北欧の地で星になる

北欧の地で星になる

臼井 文彦(天文学専攻 特任研究員)

図1

図1:命名式で渡された「星になった」ことを伝える用紙。命名式とはいえ,件数は100名以上なので,矢継ぎ早に名前がよばれて,この赤い紙片がばらまかれる状態だった。この時点では正式な承認手続きが済んでなくて,具体的にどの小惑星に命名されたのかはわからなかったが,後日, (24984) 1998KQ42という番号の小惑星に私の名前「Usui(臼井)」がつけられた(なお,この天体は肉眼で見えるほど明るくはない)。

図2

図2:国際会議終了後にヘルシンキの繁華街に繰り出した。ヘルシンキのメインストリートの1つ,ポポヨイスエスプラナーディ通りで見上げると,すばらしい青空,そして目を開けられないほどのまばゆい太陽。時刻は18時を過ぎているが,夜はまだまだ来ないのであった。

「さむいー!」2014年6月末,私はフィンランドの首都ヘルシンキに降り立った。フィンランドの夏は過ごしやすいはずなのに,鉛色の雲が垂れ込め,日中でも気温は10℃前後,厚手のコートが欲しくなる。事前情報で北極からの風で天候が荒れていると聞いてはいたが,それにしても寒すぎる。

この寒いヘルシンキにやってきたのは,国際会議「小惑星・彗星・流星2014」(Asteroids, Comets, Meteors 2014)に参加するためである。これは,その名の通り太陽系小天体を研究対象とした国際会議で,2012年の新潟に続き今回で12回目,44カ国から500名が参加する世界最大規模のものだ。太陽系の起源や進化,そして生命の誕生にもつながる分野で,どんよりとした空とは裏腹に,会議は連日刺激的で白熱していた。

会期の中日の晩餐会でのこと。前衛的すぎる長大なピアノ演奏の余興にうんざりしつつワイングラスを傾けていたところ(あのワインはカリフォルニア産だったような…),小惑星への命名式が始まった。国際会議開催に合わせて,関連分野の研究者や貢献のある人物などの名前を命名する恒例のイベントなのだが,今回,なんと,その中に私の名前も含まれていたのである!(脚注,図1)

2014年9月現在,命名されている小惑星は18836個にのぼる。それでも,今までに発見された数の3%にも満たない…それほど小惑星は数が多いのだ。命名には,国際天文学連合のルールに従って,人名,地名,団体名,専門用語,神話・物語・映画にまつわるものなど,さまざまな名前がつけられている。初めて日本人の名前がつけられた小惑星は,東京大学東京天文台(当時)台長の広瀬秀雄先生にちなんで1956年に命名された(1612) Hiroseである(天体の発見は1950年ドイツ人天文学者による)。また,歴代の理学部長では,小平邦彦先生,佐藤勝彦先生,岡村定矩先生のお名前が,それぞれ(6964) Kunihiko,(7965) Katsuhiko,(7205) Sadanori として命名されている。今では日本人の名前の小惑星は1200個にもなり,歴史上の人物や現役の研究者も多く含まれる。今回,私はその仲間入りをして「星になった」ということになる。偉人たちに混ざって若輩者の自分の名前が並ぶのは,こそばゆいものではあるが,とても光栄に思う。

さて,5日間におよんだ国際会議は,次回2017年の開催地が南米・ウルグアイであることが宣言されて閉幕した。寒く曇りがちだったヘルシンキの天気はようやく回復し,気温は20℃を越えて快適な夏がやってきた(図2)。この街は美しく,すっかり気に入ったが,それ以上に思い出の地になった。小惑星の名前を胸に,再訪を誓った北欧の旅であった。

その後,この夏のヘルシンキは一転して連日の猛暑に見舞われたとのことである…。

注:命名の経緯は2014年7月25日理学部プレスリリース「東京大学大学院理学系研究科特任研究員の名が小惑星に命名されました」(http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2014/38.html)を参照のこと。