第3回

原子核科学研究センター(和光分室)

大塚 孝治(原子核科学研究センター 教授)

原子核科学研究センターのウェブサイト

図1:物理学科3年生の学部実験風景。実際に先端研究に使われているサイクロトロンを用いて,原子核によるアルファ粒子の散乱や,回転バンド・スペクトルの検証をする。

図2:重イオンビームのもとになるイオンを作るハイパーECRイオン源

図3:CRIB装置。天体現象では,極めて低速で動く不安定短寿命核が反応を起こすので,それに近い条件で実験を行う。

図4:ガンマ線検出器。標的(中央の金属チューブ内)のまわりを,多数の検出器(緑の筒)で取り囲み,励起された原子核が放出するガンマ線を検出する。

図5:偏極標的。ナフタレン中の水素のスピンをレーザー(緑色)で偏極(向きを揃える)させ,電磁石(赤および青の部分)で保持して標的とする。

図6:米国ブルックヘブン研究所での「フェニックス」実験。金と金のイオンどうしの衝突をさせた後の放出粒子の飛跡を示す。

図7:理論計算用並列計算機。180台のCPUからなり,不安定原子核の量子構造シミュレーション計算を行う。科研費特別推進研究(代表者大塚孝治)による物理学専攻との共同事業。

図8:SHARAQプロジェクト。緑の扇形の電磁石で,反応後の原子核を運動エネルギーによってより分ける,高分解能スペクトログラフである。科研費特別推進研究(代表者酒井英行)による物理学専攻との共同事業。

理学系研究科附属原子核科学研究センターは,東京大学における原子核科学の研究と教育を担っているばかりでなく,英語名(Center for Nuclear Study)の略称CNSの名で広く世界にも親しまれ,原子核物理学の世界的な拠点の一つである。特に重イオン科学に重点が置かれ,隣接する理化学研究所(理研)との共同事業の下に,最先端の研究を展開するとともに,国際拠点としての活動を推進している。さらに米国ブルックヘブン国立研究所における,高エネルギー重イオン衝突実験の一翼も担っている。東京大学における数少ない加速器施設として,関連する加速器科学などの研究も行い,その特徴を活かして,学部も含めた教育にも貢献している。

沿革

CNSの歴史は1997年,伝統ある東大原子核研究所(核研)が改組されて,高エネルギー加速器研究機構とCNSに分かれたところから始まる。当初から本部は理学部1号館に設置されたが,研究活動は核研から引き継がれた設備を用いて(当時はまだあった)東大田無キャンパスを中心に行われた。2000年の東大キャンパス計画に伴い,理研和光キャンパス内に(田無キャンパス廃止,柏移転遅延に伴う暫定施策として)和光分室を仮住まいで開室,2001年にはプレハブ3階建ての実験準備棟が竣工した。これは理学系研究科・理研間研究協定に基づいたものである。文部省と科学技術庁の統合の先導的な産物という形で,このような確固とした研究拠点ができたのは大変すばらしい事で,理学系研究科,東大本部,文部省,理研の関係各位のご尽力の賜物でもある。和光展開はCNSにとって大きな転機となった。田無から移設された設備に加え,新たに先端的な実験設備や加速器機器などを導入して研究環境を充実し,理研と共同事業をすすめながら,国内外の拠点としての活動を行ってきた。2005年には,外国からの委員も含めた外部評価を受け,研究科長への報告でその活動は高く評価されて,将来への強い期待が示された。

施設の概要と魅力

東武東上線の和光市駅から南東の方向に進み,国道254号線を越すと,理研の和光キャンパスがある。その奥まった一帯が,加速器を用いて様々な研究を行なっている部分で,CNSの3階建ての実験準備棟もその中にある。表紙写真の手前の方にある直方形の建物がそれで,その背後には,白く塗られた理研の仁科記念棟がある。これは,日本の原子核・素粒子研究の開祖というべき仁科芳雄博士にちなんでいる。

原子核や素粒子は,光の波長よりもはるか小さく,それらの研究には,光で見る代わりに,粒子をぶつけて,その結果として起こる反応を調べる。そのためには,イオンや電子を電磁力で加速する粒子加速器が必要である。理研には,地球上にはないエキゾチックな原子核の研究に威力をもつ,重イオン加速器があり,CNSも深く関わっている。現在ある加速器は仁科記念棟に設置されており,まもなく完成の世界最新鋭・最大級のRIBF(ラジオ アイソトープ ビーム ファクトリー)が表紙写真ではその背後に見えている建物内にある。重イオンビームは,生命科学,医学,工学などにも大きな役割を果たしている。

CNS実験準備棟では,そのような加速器を使った実験のための新しい機器や,加速器を構成する機械の開発が進められている。このようにして作られた加速器や研究用装置は,上記の理研の建物の中に設置されている。仁科棟は,表紙写真では中央部の2階建ての平凡な建物に見えるが,主要部分は地下にある5階建て相当の大構造物であり,その壁は,放射線を防ぐ厚さ5mのコンクリートでできている。その中に,実際には幾つもの加速器から構成される世界有数の重イオン加速器システムや,CNSの諸設備があり,24時間休みなく稼動し,データを生み出している。

研究と教育

加速器科学は,その基礎から応用まで,自然科学の中で不可欠の研究領域となっている。CNSは,東京大学におけるこの分野の研究と教育に中心的な役割を果たしている。

教育面においては,物理学専攻の協力講座として大学院教育に携わり,さらに理学部物理学科の学部3年生の学生実験のテーマの1つである「原子核散乱」を,理研の協力を得て実施している。学部生にとって,日常では目にしない加速器や大型実験装置,それも最先端のものに触れる貴重な機会となっており,原子核物理学を専門分野とするか否かにかかわらず,学生の間で大好評である(図1)

研究面では,重イオン加速器技術の開発研究を行なっており,実際,理研の加速器システムのある部分はCNSによるものである。その中には,原子番号113の新元素の発見に用いられた重イオン線形加速器の後段部分や,現時点で重イオンビーム生成に用いられるイオンの約半分を供給している,ハイパーECRイオン源(図2)などがある。

核物理学の最近の重要テーマとして,地球上に安定には存在しないものの,人工的に作ることはできる,約7,000種類の不安定原子核の物理がある。そこでは,量子多体系としてそれら原子核の持つ未知の構造の探求,それらを支配する力の解明,それらの原子核の衝突反応などが研究されている。地球で天然にはない不安定核も,天体では,超新星爆発時などで日常的に大量に作られ,人体を作る炭素,酸素から金属やウランまで,さまざまな元素が不安定核を含むプロセスで出来たと考えられている。それらの根本的な理解は,宇宙の諸現象の解明にも欠かせない。こうした短寿命の不安定原子核の研究は,まだ始まったばかりであり,天然の原子核にはない,中性子ハローや新しい魔法数の出現が見られ,エキゾチックな形や励起モードが発見されつつある。

CNSでは,特徴のある実験設備が活躍している。たとえば,天体内部における原子核現象の解明に活躍する低エネルギー短寿命核ビーム生成分離器(CRIB)(図3),不安定核の構造の研究に必要な大効率高分解能ガンマ線検出器(図4),世界的にもユニークな偏極標的(図5)などである。ガンマ線検出器により不安定核での殻構造の変化が明らかになり,偏極標的は3体力などの解明に威力を発揮している。半導体製作のための新しいイオン源の開発や,医療診断などに利用される新しい検出器開発なども進められている。

実験と並行して,高速の大型並列計算機を駆使した原子核量子多体構造の理論研究でも,CNSは世界をリードしている(図7)。

国際協力と社会的貢献

CNSの研究教育活動は,世界の真の拠点となるべく,国際共同研究をベースに進められている。CRIBを用いた宇宙核物理実験の多くが国際共同研究として行なわれ,スピン核物理研究では,ロシアのドゥブナ研究所において共同研究が行なわれている。

加速器,検出器,測定手法などは,いろいろな分野に応用され用いられてきた。本センターでは,重イオン源開発のほか,ゲルマニウム・ガンマ線検出器を使った陽電子対消滅トモグラフィ(PET)開発,さらには,新型ガス検出器よるX線トモグラフィーへの応用などが試みられている。

課題と展望

重イオン物理をさらに発展させるべく,世界最先端の性能をもつ不安定核加速器であるRIビームファクトリー(RIBF)が,理化学研究所にて完成間近である。RIBFにおいても,CNSは主要実験装置として,荷電粒子の運動量を精度よく分別する大型高分解能スペクトログラフSHARAQを建設し,世界初の短寿命核ビームでの高分解能測定を目指している(図8)。例えば,中性子星のかけらと考えられる中性子ナゲットや,超重水素同位体,高い振動数をもつ様々なスピン振動,極端に中性子過剰な原子核の質量測定など,斬新な研究が期待される。

今後,重イオン科学発展の鍵となるのは,欧米の主要研究機関や理研などを含めた,世界の基幹ネットワークの構築である。CNSには,それに向けて指導性を発揮し,その一極を担うための国際重イオン科学センターを設立することが求められている。

Infomation

施設のより詳しい紹介や,利用方法等はホームページをご覧ください。

また,施設見学は,加速器が昼夜運転ですので,前もってご連絡ください。