理学の「ヘクサメロン」

理学の「ヘクサメロン」

左近 樹(天文学専攻 助教)

リストの作品にヘクサメロン (Hexaméron) という楽曲がある。とある侯爵夫人の提案で,リストを中心に,ショパン,ツェルニー,タールベルクなど,師弟友人関係にある当時の腕利きの音楽家に声がかかり,ベッリーニのオペラの主題を題材に,変奏曲を持ち寄り,リストが一つにまとめあげた作品であると知られている。私が好んで聴くのはピアノ独奏版の作品であるが,各変奏部では,作曲家でもあり演奏家でもあったそれぞれの音楽家の得意とする技法や作風が感じられる。特に,総括も担ったリストの構成力には感服する。また,初のお披露目の際には,リストとタールベルクのピアノ対決となったという言い伝えも面白い。

研究者が,自ら見つけ出した問題点に対して,自身の能力を駆使して,その解決を図る過程は,基本的には孤独な努力を必要とする。いっぽうで,より本質的な大きなテーマに挑む為には,複数の研究者が協力し,各々の努力の中で磨いた技能を生かし,役割を分担するということは,日常的に行われる。ヘクサメロンの楽曲制作において,各作曲家がそれまでに築き上げた自身の作風や特徴的な技法に基づいて獲得したアイデンティティがあってこそ,この企画が成立し得たように,共同研究を行うに際しても,まずは,各々の研究者が個別に行った地道な努力と実績が大切である事は言うまでもない。いっぽうで,親交の深く互いに尊敬し合える作曲家が集められた事も,ヘクサメロンが魅力ある一曲に仕上がったことの重要な要因であると思われるが,共同研究においても,各々の研究手法に寄せられる信頼と互いへの敬意と理解が,共同研究における各々の役割を明確にし,効果的な協調関係を実現する上で不可欠である。

互いに相手を信頼し認め合うためには,共同研究に着手する以前からの交流が重要である。その過程におけるコミュニケーションは,将来の共同研究の礎となるだけでなく,自己の思い込みや誤りに気付き是正する機会ともなり,結果として,現在の各々の研究活動を好転させる。実際に,私自身,学生時代に仲間と夜通し話し明かした経験や,恩師をはじめとするスタッフ,同期の研究者や,研究室メンバー,研究会で会った仲間と交した何気ない会話が,今の自分の研究理念に影響を与えている事に,ふと,気付く時がある。その度,研究において,いかにコミュニケーションが大切かを実感する。また,互いの人格と実績を理解し信頼できるメンバーを広く見つけるきっかけとして,研究会は貴重な機会の一つであると思う。研究会といってもさまざまな目的,形態の物があるが,私の場合,たとえば,大学院時代に,カリフォルニアの松林が美しいAsilomar海岸にある,ほどよく人里離れたロッジで開かれた研究会で,出会い,昼夜問わず話した同世代の研究者の中に,互いに信頼し現在も共同研究を行う仲間が居る。ネットワークが完備され出張中でも仕事がはかどる便利な研究会もありがたいが,いっそのこと,そういう便利さを捨てて,人と人が向き合わざるを得ない環境の方が,研究にとっては必要とされているのかもしれない。

自然科学の解決すべきテーマを,侯爵夫人の思いつきに例えるのは無理があるかもしれないが,各々が最大限の努力を行い研究におけるアイデンティティを獲得した上で,いつか一堂に会し,各々の特性を活かし役割を分担し,共通のテーマに臨むことができる研究仲間の一員となる事は,研究の上で,何にも代え難い好機であることは間違いない。

近年のプロジェクトの大型化に伴い,国際協調の枠組みにおいて,科学目的の達成に取り組む機会は,今後ますます増加する。ゆくゆくは人類が共同で取り組まざるを得ない一つのミッションに行き着くであろうが,その際に,信頼できる研究仲間で構成されるより大規模なわれわれの組織が,世界の中でのアイデンティティを勝ち得て,その役割分担に世界が納得する必然性を獲得する事が必要となる。もちろん,こうした大型プロジェクトには,さまざまな政治判断の元で,理想論や理屈ではどうにもならない事もあるであろうが,まずは手の届く研究題材による共同制作を成功させて,将来の人類の取り組むべき題材による「ヘクサメロン」制作に,リストとして,或いはショパン,タールベルク,ツェルニーとして関わる事に備える努力が無しには,好機はいつまでもやってこない。

新年度になり,気持ち新たに分野に加わる同志を迎える度,特に大学院生には,研究活動の中にアイデンティティを見いだせるまでの複雑さと混沌に耐え,やがてより多くの信頼し尊敬し合える仲間を見つけ活躍する将来を期待する。そして,自らもそうした研究者達と将来のプロジェクトに参加できるよう精進する心構えを確認する次第である。