生命科学に活躍する海洋生物と臨海実験所

生命科学に活躍する海洋生物と臨海実験所

赤坂 甲治(臨海実験所 教授)

図1
図1:バフンウニ
図2
図2:磯での採集

附属臨海実験所(通称三崎臨海実験所)がある神奈川県三浦には,世界でも稀な豊かな生物相をもつ海がある。三浦の海には,太平洋から黒潮が流れ込み,東京湾から流れ出す人間活動がもたらす栄養塩類がほどよく混じり合う。その結果,きれいな海に,動物の栄養源となる植物プランクトンが豊富に生産される。また,複雑な地形が多様な環境を形成しているため,それぞれの環境に適応するさまざまな生物種が生息する。128年前,1886年(明治19年)に臨海実験所が創設されて以来,多くの新種が記載され,これまでに採集された生物は動物だけでも約900種になる。多様な海洋生物は,分類学や,多様性を生み出した進化の研究に貢献してきた。

近年は,細胞生物学や分子生物学の進歩に伴い,海洋生物は先端生命科学にも大きく貢献している。多様な生物の中から,実験に適した特徴をもつ動物を選び出して研究すれば,効率よく成果が得られるからである。たとえば,光るタンパク質GFPはクラゲ,記憶のメカニズムはアメフラシ,細胞周期を調節するサイクリンはウニ,神経伝達機構はイカ,食細胞(白血球)はヒトデを用いて研究が行われた。これらの動物はノーベル賞受賞に貢献している。

私自身も30年ほど前に,動物の発生過程における遺伝子発現調節の実験に,ウニが適切であると判断した(図1)。当時は,動物の遺伝子の研究はほとんどなく,特定の遺伝子を得るためには,タンパク質を精製し,アミノ酸配列を決定し,塩基配列を予測する必要があった。ウニを用いれば,胚を大量に得られるため,目的が達成できる。やがて,発生時期・組織特異的に発現するARS遺伝子の単離に成功した。これをモデルとして研究を行い,「遺伝子調節ネットワーク」の研究に貢献することができた。また,リソソーム酵素とされていたARSは,ウニでは細胞外マトリックスの構成要素であることを明らかにし,マウスやヒトでも同様であることを示すことができた。

ARS変異による遺伝病のムコ多糖症は,有効な治療法がなく,不治の病とされているが,細胞外マトリックスとしてARSをとらえることにより治療法の糸口が見えてきている。 当臨海実験所の教員6名は,現在,ウニ,ナメクジウオ,ホヤ,ナマコ,フグ,ウミシダを実験動物として用い,研究を展開している。次は,どの生物の特徴に注目して,生命のしくみの謎を解くのだろうか。理学部生物学科では,磯や干潟,海底から,さまざまな生物を採集して,約一週間かけで観察・スケッチする実習が行われている(図2)。三崎臨海実験所で採集できる多様な生物をじっくり観察するところから始め,生命科学に貢献する研究に発展させることができるよう,学生たちに期待したい。