加速器からの「放射光」を用いたサイエンス

加速器からの「放射光」を用いたサイエンス

岡林 潤(スペクトル化学研究センター 准教授)

図1

高エネ研放射光施設(KEK-PF)の実験ホール

「見えないものを見る」というのは,科学者の夢である。その目的に応じた光を自在に使うことができれば,サイエンスの進展につながる。光の波長領域に応じて,それぞれ特有の物質や生体との相互作用を直接観測することができるため,さまざまな光を用いた研究が行われている。ナノテクノロジー分野の研究は原子の観測や操作が必要となるレベルに達しており,原子半径と同程度の波長をもつX線領域の光が必要となる。加速器で発生する「放射光」は,高輝度で集光された波長可変の光で,知りたい元素のみの情報を検出できる,まさに「魔法の光」である。加速器により電子を光速近くまで加速するため大がかりな装置になるが,日本には数か所の実験施設がある。茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構 (KEK) にある放射光施設は,フォトンファクトリー (PF) と呼ばれている。そこでは,加速器において加速される電子の軌道の接線方向に放出される電磁波がビームラインに導かれ,試料のさまざまな分析に利用されている。ちなみに,世界的に知られたKEKという略称は日本語の頭文字から来ている。また,PFの隣には一周約3kmの大きな加速器リングがあり,素粒子物理学の研究が行われている。2008年にノーベル物理学賞を受賞された小林誠博士もいらっしゃる。筆者の属する理学系研究科スペクトル化学研究センターは,PFにビームラインを所有し,軟X線と呼ばれる波長領域の光を用いた研究を進めている(理学部ニュース2010年7月号(42巻2号)理学のキーワード参照)。他によく知られた日本の放射光施設として,兵庫県にあるSPring-8 (Super Photon ring-8 GeV) が挙げられる。

さて,この記事では,KEKのビームラインで行われている研究を紹介しよう。物質の構造を決めて,性質を解明することは,物理学や化学の研究の醍醐味である。また生命科学では,生体の性質の解明を目指している。そのため,原子レベルでの構造(結合)と物性(性質)を決定することが必要になる。そこで,放射光を用いた回折などによる構造決定,スペクトロスコピーによる物性解明の出番となる。複雑なタンパク質の構造の決定,薬の効果のメカニズムの解明,超伝導の発現メカニズムの解明,化学反応における触媒の役割の解明,地球内部構造と同等の高圧環境下での結晶構造の決定,微量成分の分析など,サイエンスにおける多くの分野の研究が進められている。

物質に放射光をあてると,光電効果により光電子が放出される。この光電子のエネルギー分布を調べることで,物質の性質を知ることができる。この原理を活用した光電子分光を用いて,筆者らは,省エネルギーで動作する素子の開発やレアメタルを置き換える性質をもつ材料の開発などに関わる研究を進めている。また,高速で大容量な磁気記録を可能にする物質設計を目指して,放射光分光を用いた元素を識別できるスペクトロスコピーの研究も進めている。

理学系研究科においても,多くの研究者(教員・大学院生)が放射光を使って研究を進めている。PF内では,知り合いの研究者と逢うこともある。みんなが放射光を使って最新のデータを取るためにがんばっている。24時間体制で実験を進めることもたびたびである。というのは,放射光を使うことのできる期間は限られているからである。放射光を最大限に有効活用しようと全国のみならず世界中から研究者が訪れる。そして,多くの成果が研究論文として出版されている。このような大型施設を使って,放射光を使ったことで初めてわかる実験結果が得られたときは,とても嬉しいものである。