アタカマ砂漠 ASTE望遠鏡

アタカマ砂漠 ASTE望遠鏡

河野 孝太郎(天文学教育研究センター 教授)

図1

口径10mのサブミリ波望遠鏡「ASTE」。アタカマ砂漠の中で,パンパラボラとよばれる平原の,標高4,860m地点に設置されている。

昔からナントカと煙は高いところに登りたがると言われているが,ある分野の研究者もまた,そうした傾向を示すことが知られている。ミリ波サブミリ波であるとか,テラヘルツ波,そして,赤外線などとよばれる類いの電磁波を使った宇宙観測をする人種がその代表例であろう。この波長帯の観測では,何よりも大気中に含まれる水蒸気を嫌う。宇宙から到来するこれらの電磁波が,大気中に存在する水や酸素などの分子によって吸収され,地上にある私たちの望遠鏡へ届く頃には,すっかり減衰してしまうからである。遥か彼方の銀河を飛び出し,何億年,何10億年という旅をして,ようやく,いま私たちの望遠鏡に飛び込もうとしているフォトンが,地球大気に阻まれて,ゴール(というべきかはさておき)直前で力尽きるとすれば,なんと切ないことであろうか。そんな健気なフォトンたちが携えた天体からの貴重なメッセージを余さずとらえるべく,天文学の研究者たちは,水蒸気が少なく,そして,大気の薄いところ,すなわち標高の高い砂漠地帯を目指すのである。

アタカマ砂漠とは,南米チリの北部に広がる乾燥地帯の名称である。強い寒流であるフンボルト海流の存在により,海からの蒸発量が少ない。世界でもっとも乾燥し降水量が少ない地域として知られているばかりでなく,アンデス山脈の存在により標高も抜群に高い。1992年,波長1.4mm帯のラジオメーター(放射強度計)を自前で開発し,チリ北部の各所にもち込んで,世界に先駆けて最初のミリ波帯大気透過度を測定したのは私たちの研究グループであったが(そのラジオメーターの開発は当時大学院生だった筆者の修士論文のテーマとなった),その後の大規模な調査の末,アタカマ砂漠の高地が地上におけるもっとも優れたミリ波サブミリ波観測サイトのひとつであるということが明らかになった。標高が高くて空気が薄く,水蒸気が少ないということは,ミリ波サブミリ波の観測にとっては素晴らしいことであるが,そこで理学の研究を行う人間にとってみれば,とんでもない過酷な現場ということになる。乾燥して肌がガサガサになるばかりでなく,強い紫外線や急性高山病のリスクとも格闘しなければならない。そんな厳しくも素晴らしい理学の現場に,以来,世界各国の大学・研究機関が,最先端の望遠鏡や観測装置をもち込み,ミリ波サブミリ波から赤外線に至る波長領域での,新たな国際観測研究拠点が形成されている。その中には,わが国が北米や欧州各国と協力して建設・運用を進める,史上最大の望遠鏡「アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)」があり,また,もっとも標高の高い望遠鏡(5,640m)としてギネスブックにも認定された赤外線望遠鏡mini-TAOを擁する「東京大学アタカマ天文台(TAO)」もある(こちらは,また回を改めて詳しく紹介する機会があるだろう)。

ASTEとは,「アタカマ・サブミリ波望遠鏡実験」の略であり,アタカマ砂漠での優れた大気条件を活かして,サブミリ波帯での観測天文学を切り開く使命を担い開発・設置された,口径10mのサブミリ波望遠鏡の名称である(写真)。現在,その運用は国立天文台チリ観測所が担っているが,望遠鏡に搭載される観測装置の多くは東京大学が中心となって開発をしており,これまでに多くの大学院生が活躍している。サブミリ波帯やテラヘルツ帯では,幸か不幸か,観測装置の心臓部となる「検出器」は市販されていないので,天文学の研究者が,物理や工学の研究者と共にデバイス開発にも取り組む。考えようによっては面倒なことかもしれないが,いっぽうで,自ら開発したセンサーにより,人類がまだ見た事も無い新しい宇宙の知見を獲得するという醍醐味は,格別である。中には,そうしたデバイス開発の魅力に取り付かれ,クリーンルームに籠る人もいる(理学部ニュース2012年3月号「世界に羽ばたく理学博士」)。それもまた,天文学研究の面白さのひとつであり,理学の現場といえるであろう。

ASTE望遠鏡は,天体の構造を詳しく見分ける能力(解像度)についてはALMAより数桁劣るものの,広い天域を網羅的に観測して, ALMAで詳しく調べるべき興味深い天体を探し出すことができる。その成果は100編近い査読論文として出版されているが,たとえば,初期宇宙において爆発的に星形成を行っている特異な銀河の大量発見などを挙げることができる(理学部ニュース2011年1月号「研究ニュース」)。理学系研究科では,天文学教育研究センターの田村陽一助教を含めた筆者のグループが,ビッグバン宇宙国際研究センターと連携し,こうした初期宇宙における銀河進化の研究に取り組んでいる。また,物理学専攻の山本智教授のグループでは,テラヘルツ帯の超伝導受信機開発を行い,星間分子雲の観測研究を進めている(理学部ニュース2012年3月号「理学の匠」)。