環境に適応した植物を追い求めて

~加藤 雅啓教授(生物科学専攻 専門:多様性起源学)~

聞き手:軍司 圭一(数理科学研究科 博士課程2年)

今回は生物学の加藤雅啓先生にお話を伺いました。生物学、進化論といえば近年話題となっている遺伝子に関係した研究であり、その一方で加藤先生は、野山を歩き回って珍しい格好の生物を探すという昔ながらの研究も行っているといいます。そんな研究のスタイルに興味を引かれ、インタビューさせてもらうことにしました。

今の専門を選ぶまで

コケのような葉状の根の上に花ができたカワゴロモの1種(タイ)

軍司:それでは始めさせていただきます。加藤先生は多様性起源学というのがご専門ですが、その分野についてまずは簡単に説明していただけないでしょうか。

加藤:動物もそうですが、植物は今の地球上に30万種ぐらいのさまざまな種が生息しているわけですよね。それらは過去の生物から歴史を経て作られて今日に至っているわけで、そういう多様な生物がどのように進化してきたか、それを研究したいと思っていて、僕はその中でも陸上植物を対象にしているんです。

軍司:陸上植物というと具体的にはどういうものなんですか?

加藤:特に興味があるのが川の中に生えている植物でして、まあ川の中といっても川岸の植物なんですよ。熱帯に行きますとね、雨が降ると川の水位が上昇しますが、それが一日か二日くらいでまた水が引きます。その一番高い水位と低い水位の間のところに特殊な生物がすんでいるわけです。そういうところを渓流帯と呼んでいるんですが、そういうところには普通の生物は生息できないわけです。すごい水流の中にいるわけですから。そこに生えている特殊な植物を渓流沿い植物と言うのですが、それらがどうやって進化してきたのかに興味を持っています。

それの延長上として興味があるのがカワゴケソウ(川苔草)科という植物の進化です。先ほど述べた渓流沿い植物というのは週単位、もしくはせいぜい月単位くらいで水位が変動する場所にいるわけですね。ところがそれ以外に年間を通した季節的な変動というのがあります。熱帯ですと雨季と乾季ということになりますが、それにあわせて大きく水位が変動するわけで、先ほど言いましたのは大きな変動の中に小刻みな変動がある、というわけです。それで雨季の時は岩は完全に水没しているんですが、それが乾季になると相対的に水から脱出してくる。つまり1年の半分以上が水の中という非常に特殊な環境にあるわけですが、そこには先ほど言った渓流の植物がさらに特異になったようなカワゴケソウの植物がいます。それの進化の研究をやっているわけです。

軍司:なるほど。いわゆる進化論というのにあたると思うんですが、もともとそういった分野に興味を持ち始めた時期、おそらく学生の頃だと思いますが、あるいはきっかけみたいなものは何だったんですか?

加藤:さかのぼれば私は工学部に入学しまして・・・

軍司:え? 工学部だったんですか?

加藤:ええ。京大の工学部です。その頃、昭和40年代ですが工学部は非常に拡張される時期だったんですけれども、それがすこし嫌な感じがしましてね。

軍司:嫌な感じといいますと?

加藤:つまり、皆がそういうはやりの分野に進んでいくというのが何となく抵抗がありましてね、それで途中で理学部に転向しまして、そこでも最初は発生学というのをやろうと思ったんですが、それも結構人気があったので、誰もやりそうもない分類学というのに行ったんですよ。それでずっと分類学のほうを研究していまして、多様性起源学をやるようになったのはここ7年くらいのことです。

軍司:分類学というのも生物学の分野ですよね。なぜ、特に生物学に移ろうと思われたんですか?

加藤:いえ、特にこれといった理由はありません。子供の頃から昆虫なんかが好きだったというのはありますけども・・・

ただ、僕は形というのがすごく好きなんですね。分類学というのは色々な生物の形を見ているわけで、そういうのが楽しいというのはあります。

あとは、学部を移るには欠員がなければいけないんですが、たまたま生物学に空きがあったということですね。

軍司:ということはこの分野に進んだのも偶然の要素があったと。

加藤:そういうことになります。

現在の研究生活

セラム島の調査風景(木を切り倒して川を渡る)

軍司:少し質問を変えさせていただきます。今まで研究を続けてきて、これはうまくいった、とか良かったというようなことはございますか?

加藤:うまくいった、というのとは違うけれども、やはり先ほどいったカワゴケソウのような植物と出会えたというのは大きかったですね。

軍司:逆に大変だったことみたいなことは。

加藤:ちょっと、一般的な質問で答え難いですが。

軍司:つまり、壁にぶつかったとか・・・

加藤:壁にぶつかったと言えば、今がそうかも知れないですね。

軍司:先生は最初から研究者としての道を目指していらしたんですか?

加藤:ええ、そうです。

軍司:そうしますと、実際に大学の先生になると研究のほかに教育者としての立場というのもあると思うんですが、実際に学生を教える立場になって何か感じられたことなどはございますか?

加藤:やっぱり学生と一緒に考えるというのは新鮮なことがありますね。例えば何か実験を行ったとき、僕たちはきっとこういう結果が出るだろうという、先入観というか、まあ、いい意味では予測を立てて臨むわけですね。そんな中で学生と議論していると、実際に出た結果に対して、こちらが思いもつかないようなことを学生は言ったりして、すごく新鮮で役に立つというのはありますよね。

軍司:先ほどの話ですと実際にいろいろな場所に出かけていって調査したりされるんですよね。

加藤:ええ。フィールドワークが非常に重要です。まあ僕の研究は最近の流行から外れているというか、最近は実験室で行う研究が主流になっているんですけれど、僕の場合は実際に外を歩き回って調べることが大切になっています。

軍司:先ほど熱帯といわれましたが、具体的にはどういう場所に。

加藤:渓流沿い植物の調査はインドネシアですし、最近ではカワゴケソウの研究でタイの方に行くことも多いですね。

軍司:日本とは全く生活環境の違う場所に行かれるわけですが、そういう面で苦労したりはないんですか?

加藤:いや、そういうことはないですね。ただそういう場所での調査というのは、現地の人たちと協力して行うわけです。だからきちんと向こうの政府に話を通しておかなければいけないんですが。

軍司:ところで先生についている学生さんはどのくらいいらっしゃるんですか?

加藤:5人ですね。

軍司:そういう学生さんたちと一緒に野外調査に出るということもあるんでしょうか。

加藤:ええ、学生と一緒に海外に行くこともあります。一ヶ月山の中を歩き回ったりなんてこともありますね。

軍司:それは大変そうですね。でも学生には人気があるんではないですか?

加藤:うーん、どうでしょう。

軍司:学生時代に何かスポーツみたいなことはされていたんですか?

加藤:ええ、野球をやっておりました。まあ、この体格を見て分かるようにキャッチャーだったんですけど。

軍司:そうしますと、その頃培った体力みたいなものが今役に立っていたりとか・・・

加藤:いえ、それよりもむしろ子供のころよく家の手伝いをしていましたから、そのほうが大きいですね。おかげで体は丈夫なんですよ。

カワゴケソウについて

開花中のカワゴケソウ植物Zeylanidium maheshiwarii(インド)

軍司:もう少し詳しくご専門のことをお伺いしてよろしいでしょうか。

加藤:これを見てください(下の写真)これが先ほど言った、熱帯地方に見られる、1年の半分以上が水の中という環境で進化してきた植物で、カワゴケソウ植物のカワゴロモの1種です。

軍司:これ、コケ類に見えますが。

加藤:いや、これはオトギリソウの仲間から進化してきたので、普通の花を持った植物の一種です。この平べったいのが実は根でして、その上にぽつぽつと出ているのが、これは花なんです。普通の植物ですと、葉や花が茎の上にあって、という形をしているわけですが、この植物はそれがなくて、根から直接花が出ている。人間で言うと顔から足が直接生えているようなもので、実に変な格好をしていますよね。こんな植物は、熱帯の川沿い以外では見られません。

軍司:この植物、養分はどこから取っているんですか?

加藤:今は、乾季に水から上がってきたときの状態なんですが、水の中にいるときは根から葉などが出て、それで養分をとっていると考えられています。ですから、普通の植物では根の働きとしては地面に固着するというのがあるわけですが、カワゴケソウはその他にも光合成をするという葉の役割をしたり、花を支えるという茎の役割をしたりするということです。

軍司:この形が、そういう特殊な環境にもっとも適していると言うことですね。ところでこの形に進化してきたとおっしゃいましたが、進化の過程を調べることによって、環境の変化がわかったりすることはあるんでしょうか?

加藤:いや、そこまではっきりしたことは分からないですね。さっきも言ったとおり、カワゴケソウはもともとオトギリソウの仲間から進化しているのに、こんな変わった形になってしまっている。つまり、おそらくある時期に突然変異が起きて、こういう形のものが発生したということですね。

軍司:カワゴケソウからオトギリソウというのはずいぶんと差があるようにも見えるんですが、その途中段階みたいなものはあるんですか? 仮にあったとしても、中途半端な形をしていて環境の変化に対応できないような気もするんですが。

加藤:そのようなものは見つかっていません。カワゴケソウとオトギリソウではそれほど遺伝子の塩基配列に大きな違いというのは見られないんですね。だからこそオトギリソウから進化してきたと言えるわけですが、一方で、ちょっとした遺伝子の変化が、見た目上は非常に大きな形の変化をもたらすのかもしれません。自然界ではそうなっているような気がします。そして、ある特定の形に進化したものが、他の生物が立ち入れないような場所に進出してきて、生き残り競争に勝っていくと、そういうことです。

さっきも言いましたように私はいろんな生物の形、あ、こんな変わった形をしたものがいるんだということに興味がありました。だからこういう、顔から直接足が生えているような植物に巡り合えたというのは大きかったですね。

軍司:先ほどの話の中で、研究室で行う研究というのがあったんですが、具体的にはどういうことなんですか?

加藤:例えば進化といっても、現在私たちが見ることができるのは今まで生き残ってきた生物だけですよね。そうしますと、その途中を見るための唯一の手がかりというのは化石ということになります。そういうものを研究したりしている人もいる、ということです。

あとカワゴケソウなどにしても、どうやってこんな変な形に進化したのか、ということを調べるということもしてみたいんです。そうするとやはり遺伝子を調べるとか、そういうことになりますが、そちらのほうはあまり今のところうまくいっているという感じでもないですね。それが、さっきあなたのおっしゃった壁、ということになるかもしれません。

日常生活

村人がポーターとして協力してくれて調査出発(セラム島)

軍司:ところで休日はどのように過ごされるんですか?

加藤:土曜日は大体大学に出てくることが多いですね。日曜日はまあ、特に何をするというわけでもありません。

軍司:何かご趣味のようなものは。

加藤:それも特にはないですね。

軍司:研究一筋という感じですか。

加藤:まあ、そういうわけでもないんですがね。

軍司:少し答えづらい質問かもしれませんが、家のことなど諸々を含めて、優先順位みたいなものをつけるとしたらどうなるでしょう。

加藤:やっぱり研究が一番ですね。

軍司:教育者としてよりも、自分の研究が一番という感じですか?

加藤:あの、学部生はちょっと違うかもしれませんが、大学院生ぐらいになると教育というよりも、学生と色々と議論を積み重ねていって自分の研究にも役に立てて行くわけです。ですから、あまり研究と教育というのを分ける必要もないのではないかと私は思っています。

軍司:それでは最後に、今の学生に対して何か一言お願いいたします。

加藤:はい、あまり一つの分野だけでなくいろいろなことに興味を持ってほしいということですね。世の中には色々な学問がありますから。

軍司:確かに、最近は非常に専門化してきているような印象がありますね。

加藤:ええ。例えば自分の行っている研究が何か壁にぶつかったようなときなんかでも、他の分野の人と議論をしている中で、それを打ち破る力を得るということはすごく多いと思います。ですからあまり自分の専門にこだわることなく、幅広い知識を持ってもらいたいと思っています。私は類推というのが好きなんですが、異分野からの類推が大事なことがあります。

あとがき

ご本人もおっしゃっておられたように、本当に研究熱心、研究一筋という印象を受けました。面白いのは、そんな先生も最初から今の研究分野を目指していられたのではないということ。たまたま空きがあったから選んだという分野が、その先生にとって天職とも言うべきものだったことは、しかし、ただの偶然ではないような気がします。そして一つのことにこだわることなく、幅広い知識を持ってほしいという言葉は非常に重く受け止めるべきものだと感じました。