はやぶさサンプル-小惑星イトカワの砂粒-

はやぶさサンプル-小惑星イトカワの砂粒-

長尾 敬介(地殻化学実験施設 教授)

図1
図1:はやぶさ粒子RA-QD02-0053から,200℃の加熱で抽出されたヘリウムの同位体3He の質量スペクトル。左上の電子顕微鏡写真はJAXA 宇宙研提供。
図2
図2:第2回国際公募研究で配分されたはやぶさ粒子の分析中に,モニターに映されるレーザー加熱を観察している様子。

地質学においては,その辺に転がっている素性のはっきりしない岩石を研究試料として用いることは,厳しく戒められているそうである。空から落ちてきた石を用いて太陽系の成り立ちを調べるのは,まさに転石研究である。隕石落下中の写真に基づいた軌道解析から遠日点が小惑星帯にあることや,いくつかの隕石グループに似た反射スペクトルをもつ小惑星が存在することも分かっているが,小惑星と隕石を結びつける確実な証拠は無かった。JAXA探査機はやぶさが持ち帰ったイトカワの岩石粒は,隕石と小惑星とを直接比較検討して転石研究を卒業できる可能性がある最初のサンプルであった。はやぶさサンプルのもうひとつの重要な点は,採集カプセルに守られて地球大気と接触せず高温も経験していないために,大気の無い小惑星表面にあって太陽系空間に直接接していた状態を保存したことである。

初期分析を行う国内の研究チームは,データを秘された模擬試料の分析コンペティションを経て,はやぶさ打ち上げ前の2002年にはほぼ決まっていた。東京大学では,われわれ希ガス分析グループが唯一のチームメンバーであった。はやぶさの帰還はトラブルの連続だったので,一時はほとんどあきらめかけた。2010年6月13日,オーストラリアへの完璧な帰還をインターネットで見たときには,この貴重なサンプルの分析が現実になることに対する恐れの感覚を覚えた。さまざまなサイズの試料に対応した分析を想定して,非破壊分析から破壊分析への効率的な分析をチームで検討して備えていたが,実際のサイズはまさに“ 想定外”の小ささであったため計画通りには進まなかった。われわれが行った希ガス同位体分析では,大気希ガスの汚染を避けるために特別な工夫をしたサンプル容器を急遽設計製作した。宇宙研のキュレーション施設に設置されたグローブボックス内で,中村智樹氏(現東北大学)が40–60マイクロメートルの大きさのサンプル3個を,静電マニュピレーターを使ってほぼ一日かけてわれわれのサンプル容器に移した。

サンプルの輸送は二人以上で行い,飛行機や自家用車は使わないなどの制限があった。相模原の宇宙研から兵庫県のSPring-8を経て九州大学に行き,その後また北海道大学まで列車を乗り継いだ人たちもいる。われわれはカメラ用アルミトランクに入れたサンプル容器を,JR-小田急-千代田線経由で運んだが,宇宙研玄関で撮ったトランクをもった写真をある講演会で紹介した後にお咎めを受けた。どのような方法で運んでいるかを外部に漏らしてはならない,という守秘違反であった。

分析は,10年前にコンペティションに参加したメンバーを集めて2011年2月初めに行った。図1のヘリウム(3He)質量スペクトルを見た瞬間には歓声を上げた。太陽風起源ヘリウムの存在を明瞭に示しており,紛れもなくイトカワ表面にいて太陽を直接見ていた粒子であることを証明したのである。2011年3月に米国ヒューストンで開かれた国際会議LPSC に先だって1月初めにアブストラクトを投稿した時には,分析試料の配布前だったので初期分析チームの誰も分析データをもっていなかった。3月10日(現地時間)に初めて成果を世界に公表したはやぶさ特別セッションが成功裏に終わり,お祝いの夕食会を開いた。その夜に東北地方の大震災を知ったショックは忘れられない。分析の詳細は地殻化学実験施設ホームページにある,「はやぶさが持ち帰った小惑星の微粒子を分析-希ガス同位体分析からわかったこと-」を参照願いたい。

その後,2012年と2013年の2度の国際公募研究でそれぞれ2個と3個のサンプル配分を受け,合計8個の粒子がわれわれの実験室で希ガス分析のために消滅した。用いた希ガス専用質量分析装置は,もっているノウハウのすべてを注ぎ込んでつくり,15年かけて育て上げてきたものである。