生態学の常識を企業の常識に

足立 直樹(株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役)

図1

企業向けに生物多様性の講演をする筆者

PROFILE

足立 直樹(あだち なおき)

1989年
東京大学理学部生物学科卒業。
1994年
東京大学大学院理学系研究科植物学専攻博士課程単位取得の上退学。その後,博士(理学)。
1995年
国立環境研究所で熱帯林の研究に従事。
2002年
コンサルタントとして独立。
2006年
株式会社レスポンスアビリティ設立。現在,同社代表取締役,企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長等。

大学院で生態学を専攻し,国立環境研究所に就職したところまでは研究者としてフツーのキャリアであったのだが,その後,3年間のマレーシア森林研究所(FRIM)勤務から戻ったところで研究所を飛び出し,企業向けの環境やCSRのコンサルタントとして独立した。当初はフリーランスとして,他のコンサルタント会社などと一緒に仕事をしていたが, 3年ほど前に自分の小さな会社を興した。 CSR(Corporate Social Responsibility)は,日本では「企業の社会的責任」と訳されることが多いが,これはやや誤解を招く表現であり,私は日頃,「企業が持つさまざまな資源(人,技術,経験,そしてお金)を使って,社会のさまざまな問題を解決する活動」と説明している。CSRにおいて生態系への配慮や貢献は非常に重要な課題のひとつであり,そこでまさに「理学的」な知識と考え方が役に立つ。

ブルントラント委員会が“Our Common Future”(邦題「地球の未来を守るために」)の中で「持続可能な発展」という概念を世に知らしめたのは1987年。私がちょうど理学部に進学した年だった。私自身も地球環境問題に関心があり,その解決には理学的なアプローチが役立つ考え,理学部で植物生態学を学ぶことを志した。

大学院では富士山をフィールドに基礎科学的な研究をしたが,その後就職した国立環境研究所でマレーシアの熱帯林の研究をすることになり,少しだけ「地球環境」に近づいた気もしたものである。しかし,そこで見たのは,研究フィールドとしていた小さな保護林のすぐ外では,オイルパームなどのプランテーション開発のために,天然林がどんどんと伐採されていく姿であった。植物の生態を研究し,熱帯林の仕組みをひとつひとつ明らかにしていく仕事はたしかに楽しい。しかし,何十年か後に「熱帯林はこんな仕組みでできていることがわかりました。でも,その熱帯林はもうすべてなくなってしまいました」,もしそんなことになったら,ブラックユーモアではすまされない。

また,私がマレーシアに赴任していた2000年前後というのは,ちょうど企業が「環境保全」を語り始めた頃でもある。しかし,マレーシアの日本人社会で知り合った企業の方々とお話をしていると,環境や自然に対する見方や考え方は,当然ではあるが,理学系の研究者のそれとはまったく異なっていた。たとえば,森を一斉に伐採してしまってから,そこに何種類かの木を植えたところで,質的に著しく劣った,多様性の低い森しか「再生」することはできない。しかし,それは研究者にとっての常識ではあっても,企業人にとっては常識ではなかった。

せっかく企業も環境に興味をもってきているのだから,研究によって明らかになったことを,企業の方に正しく,わかりやすく伝える,そういう役目を果たす人間がもっといた方がいいのではないか。それこそ自分が長らく興味をもってきた環境問題を解決し,持続可能性を高めるために貢献できることではないのか。今こそ,その時機だ! 元来思いつきで行動するタイプの私は,そう考えると,さっさと研究所を辞めてしまい,周囲の方々や友人には随分と呆れられた。

実際に企業の環境経営のお手伝いを始めてみると,環境経営や環境への配慮といっても,興味の対象はあくまで工場やオフィスの中。そのような狭い範囲の中で,コスト削減にもつながる省エネや省資源のための「環境保全」を行う企業が圧倒的に多かった。しかし,幸いなことに,2,3年前から,生物多様性という言葉が,CSRや企業による環境保全活動の中でも重要な課題と考えられるようになってきた。生物多様性はまさに生態学の中心課題であり,学生時代や研究者時代の経験やネットワークをフルに活かすことができるようになってきた。

もちろん,企業が生物多様性の保全に向けて本質的な活動をするのは,これからが本番である。より多くの企業が,日々の事業の中に生物多様性の保全を組み込み,本当の意味で環境と経済が両立する持続可能な社会に少しでも近づくことができるように,企業活動と理学の知識の橋渡しをする仕事を続けていきたいと思う。