ペンで社会を動かす

河内 敏康(毎日新聞社 記者)

図1

毎日新聞東京本社の自席で医療記事執筆中の筆者

PROFILE

河内 敏康(かわち としやす)

1996年
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻修士課程修了。修士(理学)。
1997年
毎日新聞社入社。千葉支局などを経て,現在,東京本社科学環境部所属。

近年,社会とかかわりの深い科学ニュースが増えている。たとえば最近では,臓器移植法の改正がそれだ。脳死に関する科学知識はもちろん,今の移植医療体制の問題や,人間の宗教観などが複雑に絡んでいて,多角的にアプローチしなければ実像は見えてこない。現在,私は毎日新聞社科学環境部の記者として医療・医学,学術誌をおもに担当しながら,読者に理解してもらうべく科学ニュースを日々発信している。

一般にメディア,とくに新聞社でいえば,政治部,経済部,社会部が主流と思われがちだが,科学と密接な関係をもつ現代社会においては,科学ニュースを扱う科学部の役割も大きい。たとえば,人工多能性幹細胞(iPS細胞)による再生医療や移植医療といった医療・医学分野のほか,大地震が起きたさいの仕組みや防災対策,原子力発電所の安全性,国際宇宙ステーションをはじめとする宇宙開発など,科学部の守備範囲は広がっている。国連の気候変動枠組条約締約国会議(COP)など,今後の行方が注目される地球温暖化のような環境問題も含まれる。もちろん学術誌や科学行政もそうだ。

新聞記者の醍醐味といえば,社会を動かす原動力になりうることだ。たとえば,私の記憶に残る思い出のひとつに,アスベスト(石綿)公害の問題がある。石綿は耐熱材などとして建設資材や自動車のブレーキなど幅広く使用された鉱石。石綿の繊維はひじょうに細く,肺に入り込むと約20年以上もの潜伏期間を経てがんなどを誘発するやっかいな物質だ。2005年夏。当時,科学部キャップだった大島秀利記者のもと,仲間の記者と走り回りながらこの問題を集中的に取り上げた。石綿工場周辺の健康被害や,国の石綿規制の遅れ,被害者の惨状などを連日にわたって報道。石綿を使用していた企業を事実上の被害者救済へと動かし,国の救済法制定へとつなげたことは,記者として大きなやりがいを感じた。

大学院時代は,国立天文台の梶野敏貴准教授のもとで,元素合成と銀河の化学進化をテーマに研究した。銀河のハローにある恒星において,中性子をゆっくりとしたスピードで捕獲しながらつくられる重元素の量を調べることで,銀河の化学進化を追うことができる。さらにそこで得られた結果から,宇宙モデルや宇宙年代の精緻化や検証へとつなげていこうとするものだった。宇宙核物理学という新しい分野へのチャレンジに胸をときめかしたいっぽう,当時,阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が起こるなど,このころから科学と社会とのかかわりについても考えるようになった。最終的には,科学と社会との架け橋になりたいとの思いが勝り,新聞記者の道を選んだ。

大学や大学院で学んだ知識は,社会に出れば直接には役に立たないかもしれない。実際,社会で用いられる科学の幅広さにくらべたら,学ぶ知識は限られている。では,大学や大学院で学んだり研究したりすることは,研究者になる以外,意味のないものかといえば,それは違うと思う。実際,そこで培った事実に迫るという思考法は,たとえば新聞記者である今の仕事にも十分役立っているからだ。科学といえば,いわば「仮説」と「実証」のくりかえしだ。すぐれた仮説は,先生や仲間との議論から生まれることを,研究を通じて学んだ。これは,いまの新聞記者の仕事にも通じる。日頃から気になること,取材先で聞いた話などを基に,仲間らと議論しながら問題意識を高め,仮説を立てる。その上で,頭や足を使いながら取材を重ね,一歩ずつそれを実証していく地道な作業のくりかえしだからだ。

昨今,大学院を修了しても大学の正規の職に就けない博士研究員(ポスドク)の問題がクローズアップされている。国の政策によってポスドク数が増えるいっぽう,大学職員などの定員がそれほど増えていないためだ。最近,文部科学省が博士課程の定員削減を要請する通知を全国の国立大に出すなど,政策転換に動き出した。先行きが不透明な中,研究者などを目指し大学院に進むのをためらう人も少なくないのではないか。しかし,そこで学んだことは,人生においてプラスにこそなれ,マイナスにはならないと,自らの経験からそう思う。進む道は人によってさまざまだが,理学部や理学系研究科で学んだことに誇りと自信をもって頑張っていってほしい。