酒造り~匠の技と科学の融合~

北山 賀隆(大阪国税局)

図1

図1:フランス,ボルドー地方のシャトー(ワイナリー)のブドウ畑にて

図2

図2:赤ワイン醸造作業中の筆者

PROFILE

北山 賀隆(きたやま よしたか)

1996年
東京大学理学部生物学科卒業。
1999年
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻修士課程中退。石川県庁入庁。
2000年
国税庁入庁。現在,大阪国税局所属。

お酒は神話の中にも登場しているほど,人類と縁深いものである。およそ優れた食文化をもっている民族は誇る価値のある固有の酒をもっているといえよう。わが国の清酒(日本酒)や焼酎もそのような酒のひとつである。現在私は国税局で,酒類製造業者に対する製造技術指導を行い,お酒の製造技術および品質の向上に貢献することを仕事のひとつとしている。

国税局がなぜお酒の技術指導を行っているか不思議に思われる向きがあるかもしれない。国税局の上級官庁である国税庁の使命には「内国税の適正かつ公正な賦課および徴収の実現」と並んで「酒類業の健全な発達」が掲げられており,いわゆる業所管庁として酒類業界をカバーしている。その中で技術的事項を担うセクションである鑑定官室というところに技官として所属し,製造指導などを行っているわけである。具体的には,酒類の各製造場を訪問したりすることなどを通じ,目指している品質とそこに至るために抱えている技術的な問題点を明らかにし,より高品質の製品を造るための方法を製造者と共に考え,実現に向けて助言を行ったりしている。とくに私が現在所属している大阪国税局には,灘(兵庫県)や伏見(京都)といった清酒の主産地も地方の地酒メーカーもあり,素晴らしい酒を生みだしている銘醸蔵がたくさんある。また,ワイン,梅酒の優れた原料(ブドウ,梅)の産地も擁しており,これら酒類の造り手と研鑽し合っている日々である。

たとえば清酒造りでは「杜氏(とじ)」という,卓越した技能をもつ者が製造の現場を担っており,良酒を醸している。優れた技術者のものづくりは,世代を超えて磨かれ受け継がれてきた手法とその人が試行錯誤の上で体得した勘に立脚した「匠の技」の世界である。これ自体はひじょうに属人的なものであり,人から人への伝承に依存している部分が大きい。いっぽう製造者としては消費者に対して,より良い品質の製品を継続して提供していくことが持続的成長の上で必須であるが,残念なことに,杜氏に代表されるような伝統的技術者集団の数は減少傾向にある。

もし伝承が途絶えてしまうと失われてしまいかねない儚さをもつ匠の技の世界と,科学的な醸造の橋渡しを行うことがわれわれの仕事のひとつであり,科学の視点から理解,説明,実証していくことで再現性のある,目的に叶った酒造りの実践をサポートしていくことを目指している。 また,税務行政および酒類産業行政の専門技術分野を支えるスペシャリストの行政官として,税法のみならず関連諸法規を理解したうえで職務にあたる必要があり,技術だけでなく幅広い知識を求められる職場といえよう。そのような中,職場には農学,工学系の出身者も多く,それぞれのもち味を生かし補い合いながら問題解決に当たっている。

学生時分は生物学科(植物学課程)に所属し,アルコール発酵の担い手である酵母をいじっていたこともあった。また,酒の原料は穀物や果実が原料であるということも植物という点でも縁があったのだろう。酒造りに関して学んだのはこの職に就いてからであり,学生時分のテーマとは全然異なることに携わっていることになる。しかし,その根っこには理学を通じて学んだ自然科学の考え方が役に立っていると感じている。