第4回

植物園(日光分園)

館野 正樹(植物園 助教授)

日光分園のウェブサイト

図1:大正天皇御由緒地

図2:春の日光分園。さまざまな樹木の花が咲きそろう。野生のサクラのコレクションが自慢の一つ。サクラは強制的に受粉させても結実率が低い。

図3:男体山の頂上付近で一斉開花によって結実したシラビソ。4年ぶりの開花であり,一斉開花の仕組みを解明するため,開花前に花をすべて切除した個体を作った。背景は中禅寺湖

図4:ボッグガーデン

図5:紅葉の時期にも緑色の葉を維持するケヤマハンノキ。不思議な現象だが,窒素固定を行うこの植物のエネルギーの収支決算は,紅葉しないことで黒字になっていた。11月の福島県七ヶ岳山麓にて

図6:冬の実験室。太平洋戦争中は当時皇太子だった現在の天皇の勉強部屋として使われていた

図7:半月峠から見た男体山

図8:ミズバショウ

附属植物園日光分園は,日光東照宮からさほど遠くない場所にあり,日光植物園という通称で一般の方に親しまれている。もともと寒冷地の植物の収集と研究のために設立された施設であるが,野外で実際に生きている植物を材料とした教育・研究に適しているため,毎年多くの学生や研究者が訪れている。分園の四季はそれぞれに美しく,その中にいると世俗を忘れてしまいがちである。

歴史

日光分園は1902年に開設された。当初は東照宮に隣接した場所にあったが,すぐに手狭になり,田母沢御用邸に隣接する現在の場所に移された。大正天皇は田母沢御用邸で夏を過ごされたが,御用邸に滞在中は毎日のように分園を訪れ,「日光避暑」という漢詩を詠まれた。この詩は分園に記念碑として残されている。太平洋戦争後,田母沢御用邸の一部を譲り受けることで分園の敷地は拡大し,現在では10.4 haとなっている。分園では植物の生態を考慮した植栽が行われており,沢沿いの植物は沢沿いに,林床の植物は林床にある。そのため,一般の入園者からは自然そのままの植物園と思われることもある。

日光の春は遅い。冬の間は閉園している分園では,4月に入ると防寒用の落ち葉が取り除かれる。4月15日の開園からゴールデンウィークにかけて樹木の花が一斉に咲き,分園は一気に春の様相となる(図2)。

分園の自慢の一つは,野生のサクラのコレクションである。サクラはたくさんの花をつけるのだが,サクランボを作る,つまり種子を作るというメスとしての機能をもつ花の割合はひじょうに少ない。これはサクラの花の大半が,花粉を作るというオスの役割しかもたないようになっているからである。この現象の適応的な意義は,動物の性比に関するフィッシャーの理論を援用することで理解できるようになった。現在は,メスとして機能する花の割合を決めるメカニズムの解明をはじめようとしている。

夏になると植物学教室の3年生が分類学野外実習のためにやって来る。学生の大半は都会育ちであり,ここではじめて野生の植物に触れる経験をする学生も少なくはない。実習では日光白根山に登る。亜高山帯針葉樹林の植物を学ぶためではあるが,登山そのものも強烈な印象となるようだ。

樹木の中には,同じ種が数年に一度,一斉に開花・結実するという一斉開花を行うものが多い。どのようなメカニズムで一斉開花が引き起こされ,どのような理由でそれが適応に役立っているのか,という問題は未だに完全には解かれていない。今春,男体山でシラビソという針葉樹が一斉に開花した(図3)。前回の開花は2001年であり,4年ぶりの開花であった。私たちは開花前に個体のすべての花を除去し,結実させないようにしてみた。擬人化していえば「結実すると疲れてしまうので,しばらくは開花させるだけの余力がなくなる」という仮説を検証するためである。この仮説が妥当ならば,花を摘んで結実を抑制すると来年も開花するはずである。秋になってから来年用の花芽が分化したかどうかを調べてみると,花を除去した個体では花芽分化のおきているものがみられた。4年間,開花を待ち続け,標高差1000mを往復する作業を繰り返すことで,やっと一斉開花のメカニズムを解明する手がかりを得られたようだ。

日光の紅葉は日本でも屈指の美しさである。針葉樹の緑と落葉樹の赤と黄色のコントラストが日光の紅葉を際だたせている。分園の紅葉は11月上旬が見頃となっている。

落葉性の植物は秋になると,緑色の色素を作っているタンパク質などの,窒素を含む有機物を葉から回収する。そのため,他の色素の色が見えてくる。それが紅葉あるいは黄葉である。窒素固定を行う落葉性の植物の中には窒素の回収を行わないものが多く,これらは寒波がやってくるまで緑色の葉を維持する(図5)。従来,窒素固定植物にとって窒素は余っているから回収しないのだ,と考えられてきた。しかし,窒素固定は大量のエネルギーを必要とするプロセスである。エネルギーを投入して固定した窒素を無駄に捨てるはずがない,と思って調べてみた。すると,窒素固定植物は窒素を回収しない代わり,寒波によって葉が枯死するまでずっと光合成を続けていることがわかった。一般の植物が窒素を回収したあとで,窒素固定植物が光合成によって固定したエネルギーは,回収せずに捨ててしまう葉の窒素を固定するのに使ったエネルギーよりもずっと多かった。窒素固定植物にとって,紅葉しないことの収支は黒字だったのである。

閉園したあとの分園は静寂そのものである(図6)。しかし,技術職員は休む暇がない。冬の間も植物の手入れが続くからである。

研究も寒冷地ならではのものとなる。暖かな東京の常緑樹はシイやカシなどの広葉樹であるが,寒冷な分園から上部ではモミ,ツガ,シラビソなどの針葉樹になる。こうした常緑樹の分布は細胞の耐凍性の違いからでは説明できなかった。調べていくうちに,水が問題であることがわかった。樹木の幹には,凍ったときに気泡ができやすいものとできにくいものがある。常緑広葉樹は気泡ができやすく,この気泡は氷が融けたあとも残り,水の移動を妨げる。そのため,幹が凍結する寒冷地では,常緑広葉樹は冬の間に水不足となる。一方,常緑針葉樹は水を通す管の構造の違いにより,この気泡ができにくい。そのため常緑針葉樹は寒冷地でも生きていけるのである。

これから

分園の研究はここで紹介してきたように,分園の植栽やフィールドを使った植物の生態に関するものが多い。2500種の野生植物のコレクションと,日光の豊かな自然があることを考えれば,今後も野生の植物を対象とした研究が分園の特徴となり続けるはずである。

植物園の詳細や開花情報などはホームページに掲載してあるのでご覧いただきたい。そして,一度日光分園を訪れてもらえるとなおありがたいと思っている。交通案内,園内の詳しい地図,開花や紅葉の状況などは,ぜひ右下の囲み記事にあるホームページでご覧いただきたい。12月1日から翌年の4月14日まで閉園し,一般公開は行っていないが,研究や教育に必要な場合はこの期間でも入園することができる。また,園内には築100年を超える日本家屋がある。これはもともと松平子爵の別邸であり,趣のある建物である。現在この家屋は学生や研究者のための簡易宿泊施設として使われており,予約していただければ,セミナーなどで利用することができる。園内の案内が必要な場合,あらかじめ予約があれば,できる限り教員が対応することにしている。

Infomation

所在地:
〒321-1435 栃木県日光市花石町1842
電話:
0288-54-0206
FAX:
0288-54-3178
URL:
http://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/nikko/NikkoBG.html
開園期間:
4月15日から11月30日まで
閉園日:
毎週月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日)
開園時間:
午前9時から午後4時30分(入園は午後4時まで)
入園料:
大人(中学生以上) 330円
小人(6歳以上) 110円
一般団体(30名以上) 220円
学校団体※(20名以上)
高校生 220円
中学生 170円
小学生 90円
※教師が引率する団体。教師の料金は児童生徒と同じ