身に付けた理学を武器にビジネスへ

宮内 洋宜(株式会社日本総合研究所)

図1

毎度の出張に向けて書類を準備中の筆者

PROFILE

宮内 洋宜(みやうち ひろのり)

2002年
東京大学理学部化学科卒業。
2004年
東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程修了。
2007年
同博士課程修了,博士(理学)。

研究テーマは新規有機合成手法の開発。同年,株式会社日本総合研究所創発戦略センターに入社。エネルギー,環境分野における新市場の創出や新規事業の戦略立案に従事。学生時代は東京大学合氣道会に所属し練習に明け暮れていたが,引退後はメタボが進行,最近は危機感を覚えている。

私は現在,株式会社日本総合研究所に勤務している。社名には「研究所」とついているが,学生時代のように実験をしているわけではない。日本総研は金融グループ傘下のシンクタンクである。所属している創発戦略センターは,エネルギーや環境分野における政策提言のほか,インキュベーション(卵を孵化させるという意味),すなわち新しい市場の創出,新規事業の立ち上げを目標として活動している。その一例として,企業が太陽光・風力発電,燃料電池などの事業に参入するための支援業務が挙げられる。

学生時代は化学専攻有機合成化学研究室で,奈良坂紘一先生(現シンガポール南洋理工大学教授)のご指導のもと新規な有機合成手法の開発を目的とした研究を行っていた。われわれの生活に欠かせない医薬品や農薬,化学繊維などは多くが有機化合物である。有機化合物の中には植物や動物から集められるものはあるが,大量に必要とする場合は人工的に作らないといけない。また,そもそも世の中に存在しない化合物をつくる必要もある。そのようなときに行われるのが有機合成である。しかし,残念なことに有機合成は万能ではなく,思い通りに化合物をつくることはできない。原子同士の結合をつないだり切ったりする方法は限られているのだ。有機合成手法の開発とはその方法を増やすための研究であり,化合物をつくるための新しいのりやはさみを作ること,といえる。私は鎖状の分子を環状の分子に変える「環化反応」を研究していた。博士課程においては理論計算によるシミュレーションを併用し,これまで教科書では進行しないとされていた反応機構を経由している可能性を示した。まさに理学といえる研究ではないかと自負している。

基礎科学の研究は,自然の本質に迫るという性格から,実用から遠く学問としての側面が強いように思う。講演会などに参加し,より実用に近い工学や農学,薬学の成果に触れるうちに,私は自分が学んだ学問や行った研究がどのように世の中の役に立っていくのかということに興味を抱くようになった。「理学は役に立つの?」という疑問といってもいい。技術が事業になる瞬間に立ち会いたい,願わくは基礎科学と実用をつなぐ懸け橋を見つけたい,そんな思いから私はインキュベーションを標榜する今の職場を選んだ。

実験から離れ,従事する分野を大きく変えた今,仕事をする上で学生時代に学んだ知識・経験を直接活用する機会はほとんどないが,その守備範囲の広さに感謝することは多い。エネルギーや環境分野においては技術が大きな要素を占める。技術といえば工学的なものを想像するかもしれないが,新しい技術の影には基礎科学の知見があるのではないだろうか。そのため,身に付けた理学,化学の知識によって多様な技術をざっとではあるが理解でき,それは自分の強みとなりうると感じている。そういった意味で理学は個人的に十分役に立っている。まだまだ駆け出しの身であるが,今後も理学,化学の知識を活かして社会に貢献できるような仕事を進めていきたいと思っている。