第1回
東京大学大学院理学系研究科附属

ビッグバン宇宙国際研究センター

センター長 牧島 一夫(物理学専攻 教授)

ビッグバン宇宙国際研究センターのウェブサイト

前身は初期宇宙研究センター

ビッグバン宇宙国際研究センター(ビッグバンセンター)は,本郷キャンパスにある理学系附置の4センターの1つである。ビッグバン(Big Bang),すなわち宇宙開びゃくを告げる大爆発という名のとおり,宇宙の起源と進化という,物理学と天文学の融合領域が,その研究課題である。本センターはまた,法人化前に設立された理学系附置センターのうち最新のものであり,バブル崩壊から今日にかけて,基礎研究をとりまく環境の激変を記録する生きた証人ともなっている。

1995年度,文部省(当時)が大型科研費として「COE(卓越した研究拠点)形成基礎研究」を新設するや,物理学専攻と天文学専攻のあわせて10名の教員は緊密に協力し,佐藤勝彦教授をリーダー,釜江常好教授(現名誉教授)を軍師として,初期宇宙と素粒子のつながりを重視した課題「初期宇宙の探求」で応募し,第一期テーマ6件のひとつとして採択された。間接経費のない時代,この科研費では大学が営繕工事などを支援することが義務づけられており,おかげで4号館ピロティ部に事務室や計算機室を,また6階にクリーンルームを整備できた。こうして前身となる「初期宇宙研究センター」が研究科の内部措置として設立されたのである。

このCOE研究は高度な水準で進められ, 1998年度に国際的な外部評価委員会により高い評価を受けたことから,当初は1995~1999の5年間だった研究期間に2年の延長が認められた。ここでは文部省による最終評価文を,少し読みやすく抜粋・改変して引用しよう。

「宇宙はどのように生まれ,どのように進化し,現在の多彩な姿に至ったか」という人類の根源的な問いに対し, 1990年頃までに,「量子揺らぎによりミクロ宇宙が誕生し,それがインフレーションによりマクロなビッグバン宇宙として出現し,その中で銀河など天体構造が成長した」という,一般相対論と素粒子論にもとづく筋書きが見えてきた。「初期宇宙の探求」はこの抽象的な筋書きに肉づけを与えるため,世界に誇る布陣で臨んだ。

理論研究,計算機実験,光学やX線の宇宙観測が進められ,反陽子探査の気球実験がくり返され,国際協力による宇宙の地図作りも進んだ。ハワイではマグナム望遠鏡が,富士山頂では日本初のサブミリ波の望遠鏡が,神岡鉱山の地下では暗黒物質の探査装置が,稼動を始めた。星の誕生の現場や,星の最期である超新星爆発のシナリオの理解が進み,ブラックホールが宇宙の随所で発見された。物質と反物質の非対称性が明確になり,暗黒物質の正体が絞り込まれ,暗黒エネルギーの存在さえ現実味を帯びて来た。これらの成果は,インフレーションとビッグバンに立脚した宇宙の誕生と進化の筋書きを,格段に強めることに成功した。

以上のように本COE研究は,物理学の中心課題のひとつである初期宇宙と宇宙進化の問題に対し,新しい着想と着実な計画に基づき,多くの期待以上の成果を挙げた。世界的な拠点形成という観点からも大きな意義があったと判断される…。

競争的資金と校費を組み合わせたこの「COE形成基礎研究」は,研究科レベルでも大規模研究を純粋にボトムアップ的に実行できるというすぐれた仕組みだった。しかしバブル崩壊の津波が遅れて基礎科学の分野にも到来し,予算の削減,競争と差別を礼賛しすぎる風潮などを受け,この「筋の良い」プログラムも,2001年度を最後に新規採択は終わりを告げた。その後は国立大学法人化の嵐が吹きすさぶ中,大型競争的資金は,「21世紀COE」,「魅力ある大学院教育イニシアティブ」を経て,「グローバルCOE」や「世界トップ拠点形成」へと変質してゆく。

ビッグバンセンターの設立

図1:ビッグバンセンター設立のさい,文部省(当時)向けの概算要求に用いたポンチ絵の一部

図2:2001年11月13~16日に本郷キャンパスで開催された,第5回 RESCEUシンポジウム。主題はNew Trends in Theoretical and Observational Cosmologyで,ホーキング博士(前列中央)もお迎えした。

「COE形成基礎研究」では研究期間が終わった後,築かれた研究拠点を文部省令に基づく学内施設として定着させることが推奨された。そこで物理学専攻と天文学専攻の多大なご理解のもと,それぞれ2つと1つの教員ポストを供出していただき,それを元資に佐藤教授や牧島が中心となって概算要求を行った(図1)。事務方の多大なご支援のおかげで,科研費の終了を待たず1999年度より,理学系附置の省令施設としてビッグバンセンターが発足し, 2001年度末に一方の看板を下ろすまで,4号館ピロティには「初期宇宙研究センター」と「ビッグバン宇宙国際研究センター」の2つの看板が並んでいた。英語名はともにRESCEU(Research Center for the Early Universe)である。

ビッグバンセンターの教員の定員は,純増の1を加えて4名で,兼務のセンター長,時間雇用の事務職員,1~2名の機関研究員,数名の学振PD,約10名の大学院生を含めても,小ぶりな組織である。初めは第二食堂裏のプレハブに住み, 2005年度からは理学部4号館の6階を使わせていただいている。組織は,純理論から出発してトップダウン的に宇宙を理解する「初期宇宙論部門」と,観測結果からボトムアップ的に宇宙像を構築する「初期宇宙データ解析部門」と2部門のみだが,それを補うため,本センターは2つのユニークな仕掛けをもっている。

そのひとつは,「素粒子論的宇宙論」部門を設け,それに外国人客員教授ポスト1を充てたことである。毎年2~3名の外国人研究者が交代で来日し,センターの活動に貢献している。岡村副学長のお力ぞえにより今年度から,滞在期間の制約が3ヶ月以上から1ヶ月以上に緩められた。すぐれた研究者は,3ヶ月も母国を留守にできないことが多いので,これで候補者の自由度が大きく広がったといえる。

もうひとつのしくみは,センター所属の教員団のまわりに物理や天文の10名ほどの「研究協力者」を配置し,初期宇宙センターでの組織と成果を最大限に活かす組織形態をとっていることである。本センター自体は理論研究が中心だが,研究協力者の約半数は実験観測屋であり,COE時代に科研費により建造した観測装置群を,ビッグバンセンターの運営費交付金を用いて維持運営することにより,ひじょうに活発な研究成果をあげている。おかげでビッグバンセンターは,表および裏表紙に示すように7つのプロジェクトを擁する多角経営の組織となっており,ビッグバンの旗印は,富士山頂,神岡鉱山,ハワイ,北米,アンデス山脈,南極,そして宇宙空間にまで及んでいる。

本センターではCOE時代から,積極的に国際シンポジウムを開催してきた。センターの幅広さと佐藤教授の求心力のおかげで,シンポジウムはつねに大盛況。ホーキング(S. Hawking)博士も数回お招きしている(図2)。2001年11月に同博士に講演会をお願いしたさいには,来場者が安田講堂から正門をへて,なんと赤門への途中まで行列をなすほどだった。

センターの活動と成果

図3:2004年12月13日,南極マクマード基地の近くから放球されるBESS実験装置

ビッグバンセンターの7つのプロジェクトの中から,ここでは例としてBESS実験(Balloon-Borne Experiments with Superconducting Spectrometer)を紹介しよう。これは両センターの重要メンバーだった故・折戸教授が始めたもので,同教授は2000年11月14日,痛恨にも在職中に他界されたが,あとは物理学専攻の佐貫智行助教や高エネルギー加速器研究機構(KEK)の山本明教授らがひきつぎ,東大,KEK,神戸大,JAXAなどが,米国のグループと共同で実験を推進している。

初期宇宙で形成された可能性のある多数のミニブラックホールは,粒子と反粒子を生成しつつ蒸発すると予言される。大気圏外で,宇宙から飛来する反陽子を探査すると,その予言が検証できるであろう。そこで極薄の超伝導磁石の技術や,素粒子検出器の技術の粋を集め,荷電粒子の識別装置を開発し,気球に乗せたものがBESSである。1993年から,地磁気の極に近いカナダ北部で気球実験を繰り返し,きわめて多くの反陽子を検出することに成功した。その大部分は星間空間で作られる2次的な反陽子だが,ブラックホール蒸発による反陽子がその中に隠れているかもしれない。BESSはまた大気中での宇宙線ミューオン,宇宙線陽子のスペクトルなども,従来にない精度で測定し,宇宙線計測の歴史を大きく塗りかえた。2004年12月には,関係者が体を張って8日にわたる南極一周の気球飛行を成功させ(図3),1000個を越す反陽子を含み,じつに9億イベントの宇宙線をキャッチしている。

施設の将来

初期宇宙研究センターの設立から今日までの12年間に,宇宙の研究は劇的な進展をみた。ハッブル宇宙望遠鏡とWMAP衛星の活躍で,宇宙の膨張速度をあらわすハッブル定数はH0=72km/s/Mpcであり, 宇宙はユークリッド幾何学に従い,その年齢は137億年で,エネルギー密度の約3/4は暗黒エネルギーが占め,残る1/4の大部分が暗黒物質であることが,確実となったからである。本センターではこれらの衛星プロジェクトに直接には参加していないが,吉井教授らは銀河の深宇宙探査から,また須藤教授らは銀河団の統計から,ともに暗黒エネルギーの卓越をすでに予言していたし,MAGNUM望遠鏡もH0として、上記と矛盾ない値を導いている。

さらに重要なことは,これら最新の観測データが,1980年代に佐藤教授が提案したインフレーションという考えを,さらに強める結果となっていることである。ビッグバンセンターは今まさに,「宇宙はどうやって作られたか」という人類の長年の課題に,答えを出しつつある。こうした成果を踏まえて本センターは2005年1月,物理学専攻などとともに外部評価を受け,再び高い評価をいただいた。

このように宇宙誕生のしくみがわかってきたが,そこで新たに登場した巨大な謎は,宇宙膨張を加速させ,その運命を左右する,暗黒エネルギーの正体であり, 21世紀の物理学が挑戦すべき大テーマである。ビッグバンセンターは2008年度末で,法人化前に設定された10年の時限を迎える。法人化されたいま,時限を迎えた組織を継続させる手続きも変容をとげたが,われわれはこの暗黒エネルギーを研究の中心に据え,次の10年に向け発展的に自己改革を図ってゆきたい。すでに今年度には須藤教授をコーディネーターとして,学振先端拠点事業(拠点形成型)に「暗黒エネルギー研究国際ネットワーク」という課題で採択されるなど,そうした歩を踏み出しつつある。

ビッグバンセンターの7つのプロジェクトと関連する研究協力者。
「科研費」は, COE形成基礎研究「初期宇宙の探求」を指す。

Project1:初期宇宙進化論
宇宙論および素粒子理論の基本法則を出発点として,宇宙の創生進化の描像を理論的に導く。(横山B,樽家B,向山B,佐藤p,柳田p,須藤p
Project2:銀河進化理論
銀河進化理論。超新星,元素合成などに関する天文学的な観測データに基づき,宇宙進化の理論的な描像を構築する。(茂山B,野本a
Project3:可視光近赤外観測
科研費にてハワイのハレアカラ山頂に建造したMAGNUM望遠鏡を用い,多波長モニターを軸に宇宙年齢を探る。(吉井m,峰崎m
Project4:サブミリ波観測
富士山頂(科研費の支援による)やアンデス高地で,サブミリ波やテラヘルツ波を用い,星の誕生を探究する。(山本[智]p
Project5:暗黒物質の直接検出
科研費の支援を受け開発した高性能の検出器を用い,暗黒物質粒子および太陽アクシオンの直接検出を目指す。(蓑輪p
Project6:銀河と宇宙構造の研究
スローンディジタルスカイサーベイ(SDSS)計画に参加し,宇宙の地図作りと広域探査に挑戦する。(岡村a
Project7:飛翔体による観測データを用いた宇宙の研究
7-1:科研費の支援を受けた「すざく」衛星などを用い,X線で宇宙を観測する。(牧島p
7-2:反物質を探査するBESS気球実験を,南極などで行う。(山本[明]k,佐貫p

(B=ビッグバンセンター,p=物理学専攻,a=天文学専攻,m=天文学教育研究センター,k=KEK)