの染色像、(d)bとcの重ね合わせ像

須賀:プローブを作ること自体が主かと思ったのですが,それを使って現象を見るところまでがテーマなんですね。

佐藤:そうですねえ…実際に使ってみるのは,その方法の証明ともいえますね。

梅澤:新しい技術は広めるのも重要ですからね。手法を作ったというだけでなく,それを使った新しい発見を生物系の雑誌に載せたいですね。逆に方法から新しい現象が見えてくるのも面白い。

佐藤:やはり僕たちは方法を作るところから入っていくので,その先のことはどちらかというと不得手かもしれません。そこで生物系の人と共同研究できるといいですね。

寺崎:本当にそうですね。お互いよく知らないことが多いので,研究会があればいいなと思います。

佐藤:そう,合同研究会があるといいですね。

須賀:最後に,化学と生物学など色々な分野がクロスする中で学生にはどのように研究していって欲しいですか?

佐藤:新しい方法を開発するのも,方法を改良するのもいい研究だと思います。できればその先に,どうやって生命を研究するかという考えを持ってほしいです。

梅澤:生物学の人は「見たいもの」からくるけれど,僕たちは「見る方法」から入るんですね。だから,応用のきく,残る仕事を世に出していくことが重要だしやりがいもあると思います。物づくりの,その先まで見て研究してほしいですね。

(注1)オルガネラ:
細胞の中の膜に包まれた構造。それぞれに機能がある。
(注2)Akt:
成長因子、ホルモン、細胞分裂促進因子、サイトカインなどによる細胞内シグナル伝達に関るリン酸化酵素。
(注3)走査型トンネル顕微鏡(STM):
探針と試料が非常に近づいたとき(1nm程度)に流れる電流(トンネル電流)を利用して原子の状態を見ることができる。