マックスプランク研究所とCERNから

堀 正樹(マックスプランク量子光学研究所 グループリーダー)

図1

レーザーを調整する筆者

PROFILE

堀 正樹(ほり まさき)

2000年
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了,博士(理学)。日本学術振興会海外特別研究員(欧州合同原子核研究機構 CERN 派遣)。
2002年
CERN フェロー。
2007年
ドイツ・マックスプランク 量子光学研究所グループ リーダー。

高校を卒業したら,渡米して宇宙工学を学ぶつもりだった。修士の頃は,電気メーカーに就職して社会の役に立とうと思った。研究で取引のあった浜松ホトニクスに,うちに来て電子管を開発しなさいと言われた。もう15年も前のことである。

博士課程を修了後,学振の海外特別研究員制度を利用して,ジュネーブの欧州合同原子核研究機構(CERN)に行った。ここは円周27 kmの加速器 Large Hadron Collider (LHC) で有名だが,敷地の片隅に反陽子減速器 Antiproton Decelerator (AD)という円周180 mの加速器もある。その頃,日本の予算を使って建設している最中であった。反陽子とは,陽子と対を成す反粒子の一種であり,マイナスの電荷をもっている。これを使って反水素原子や反陽子ヘリウム(ヘリウム原子核の回りを電子と反陽子がまわる特異な原子)を生成して,レーザーで精密分光するのが目的であった。こういう実験ができるのは,今のところCERNだけである。

物理教室の早野龍五さんとの共同研究であったが,はじめの4年間は,唯一の現地常駐者だった。工作室に行って「これを変形のないように電子ビーム溶接してください。お願いですから,他のプロジェクトより優先順位を上げてください。」と,ひどいフランス語と手話を使って頼むのは疲れるので,しばらくは日本のメーカーに設計図を送って装置をつくり,現地に設置して実験を行っていた。そのうち成果が出て,ドイツ人のポスドクも加わって研究体制が充実した。二人いると重たい装置も素早く運べるので楽である。

その後, CERN フェローに採用された。反陽子の実験をやるだけでなく,研究所に貢献しなさいということで,線形加速器の診断装置をつくった。大きな建設チームで会議をやると,技術者がお互いに主張をぶつけ合って議論が噛み合わないまま終わることもある。すると後から,チームリーダーが個別のメンバーをコーヒーに誘って意見調整をする。事前に根回しをする日本とは逆の仕組みである。これには驚いたが,合理性も感じた。 

日本の自動車メーカーとの共同研究で,燃料電池からリークする水素ガスをレーザーで検出する装置をつくった。沢山の予算を,短期間で投入して結果を追求する姿勢に,日本のメーカーの底力を感じた。

そのうち,反陽子を捕獲して長時間維持するために,超伝導高周波トラップをつくることを思いついた。はじめは趣味で,現地の技術者で賛同してくれる人にお願いして図面など書いていたが,みるみるうちに設計が肥大化してしまい,相当の建設費がないと実現できないことがわかった。

欧州科学財団の若手研究費に申請するには,賛同してくれる受入れ研究所が必要である。ハンガリーではこのような予算は医療研究に投入したいと断られた。イタリア,イギリス,スイス,フランス,ポーランドの大学と研究所に手当たり次第に問い合わせたが,現在行われている研究と整合性のとれないテーマは難しい。ミュンヘンのマックスプランク量子光学研究所から,「素粒子物理はわれわれの本業ではないが,やってみなさい」と言われたときには,本当に嬉しかった。研究者は,理解を示してくれる国や研究所があって,はじめて血税を使って何かができるのだという,当たり前のことを思い知った。

現在は,マックスプランクで小さなグループを経営しつつ,半分の時間はジュネーブに滞在して,トラップの建設や,反陽子ヘリウム原子のレーザー分光実験を行っている。 日本に比べて,研究の進捗状況を報告する外部審査が頻繁に行われる。博士の学生を一人雇うには,年間数百万円かかる。「トラップの建設が遅れて申し訳ありません,しかし革新的な技術なので見通せない部分もあります」と冷汗をかきながら理解を求める日々が続く。光周波数コムを発明したT・ヘンシュ(Theodor Hänsch)教授のグループに所属して,高精度分光や原子冷却の技術を学ばせてもらっている。レーザーやマイクロマシン分野の進展には,目を見張るものがある。

理学部への進学を希望している皆さんに言えることがあるとすれば,技術や知識を身につけることはもちろん大事だが,それに頼ってずっと研究できるわけではないということだ。私のような若輩者でも,十数年の間に流行の分野が変わっていくのを見た。近年はその変化が加速しているようなので,いっそうの柔軟性が求められるのだと思う。