波を使って海を拓く技術官僚となること

吉田 剛(海上保安庁)

図1

図1:関東の南1200 kmにある小笠原海台の鯨瞰図。太平洋プレート上の小笠原海台が伊豆小笠原海嶺に衝突,変形し,巨大な断層を多数発生させている。

図2

図2:地殻構造探査に用いる海底地震計を点検中の筆者

PROFILE

吉田 剛(よしだ つよし)

1994年
東京大学理学部天文学科卒業。
1996年
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻修士課程修了。
1999年
同博士課程修了,博士(理学)海上保安庁入庁。
2006年
米国ニューハンプシャー大学大学院GEBCO日本財団大洋調査課程修了。国際水路機関カテゴリーA水路測量士資格取得。現在,海上保安庁海洋情報部大陸棚調査官。

天文学の学生が海上保安庁の官僚になる,と聞くとたいへん奇異に感じるかもしれない。しかし,私の場合,官僚となって変わったことは,スーツを着て朝決まった時間に出勤することと給料がもらえることだけで,実際にやることはそれほど大きな違いはなかった。私は,学部では電波による観測を,修士課程では衛星を使った軟X線による太陽の観測を,博士課程ではロケットを使った極紫外線による太陽の観測を行った。今は,海上保安庁で,超音波を使った海底地形探査,地震波を使った地殻構造探査を行っている。PhotonがPhononに変わっただけで,やっていることは波をつかった実験物理学である。

私が所属する海上保安庁海洋情報部は,航海の安全に必要な情報を調査収集し海図等の発行や航行警報等の発令を行っており,関連して,領海等の排他的区域を確保するための調査を行っている。わが国は四方を海にかこまれた海洋国家であり,外国との交易の大部分が船舶によっている。われわれの正確な調査に基づく精密な海図等の情報が船舶の安全な航行の礎のひとつとなっており,社会に大きく貢献している。したがって,私が所属する組織の所掌する事項が必然的に技術的になっており,私のような少数の技術官僚がその技術を支えている。

技術官僚の具体的な仕事は,国民・国家のために調査をすることである。調査を企画立案し,実行し,誤差を評価し,結果を発表する。私の場合,入庁早々に日本周辺の深海域の海底地形データの収集と管理を一手に任された。海上保安庁では海洋権益の確保のための調査を長年にわたり実施しており,集められたデータは世界でも群を抜く膨大かつ精密なものである。この成果をもとに,この冬に,日本が排他的権利をもつ海底の区域(法的に「大陸棚」という)を拡張する申請が国連に対し行われる予定である。

私の現在の仕事の内容について,大学のとくに理学系における実験物理学との違いは,極言すると,目的が“科学的研究のため”か,“国民・国家のため”かのみである。この違いは大きな意義をもつ。いくら科学的意義がある調査であっても,国民・国家のためにならなければ実行不可となる。逆に,あまり研究として価値のない調査であっても,国民・国家のためになるものであれば実行する。私の場合のように,日本周辺の350海里までの海域の海底地形を科学的意義に関係なくすべて均一,均質に精密調査するというのは,大学では到底不可能であろう。私は技術官僚として海洋調査に携わり,計らずも世界でもっとも膨大な深海域の精密海底地形データを管理する技術者という栄誉を得ることとなった。

私の出身である理学系の大学院というと,なかなか崇高な学府で,研究内容も社会からかけはなれたものという印象があるかと思う。私自身もそう思っていた。しかし,大学以外の道を模索する過程で,自分が大学でやっていることは,目的が高尚なだけであって,社会のいたるところで必要とされる技術的仕事とそれほど変わらないと知った。そして,より自分が能力を発揮し,対価も得られる場所として,現在の職場を見つけた。

世の中には理学系の技術が必要とされているところが意外に多くある。とくに最近は各方面で技術的事項が高度化し,理学系の高度な物理および数学の知識および経験が各所で必要とされている。私のように大学以外の道も選択肢としている人には,そのような社会に目を向けてみることを勧める。その中でも技術官僚はお勧めのひとつだ。“国民・国家のため”と目的に縛りがかかるが,その範囲の中で,理系技術者が技術的に楽しむことができる余地はかなりある。