水素結合

田中 健太郎(化学専攻 助教授)

水素結合(hydrogen bond)とは,OHやNHなど電気陰性度の高い原子に共有結合した水素原子が,近傍の他の官能基の非共有電子対と非共有結合的に作る結合である。水やアルコールが同じような分子量をもつ化合物に比べて高い沸点を示すのは,分子間に水素結合を生じることが大きく寄与している。たとえば,水(分子量18)の沸点が100℃であるのに対し,水素結合しないメタン(分子量16)の沸点はずっと低く,−162℃である。

水素結合の強さは10〜40 kJ/molの間であり,ファンデルワールス力(1 kJ/mol程度)よりは強いが,共有結合(500 kJ/mol程度)より弱く,室温で可逆的な結合・解離が可能である。

水素結合の起源のひとつには,分極して弱く正電荷を帯びた水素原子と非共有電子対の弱い負電荷の間に生じる,静電相互作用があげられる。しかし,イオン結合とは異なり,水素結合は方向に対する強い指向性をもっている。

これらの特徴から,生体分子の中で水素結合はとくに重要な働きをしている。DNAやタンパク質などの生体高分子が,機能的な高次構造を形成するのには,水素結合が欠かせない。DNAの二重らせん構造の内部では,核酸塩基どうしの間で相補的な水素結合のパターンが形成され,遺伝情報の暗号となっている。また,タンパク質に特異的に基質が結合することを「鍵」と「鍵穴」に例えることがあるが,それらの間の分子認識にも水素結合が関与している。酵素の活性中心では,基質の固定化だけでなく,電子密度の調節,プロトンの移動などを通して,反応の促進にも大きく寄与している。

生体高分子の構造や機能は,新しい分子構築の手本としてさまざまなヒントを与えてくれるが,中でも水素結合は,合成化学,超分子化学,創薬などの分野で欠かせない概念である。最近,モーター,ピストン,シャトル等々,身近な機械と同じような機能をもつ分子が合成されてきているが,「分子機械」の中にも水素結合は重要な「部品」として組み込まれている。