朝永振一郎の博士号はどこから?

須藤 靖(物理学専攻 教授)

図1

朝永振一郎(左)や牧野富太郎(右)も載っている,昭和以降の理学部学位授与者一覧の記録

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2012年1月17日に筑波大学で行われた第12回林忠四郎記念講演会に出席した時のことです。講演会後の交流会のさいに,主催側である湯川記念財団の顧問をされているS先生と歓談する機会がありました。S先生は,2006年に国立科学博物館,京都大学,筑波大学,大阪大学の共同で行われた湯川・朝永生誕百年企画展委員会の中心メンバーとして活躍されました(もちろん筑波大学では,朝永・湯川生誕百年記念展示会という名前だったそうです)。

少しお酒が入ったところで「須藤君,朝永振一郎はどこから学位をとったか知っとるかい?」と聞かれました。「そりゃ京大からだと思いますが,ひょっとして(今の筑波大学の前身である)東京文理科大学なのですか?」と答えたところ,「東大や!」とのこと。S先生によれば,ずっと以前,東大物理の素粒子論関係の先生方にも聞いてみたのだがどなたもご存知なかったとのことです。むろん,上述の百年企画展委員会のメンバーの皆さんはご存知だったのですが,東大の連中に知れ渡って変に宣伝されるのもよろしくなかろう,ということでそのままひた隠し(?)にしていたとのこと。

早速その翌日,朝永振一郎をウィキペディアで調べると確かに"1939年:帰国。留学中に執筆した論文"Innere Reibung und Wärmeleitfähigkeit der Kernmaterie"によって東京帝国大学から理学博士号を取得"との記述があります(さすがはウィキペディア)。そこで,物理教務を通じて証拠となる記録がないかどうか特別に調べてもらったところ,しばらくして大学院係から古い記録を見つけたとの連絡が!理学系研究科長の許可をいただいた上で,本邦初公開のコピーをここに掲載しておきます。

最初のページ(わが郷里である高知県の偉人の一人,牧野富太郎も載っています)から判断すると,これは昭和以降の理学部学位授与者一覧の記録のようです。その欄の説明をもとにすれば,朝永振一郎の学位申請日は昭和14年(1939年)2月6日,教授会附議日が同年2月17日,決定年月日が同年10月27日で,審査員は落合麒一郎,坂井卓三,仁科芳雄の3名であることがわかります。ほかにも著名な先生方のお名前がずらっと並んでいるのは壮観です。

さて,朝永振一郎が東大から博士号をもらっていることは単なる豆知識程度でしかないかもしれません。ただこれを通じて気づいたのは,理学部の過去の書類の中にはこのように今や歴史的価値の高いものがごろごろしているという事実です。しかし実は今回の書類はすでにぼろぼろになっており,コピーをしていただく間は横でハラハラしながら眺めていました。と同時に,このような過去の書類はまとめてデジタル化しておき,理学部の歴史として正しく後世に残して行く責任があるのではないか,とも思った次第です。理学部執行部,および広報の方々にご検討いただければ幸いです。