応用研究でも不滅の理学部マインド

松永 幸大(大阪大学大学院工学研究科)

図1

図1:ASURAノックダウン細胞の蛍光写真。染色体が正常に整列しない。青:染色体,赤:動原体,緑:微小管

図2

図2:顕微鏡システムを操作して研究中の筆者。

PROFILE

松永 幸大(まつなが さちひろ)

1993年
東京大学理学部生物学科卒業。
1998年
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程修了。博士(理学)。
2000年
東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻助手。
2002年
大阪大学大学院工学研究科講師。

研究テーマは染色体動態制御メカニズムの分子細胞生物学的解析。イメージング技術で可視 化した細胞が分裂する様子を顕微鏡でみていると時間を忘れて しまうこともしばしば。「超顕微 技術による染色体形態構築メカニ ズムの研究」で文部科学大臣表彰・若手科学者賞を2008年受賞。

着任前の面接で生まれて初めて足を踏み入れた大阪に,研究の場を移してから約6年。顕微鏡イメージング技術を駆使しながら,染色体の動態解析をヒト子宮頸がん培養細胞HeLaやタバコ培養細胞BY-2を用いて研究している。最近,ヒト染色体のX字型構造を担うタンパク質ASURAを発見した。このタンパク質は細胞内でさまざまな機能をもつタンパク質であり,なくなると細胞は正常に分裂できず,ゲノムを次世代に分配できない。そこで三面六臂の体をもち,多方面に活躍した「阿修羅」のサンスクリット語源にちなんでASURAと命名した。このような染色体タンパク質を用いて,環境変異原の同定や創薬に役立つ研究も進めている。研究・教育の場は工学部生命先端工学専攻であり,バイオテクノロジーを用いた産学連携が盛んなところ。元々,醸造・発酵学科であった専攻なので,今でも製薬企業や食品企業とつながりが深い。関東から関西へ,基礎研究の理学部から応用研究や産学連携研究がメインの工学部へとダブルカルチャーショックを受けて,着任後2年間は研究の立ち上げで必死であった。とくに,「先生の仕事はサイエンスでありエンジニアリングではないですね?」「その研究をやって世の中にどのように役に立つのですか?」「実用化までに何年ですか?」などと言った質問に即答(反論?)せねばならなかった。

大学院時代は生物科学専攻発生生物学研究室で,黒岩常祥先生(東京大学名誉教授)のご指導のもと,植物の性染色体の分子遺伝学的研究を行った。実験材料であるヒロハノマンテマの種子をいただき,あとは自分で好きに研究を展開してよいという自由闊達な研究天国。理学部2号館奥の温室に朝夕通い実験材料の世話をしつつ,地下の部屋で遺伝子実験やRI実験をくりかえし,新しいデータが出ると学生居室や教授室でディスカッションする日々。毎日が楽しく理学部2号館の扉を開けて,薄暗い階段を地下へ下る時に「今日はどんな発見があるかな?」と胸高鳴っていたことを覚えている。研究者は,世界で誰も知らないことを一番初めに知ることができ,学術論文として全世界に発信できる。つまり芸術家と同じように,自分の個性を表現できる希有な職業であることを大学院時代に知ることができた。幸運だったことは黒岩先生と趣味が一緒だったこと。土日は伊豆の狩野川の鮎釣りや三浦半島の馬堀海岸で海釣りなどの課外指導を受け,理学部2号館研究室合同釣り大会も開催した。釣りは今も最高のリフレッシュ効果がある趣味である。釣りで頭をリセットすると,研究の新しいアイディアや方針が自然と沸いてくる。

応用研究分野に移っても,自分が興味をもったことをとことん考え抜いて,全身全霊をかけて研究する理学部マインドは不滅である。エンジニアリングの根本にはサイエンスがあり,実用化研究の裏には,研究者が興味だけで推し進めた基礎研究成果が必ずある。今は,理学部であまり体験しなかった特許申請や企業との産学連携研究も手がけることも多い。結局,応用研究分野においても,うまくいくかどうかは自分の研究をどれだけ愛していて熱意があるかということだ。学生から「何で先生はいつも楽しそうに研究して,論文を書いているのですか?」と問われることがある。そんなときに,寝食を忘れて没頭できる研究の楽しさについて理学部マインドを込めて話すと,研究にのめり込んでくる学生が出てくる。これからも,研究と教育のあらゆる場面で,大学院時代に培った理学部マインドを燃やしつつ,世界を驚愕させる発見という野望の実現に突き進んでいきたい。