金属と生物材料でデザインする夢

~塩谷光彦教授(化学専攻 生物無機化学研究室)~

聞き手:藤井 由紀子(生物科学専攻 博士課程2年)

研究室訪問記・第1回目の今回は、化学専攻の塩谷研究室をお訪ねした。生命の設計図であるDNA、その二重らせんの間に金属を入れたものをつくっているという。

金属をDNAに入れる?どういうことだろう。どうしてそんなことを思いついたんだろう。それで、何ができるんだろう。ふだん、遺伝子の辞書としてしかDNAを見ていなかった生物学者の卵が、人工DNAの可能性に迫る。

無機を制するためには・・・

藤井:今日は、DNAと金属という取り合わせに興味をもってうかがったのですが、そもそもいつごろからこのご研究をお始めになったのでしょうか。

塩谷:私はあちこちを転々としていまして、もともとは薬学部で、有機合成からスタートしたんです。その後、広島大学で錯体化学、つまり金属を含む分子を使って、なにか機能性のものをみつけよう、という仕事を始めました。そこの研究室ではもともと、金属を含む酵素の機能解析を行っていたのですが、ある日、当時のボスに呼ばれて、「お前、核酸をやれ」と。それで、核酸をターゲットにした仕事を始めました。具体的に言うと、核酸を構成する4つの塩基、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)を選択的に認識できるような金属錯体をつくるという仕事です。

そのあと、1995年に分子科学研究所に移り、完全に独立しましたので、少しテーマを変えようということになりました。核酸というのは、もともと5つの元素しかないわけですよね。そこに積極的に金属を取り込ませたら、どういうふうになるだろう、という興味を持って始めたわけです。

ですから、今の仕事を始めたのは、1996年ごろということになりますね。

藤井:ということは、基本的なご興味は金属にあるのでしょうか?

塩谷:というよりも、化学の究極的なゴールというのは、周期表にある元素をいかに自由に空間的に並べるか、さらに時間軸において、いかに自由にコントロールできるようになるかというところにつきるような気がするんですね。これがひとつの大きな目的になっています。

藤井:なるほど、元素を自由に操る。

塩谷:はい。ご存じのとおり、有機合成という分野は歴史が深くて、「ものをつくる」という観点からするとかなり確立された、高いレベルにあります。それにくらべて、金属イオンを空間的にうまく配置するというのは非常に難しいんですね。

藤井:あ、そうだったんですか。

塩谷:金属というのはいくつか手をもっていて、その手にいろいろな種類の配位子を結合していますね。配位子の中にはもちろん、有機物も含まれます。これら配位子とのしっかりした結合ができないと、金属の空間的な配置はコントロールできないわけです。そこで、ものをデザインすることの得意な有機化学の手法をうまく使って、金属の配列や、もしくはもっと動的な性質をコントロールしようというのが、大きな枠での目的になっています。つまり、無機を制するには、有機を制しないといけないと考えたんですね。

藤井:それでは、利用できる有機物は必ずしも核酸には限らないわけですね。

塩谷:ここに絵があるんですが、金属に結合するものとして、いろいろな官能基がありますね。なかには非常にシンプルな人工のものもあれば、ペプチドとかDNAとか、天然に存在するものもあるんです。そういったさまざまなものの中から目的にあったものを選びだす、もしくは組み合わせる、もしくは自分達で完全にデザインしてつくりあげる、ということをいろいろやっているわけです。

藤井:そもそも機能的な分子をつくろうと思われるときというのは、あらかじめある程度、その機能と応用というのは予測されているのでしょうか。

塩谷:結局、こちらの稚拙な考えで想像できる程度のものしかできなかったら、やっぱりおもしろくないんですよね(笑)

藤井:あ、そうですよね。

塩谷:ただ、どうなるのかまったくわからないようなものをつくるのは、非常にリスキーですから、ある程度はこんな形にはなるだろうな、ということを予想しながら始めます。しかし、その先に研究を進めていくときには、なにかおもしろいものが出てこないかな、ということをいつも観察しています。

たとえばこの分子なのですが 、丸いディスク状の有機物が2枚向き合って、金属が間にサンドイッチ型になる。最初はその形しか考えていなかったんですよ。ディスク状の有機物と金属を、ある一定の比率、たとえば2対3の比で混ぜ合わせると、たしかにこの形が100%できるんです。だけど、いろいろやっているうちに、ちょっと金属を増やして、混ぜる有機物と金属の比を3対4にしてやったら、このようなプリズム型の分子ができた。これはまったく予想していなかった性質なんです。

藤井:おもしろいですね。

DNAの中に金属を並べる

塩谷:このように私たちは、生物がつくったいろいろな材料をうまく組み合わせて金属を並べるということをメインにやっていますが、今回、DNAのまん中に金属を5つ並べたものができたんです。

今までは、金属を自由にこういったかたちで積み上げたり、並べたり、ということはできなかったんですね。これだと、金属が1つ入ったものもできるし、2個も3個も4個も全部できるんですよ。

藤井:もっとたくさん並べることは?

塩谷:できるはずです。原理的には同じことをリピートするだけですので。

さて、ここまでは、ある程度デザインした通りの構造なんです。しかし、私たちが予測できないのは、このように金属を並べたものが、どのような性質を示すかということです。金属が1個のとき、つまり、金属そのものの性質というのは想像できるんですね。2個ぐらいの金属を並べたものだったら、そのような研究が少しありますから、まあ、少しは予想できます。だけど金属が、3個、4個、5個になって、10個、100個になっていったときにどのような挙動を示すようになるのかは、ちょっと想像できないんですよ。

藤井:金属の挙動というと?

塩谷:たとえば今使っている銅イオンの場合は、一個のスピン、要するに磁石の性質をもっています。で、その磁石が2つ並ぶと、もちろん磁石と磁石の相互作用が起こります。ご存じだとは思うんですけども、強く相互作用するとスピンとスピンがカップリングして、ラジカルがなくなりますし、ゆるく結合すると、磁石がおたがいの磁石の力を強めあうような性質がありますね。

藤井:はい。

塩谷:じゃ、3つ並んだらどうか、4つでは、という話になると、そのような集合体の化学というのが今までになかった。たとえば15個つなげたいとか、20個つなげたいということができなかったんです。

藤井:並べる数をコントロールできなかった。

塩谷:ポリマーというものは、単量体をザーッとつなげればできるんですが、反応を止めることができないんですよ。100個とか1000個とかの単量体がつながるのですが、それを900個で止めたいと思っても、止まらないんですね。いろいろな数の単量体がつながったものはできるかもしれないけれども、目的の数だけつながったものを、100%の収率でとるということはできないんです。けれども、今、私たちがやっているような方法を使うと、5個つながったものをつくりたいときは、100%5個のものができるわけです。10個のものがつくりたいというときは、おそらく100%、10個つながったものができるということですね。

藤井:目的の金属を目的の数だけ、100%並べることができるというのは非常に画期的ですね。そこから新しい現象が発見できるかもしれないという意味で、とても大きな可能性をもっているわけですね。

一分子の電線、あるいはDNAコンピュータ

藤井:ところで、詳しく言うと、DNAのどこに金属が入っているのですか?

塩谷:ご存じのようにDNAの塩基対というのは、水素結合がペアをつくっているわけですが、水素結合というのは1本の力が非常にゆるやかで、ついたり離れたりしやすいですね。熱をかけたりするとすぐ離れてしまいます。このど真ん中、水素結合のところに金属を入れてみよう、そしてつないでペアをつくってやろうという発想です。そうすると、二重らせんの外側が絶縁体で、中に金属がずらっと並ぶ。

藤井:電線みたいですね。

塩谷:まったくそのとおりです。私たちは分子電線って呼んでるんですが、これがほんとに電線として使えたら、たぶん世界一細いでしょう。

藤井:そうか、一分子の電線になるわけですね。実際に電気は通るんですか?

塩谷:ああ、それはとても調べたいことなんです。今、このDNAをもう少し長くして、2つの電極の間に橋渡ししてやって、電流が流れるかどうかを測定すると、そういうことができる直前まで来ています。

藤井:それは楽しみですね!

塩谷:このように、まずは一番重要な水素結合の部分を金属の結合に変えたものをつくったわけですが、二重らせんのいわば背骨、リン酸ジエステル結合の部分、これを金属に置き換えることにも取り組んでいるところです。

藤井:DNAの背骨に金属がずらっと並ぶ。これもまたおもしろいですね。

塩谷:この分子にはまた別のおもしろい可能性があるんです。天然の1本鎖のDNAは、A・T・G・Cの4種類の塩基配列という情報をもっていますね。この天然型1本鎖DNAと、金属と、そして人工DNAをつくるもとになる小さな分子であるビルディング・ブロックを混ぜてやると、天然型DNAをいわば鋳型として、金属を並べることができるかもしれない。

藤井:DNAがもっている情報をもとに、金属を並べかえるんですか。これは、メッセンジャーRNAを鋳型にして、アミノ酸を並べてタンパク質をつくるということによく似ていますね。アミノ酸の代わりに金属を並べているみたい。

塩谷:まったくそのとおりですね。鋳型にする天然型DNAの配列は自由にコントロールできますから、塩基配列という形で情報をインプットしてやる。そして、金属が並んでできた配列を情報としてアウトプットできるようになれば、情報科学の方にもつながっていく可能性があります。

藤井:DNAコンピュータのようなことでしょうか。

塩谷:金属イオン結合の可逆性を利用すれば、さらに情報量を増やすことができるのではないかと考えています。

たとえばアイソトニック飲料に入っているようなナトリウムとかカリウムみたいなイオンは瞬時に交換されますね。一方で、公害にも関係している水銀やクロムといった、いったんくっつくとなかなか離れないようなものもあります。するとたとえば、最初に交換の速い金属を並べてやって、その後に強く結合する金属を並べてやるというような処理も可能になるかもしれません。

また、このように背骨のところに金属が並んだDNAは、かなり強固な鋳型になりますから、これをもとにして天然型のDNAが複製できないかとか、ほかにもいろいろな応用の可能性があると思います。

分子電線とか、分子磁石とか、そういった応用の可能性は結果として出てくるとは思うのですが、大きな目的というのは、さきほど言いましたように、いろんな人工のもの、天然のものを使って、金属の配列、空間と時間の制御をする、ということなんです。

化学と生物学とのつながり

藤井:私は生物学の人間なので、やはりバイオの方ではどのような切り口があるかということが気になります。

塩谷:たとえばDNAに金属で色をつける、要するにラベルを入れるマーカーになりますよね。それから、DNAの熱安定性が変わります。金属が1つ入るだけで、とても安定になるんです。

藤井:どれくらい安定になるんですか?

塩谷:たとえば15塩基対のDNAで、37度の熱を与えると2本鎖が離れて1本鎖になるものがあったとしますね。これに1ケ所金属を入れます。そうすると、50度くらいの熱を与えないと1本鎖にならない。

藤井:へえ、たった1個で!

塩谷:ええ、いくつか金属を入れていけば、おそらくかなり高温でも解離しないようなDNAができるでしょう。バイオの方面に興味がある人にとっては、こういった性質を使って新しい見方や切り口ができるのではないでしょうか。

藤井:医療の方面にも使えるかもしれませんね。

塩谷:うちの研究室には、かなりバイオよりの研究をしている学生もいます。任意の塩基配列のDNAをつくるには、DNA自動合成機というものを使うんですが、長さがかなり限られていて、100個も塩基を並べるとヘタっちゃうんですよ。この方法では、天然のDNAのような長いDNAはできないんです。そこで何を考えたかというと、今回できた短いDNA、この端っこにリン酸基をぶらさげておいてリガーゼを入れてやる。そうすると、勝手にどんどんDNAどうしがくっついて、長いものができてしまう。

藤井:そうか、長い人工DNAをつくりたいと思えば、DNAをつなぐ酵素と短いDNAを混ぜればいいんですね。酵素という、生物がつくった材料を利用してやる。

塩谷:そういうことです。もしバイオの方をやっていなければ、こういう発想はできなかったと思います。長い人工DNAができたら、その構造や性質を調べるとか、それこそ電線として並べてみようとか、今度は材料科学の方へ行けるんです。いろいろなことをやっていると、そのうちあちこちでつながっていくような気がしています。

新しい分子のつくりかた

藤井:私は合成のことはさっぱりわからないんですけれど、こういうまったく新しい分子をつくろうというときは、参考にするようなレシピというかプロトコールというのは、全然ないんですよね。

塩谷:ええ、もちろんゼロから始めるわけですね。最初に、人工DNAのもとになる小さなブロック、ビルディング・ブロックをつくるところから始めました。まず、A4一枚くらいの紙に合成ルートを書くんです。で、それを見ながら「うん、まあ2週間でできるね」なんて言って始めるわけです。そうすると、3年かかるんですよ(笑)

藤井:(笑)うーん、やっぱりそういうものなのですか。

塩谷:思ったとおりにはいかないんですよね。どうしよう、こうしよう、といろいろ条件を変えてみたりして、ものすごく時間がかかりました。

藤井:すると、最初にこういう分子をつくってみよう、と思い立たれてから、実際に金属の入った人工DNAができるまでには、いったいどれくらい時間がかかったことになるのでしょうか。

塩谷:思いついたのが96年で、ビルディング・ブロックができたという最初の論文が出たのは99年。そのあと、DNAの間に金属を1ケ所入れられるという論文が出たのが、実は去年なんです。つまり7年かかってるんですね。これができてからは、別のタイプの金属が入ったという論文、それから、同じタイプの金属が5個並んだという今回のScience誌の論文、というように続いています。

藤井:なるほど。突破口ができるまでには、かなり時間がかかったわけですね。でも、その先のさまざまな可能性を開拓していく夢があるからこそ、楽しいのでしょうか。

塩谷:そうですね。

どんな研究でもそうだと思うんですけど、最初に研究のテーマを設定したときに、こうなりそうだなと予測がつくことと、その先はわからないなということの比率ってありますね。二番煎じ的、というとヘンですけども、人の後を追っかけてるような仕事だと、9割くらいがこうなるだろうと予測のつく研究になるでしょう。けれども、私たちの研究っていうのはまったくゼロからのスタートで、このような考え方で金属を並べたというのは世界でも初めてなんです。そのあとをアメリカのグループが追っかけてるって形になっている。こういう仕事だと、予測のつくところは1割くらいで、9割くらいはわかんないところがあるわけです。この比率は、あまり片方が小さすぎても問題なんですが、適当なバランスのところで研究テーマを設定すると、やっている人がいちばん楽しいんじゃないかなと思います。いつも何やってもうまくいかないと、学生も元気なくなっちゃうんで(笑)。

藤井:それはそうですよね(笑)

塩谷:結果が出てきそうだな、と思いながら少しずつ進んでいける、というようなバランスが大事だと思いながらやっています。

大きな分子はストレスフル?

藤井:私はとても奇妙なバクテリアと、それに感染するウィルスの性質を解析してるんですが、予測がつくところと、さっぱりわからないところのバランスを考えると、わからないところが実に大きいんです(笑)。

塩谷:今、うちの研究室では、バイオロジカルな方面にも取り組んでいますが、出てくる結果からは、やっぱり原子レベルの話のような情報が得られないんです。ある意味でおおざっぱな結果しか出てこない。

藤井:私のウィルスにしても、ものすごくたくさんの原子や分子が複雑に集まってできているわけですものね。小さいと思っていたけど、銅イオンよりはむちゃくちゃ大きい。

塩谷:結果は出るんですけども、ほんとに詳しいところというのは90%以上わからないんです。そうすると、僕たちの研究の進め方からすると、すごくストレスがたまる(笑)。

バイオの方へいけばいくほど、わからないこと、気にかかることが多くなる。これはたぶん、最初から生物をやってる人と、化学から生物に行った人では、そのへんのイメージが違うかもしれませんね。

藤井:うーん、違いますね。

塩谷:こう言ったら失礼になるかもしれないですが、生物をやっている方が原子レベル、分子レベルの問題をふだん意識されているかというと・・・

藤井:少なくとも私はあまりしていないかもしれません。現象の大まかなところだけを見ているような気がします。

塩谷:それはしょうがないと思うんですよね。だからと言って、化学の人がそれをなんとか解決できるかというと、できないですから。でも最近、例のノーベル賞の田中さんのお仕事にもあるように、タンパク質といったかなり大きな分子も化学の対象になりつつありますね。これは私たちにとっても非常にうれしいことです。

藤井:なるほど、扱うものの分子量が大きくなればなるほど、現象が複雑になってストレスがたまる。そのストレスを・・・

塩谷:ええ、少し解消することになるきっかけになるのではないかと。少なくとも、今から研究をスタートしようという人は、ストレスがかなり軽減された状況から始められるようになっていると思います。

思わず「ウワーッ」と声が出てしまうこと

藤井:お話をうかがう前は、人工DNAというのはかなり応用的色彩の強い研究だと思っていたのですが、金属を配列するということ、物性というものへの興味に立った、まさに基礎理学から出発しているご研究だということがわかってきました。

ところで、私も理学としての生物学を、つまり、農業や医療に応用できることにすぐには目的をおかないで、「おもしろい現象」の仕組みを追求していくということをやっています。こういった基礎研究というのはしばしば「じゃあ、それがわかって何になるんだ」ということが問題にされますね。

塩谷:それは非常に難しい質問ですよね。いろんな雑誌の対談などではよく、そういったことが聞かれますね(笑)

藤井:ええ(笑)。もちろん私は、本質的におもしろいことであれば、それはいつか、さまざまな分野で役に立つはずだと信じているんですが、先生なら、この究極の質問に対して、どのようにお答えになりますか?

塩谷:そうですね・・・。ほんとうに基本的な、本質的な事象、あるいは物性というようなものが発見されたときは、それが実際、何の役に立つのかわかるまでには時間がかかるケースもあると思います。しかし、真にすぐれた科学者であれば、発見した時点でいろいろ想像しているはずですよね。その波及効果はとても大きいと思います。

ところで、大学というところにはもちろん、学生さんがいるわけです。化合物はいっぺん作ってしまえばずっとストックできますけれど、学生さんは2年か3年か、とにかく一時的にしかいません。その間に、科学者としてのスタートラインに立てるように訓練するんですね。そのときに、ただ応用だけに携わっていくのと、役に立つかどうかはわからないけれども、何かワクワクするようなことを体験して社会に出ていくのとどっちがいいかって言ったら、やっぱり後者のような気もするんです。それがほんとに役に立つかどうかというのは、研究室のボスが方向性をコントロールすればいいことであって(笑)

藤井:ふむふむ(笑)

塩谷:学生さんはほんとうに短期間しかいないわけですから、その間にほんとうにおもしろいこと、うまくいったらウワーッと声を出すような、そういうテーマと出会うことが大事だと思います。

実際に、そういったテーマを求めてくる学生さんもたくさんいますよ。今、理科離れがどうのこうのって言われているけれども、モチベーションをもっている子はたくさんいると思うので、そういう子たちがトーンダウンしちゃうことのないように、なんとかそのモチベーションをキープ、もしくは増幅させて卒業してもらいたい。

藤井:うまくいって「ウワーッ」って声が出てしまう体験、いいですね。思わず味をしめてしまいそう。

塩谷:ある研究の絶対的な価値というのは評価に時間がかかるということでおいておくとしても、少なくとも学生さんが、ただ他人の後を追いかけていくだけじゃなくて、たとえ同じものを扱っていても、新しい切り口を見つけられるような、そういった環境をつくってあげられたらいいなと思っています。

藤井:人工DNAを初めとする機能性の分子は、基礎的にも応用的にもさまざまな切り口が見つけられそうで、そこがとても魅力的ですね。

塩谷:応用と基礎というのはリンクしているものですから、どちらかが重要などということはないと思います。今回の研究も7年かかったわけですが、これは終わったんじゃなくて、ほんとうにスタート地点に立てたということなんです。ここまでできると、あとはどんどん、いろんな可能性が出てくるでしょう。これを応用研究という言い方もできるのかもしれませんが、そのような一連の研究の中で、たとえば新しい金属の配列ができたときに、ひょっとしたら教科書に載るような非常に重要な知見が隠されているという可能性もあるわけです。

ですから、いつも基礎と応用の両方を見ながら研究を進めていくことが大切だと思います。応用をやりながらも、その中にとてもベーシックなものが隠されているかもしれないということを、頭のどこかでいつも意識していないと、絶対に見つからないでしょうし、研究そのものもつまらなくなると思います。

天然の「子ども」、人工の「子ども」

藤井:今日お話をうかがっていて、新鮮に思ったことがあるんです。私がやっている生物学というのは、今目の前にある自然現象に興味をもって、その仕組みをいろんな手法を用いて調べていくというものなんです。でも、今日のお話では、まず自分で現象をつくって、さらにその先どうなっていくんだろうと観察するという関わり方ですね。それがおもしろいと思いました。

塩谷:うん。バイオの研究者の方々は自然界に存在する現象を明らかにしようとしている。それは天然に与えられたものですよね。私たちはそこを全部自分でデザインしてつくるところから始めるということですね。ただ、できてしまうと、後の観察するところはぜんぶ同じなわけですね。

藤井:ええ、ええ、そこはまったく同じですね。

塩谷:それは、育てた子どもが、これからどうなるか楽しみだなって見てるようなもんなんです。ただ天然の現象っていうのは非常に高度な、できのいい「子ども」なだけに観察するのもむずかしい。逆にそこからとてもおもしろいことがドンドンでてくる可能性がありますよね。で、ま、僕ら程度の頭で考えてつくったようなものは、そこまで高度な機能をもっていませんから(笑)、もちろん自分でつくったものですからかわいいんですけども(笑)、観察するレベルが天然のものとは違う可能性はあるんですが。

藤井:私も、自分の手でみつけたウィルスなんて、自分の子どものような思い入れがあります。まして、自分で一からつくった「子ども」はかわいいでしょうね。

塩谷:そうですね。今、ものづくりという言葉がはやっていますが、天然では起こっていない現象というのがあります。人工的に設定したから初めて起こるような現象。それを見つけたいというのがやっぱり、大きなドライビング・フォースですね。それと、ものをつくる楽しさ、つくっていくプロセスが楽しいということがありますね。しかも、少し抵抗がある合成の方が楽しいですよね。スッといったらおもしろくない。

藤井:少し手のかかる子どもの方がかわいいわけですね(笑)

塩谷:けれども、ものづくりというのはとても泥臭くて、時間がかかるし、体力もいるし。

藤井:そうですね。

塩谷:ほんとにたいへんで。学生の中でも、やっぱり何年間もうまくいかなくて苦労している子がいて、そういう子にはほんとに申し訳ないといつも思ってるんですけれど、そういうベースが積み重なって、7年かかって今回の成果が出たわけです。彼らの努力がなければこういったものは決してできませんでした。論文には数名の名前しかないのですが、ほんとうなら、過去7年間、この研究に関わってきた皆さんの名前をすべて載せなければいけないと思っています。実は今回、OBやOGのみなさんにこの論文が出るという報告をする機会があったんですが、とてもうれしいことに「この日を待っていました」と、自分のことのようにみんな喜んでくれたんです。

藤井:うわあ、いいですね。それはきっと、現場でワクワクしている時間を共有していたからでしょうか。

塩谷:そうです。それでみんな喜びを共有してくれたので、とてもうれしいですね。ほんとうにあきらめなくてよかったな、と。私は一瞬あきらめたんですけど(笑)。スタッフや学生が「いやいや、まだやってみよう」と。僕が逆に元気をいただいて、ここまで来られたんです。若い人のパワーだと思います。

一方で今の若い人は、就職とか進学とか、研究室を選ぶときなんかでも、居心地のいいところを選ぶような傾向が、ま、若干(笑)あるような気がします。

藤井:そう・・・かも(笑)しれませんね。

塩谷:でも、企業の人の話を聞いてみると、どんな環境でもめげずにやっていけるようなたくましさが必要だとおっしゃるので、これからは研究室の中もなるべく居心地を悪くして(笑)、その中でも生き残ったやつがやっていくと、そのくらいのほうがいいのかな。

藤井:いやあ、それはその(笑)、お手やわらかにお願いいたします。

理学を志す人へ

藤井:ところで今回の記事は、高校生の皆さんにも広く読んでもらおうと思っているんです。中にはもちろん、理学部に行ってみようと考えている方もたくさんいらっしゃると思うんですが、彼らがふだん勉強する教科書を見ると、なにもかもが解明されたように書いてある。これでは、自然科学ではもう、わからないことはないんじゃないかっていうくらい。そうすると高校生にとっては、理学部に行って何ができるんだろう、自分ができるおもしろいことはなんだろう、ということが一番気になるんじゃないかと思うんです。

塩谷:また難しい質問ですね(笑)。

わかっていることはわかっていることとして勉強することはいいと思うんです。結局のところ、「わからないことは何か」ということを知るのが大切なわけですが、それを知るためにはある程度勉強しておかないと、わからないことがわからないですから。それが、若いうちにする勉強の意味なのではないでしょうか。

今はわからないけれど、わかったらきっとすごくおもしろいんだろうな、ということを見つけられたら、それがすごくいい研究テーマになるはずですよ。それを見つけたときは、とてもいいスタートを切れていることになります。非常に大きなドライビング・フォースを得て研究を進められるでしょう。

これはどちらかと言うと「ものを見る」という観点からの話でしたが、「ものをつくる」という観点からみると、「どんなものが今つくれないんだろうか」ということになりますね。

藤井:ああ、なるほど。

塩谷:たとえば私たちの原点も、金属を並べられないというところから来ているわけですよ。どうやったって、なかなかむずかしいんです。だからもう、そこにはテーマはいっぱいあるわけです。たとえば今、金属を直線に並べてますけど、三角に並べようとか四角にしようとか・・・

藤井:ハート型にしようとか。

塩谷:(笑)まあ、そういったことは今はできない。できないけれども、考えなくちゃいけない。そこで、10%くらいできそうなのか、それとも80%くらいはできる見込みがあるのか、といったバランスを考えながらテーマを決めていくわけです。あまりにも突拍子もないようなものだと、どうやってアプローチしていいかもわかりませんから。たぶん、2~30%の可能性がありそうだと思ったら、なんとか切り込んでいってやってやろうということになるんだろうと思います。いろいろなバックグラウンドをうまく使って、これだったらなんとか上までのぼれるかなという最初のとっかかりをなんとか見つけて、食らいついていく。

・・・なんだか矛盾してますよね(笑)わからないことは、おもしろいかどうかわからないはずなんだけど(笑)

藤井:そういえばそうですね(笑)

でも、わからないと思った時点で、それはおもしろいと思っている部分もありませんか?

塩谷:そうですね。ただ、それがほんとうに個人的なものであるか、一般性の高いものであるかっていうことが大事で、後者の場合はいろいろな実用化などの可能性にも自然につながっていくだろうと思います。また、そういうことを思いついている人というのは、頭の中でその先の夢はできていると思うんです。そういうのが非常にいい研究じゃないでしょうか。

それにしても、わかったらおもしろそうだなってことを見つけるっていうのは、なんですかね、長嶋さんの勘みたいなものでしょうか(笑)

藤井:嗅覚というか。

塩谷:ええ、センスみたいな、嗅覚みたいなものですね。そういったものは、どうやって養われるんでしょうかね。研究者の中には、非常にそういった嗅覚の鋭い人がいるので、それが何に基づいているのかということがわかれば、私ももうちょっとまともなことが言えるんですけど。

藤井:いえいえ。とても参考になりました。

塩谷:「理学部に来たら何ができるか」というご質問でしたが、ひょっとしたら科学ではなくて、ほかの領域に行ったとしても、テーマの設定の考え方は同じようなものになるかもしれませんね。

藤井:私は生物学をやっていて、今日は分野がまったく違う化学のお話をうかがってきたわけですが、何か、どこか、似てるなあと感じたのですが。

塩谷:いや、同じではないでしょうか。たとえば私が明日から藤井さんの研究室に行って、何かやりなさいって言われたらやりますよ、なんとかして。わからなければわからないなりにね。

藤井:私もこちらへ来たとしたら、何かしらやってみると思います。

塩谷:それでまた違う切り口が見つかる可能性もありますし。だから異動とか、交流とか、そういうことが大事なんじゃないかと思います。

藤井:今日はほんとうにありがとうございました。

学生の声

学生の方はふだん、研究室でどんなことを考えているのだろう。DNAの中に銀を並べている、博士課程3年生の山田泰之さんにお話をうかがった。

藤井:ほんとうにたくさんの方々が関わってきて、苦労の末にすばらしい成果が出たところだと塩谷先生にうかがいました。もちろんこれがゴールではないわけですが、正直言って、先が見えない時期ってありましたか?それとも、先は見えてました?

山田:うーん。実は学会に行っても、「できたらほんとうにおもしろいと思うけれど、そんなことは不可能なんじゃないか」というようなことはよく言われました。

藤井:あ、そうだったんですか。

山田:でも、先生方を始め、自分たちはできると信じていました。信じないとちょっと・・・(笑)

藤井:そりゃ、前には進めませんよね(笑)。今後も研究をお続けになるということですが、研究者になろうというのは、いろいろな意味でむずかしいことがあると思うんです。それでも続けようと思われたきっかけはなんですか?

山田:そうですね。アイディアを出すことさえできれば、いろんなおもしろいことができる、ということを味わっちゃったからかもしれません。

藤井:ははあ。やっぱり味をしめてしまったわけですね(笑)。

山田:「もう一度あの喜びを味わえるかもしれない」と思って、ついつい。

藤井:苦しみあっての喜びですね。苦しんでいる最中は、ほんとにつらいんですけどね。

山田:ある意味、懲りることを知らないのかもしれません。

藤井:ところで山田さんは、何をしているときがいちばん楽しいですか? 考えているときとか、手を動かしているときとか。

山田:考えていることが、うまくいったときですね。

藤井:(笑)そりゃそうだ。最後に、今、いちばんやりたいこと、知りたいことをお聞かせください。

山田:生物体を構成している組織って、とても複雑ですごい機能を果たしていますよね。それを化学者の手で、自分の手でつくりあげてみたい。化学の強みである「モノをつくる」ということを追求していきたいです。化学者なら、誰に聞いても同じことを言うと思うんですが。