第11回 相手を配慮した英語表現

トム・ガリー (Tom Gally)

英語にも敬語がある?

先日,このシリーズの読者から重要な質問を受けた。英語にも尊敬語や丁寧語があるのか,またあるとしたらどういう状況で,どのように使用するのかという質問であった。

その読者の方は科学の最先端で活躍している若手研究者なので,共同研究や国際会議など,外国の科学者との交流で英語を使う機会が多いのであろう。日本語ではあらゆる場面で尊敬語や丁寧語に留意する必要があるから,英語でもその必要があるか,または敬語表現を間違ったら人間関係が難しくなることがあるか,という趣旨であったと思う。

日本語と比較すると,英語には尊敬語や丁寧語がないように見えるのは確かだ。日本語の会話では,話し相手の年齢や地位などによって使用される代名詞や動詞がいろいろ変わる。たとえば,日本語では,若手研究者が名誉教授に挨拶をするときには「お元気でいらっしゃいますか」などと言うが,名誉教授の方からは「元気か」だけで良い。一方,英語では,名誉教授から若手研究者に対しても,若手研究者から名誉教授に対しても“How are you?”など,同じ挨拶を使っても構わない。

それでも,英語には丁寧な表現がまったくないわけではない。場面によっては不適切な言い回しを使ったために失礼な感じに聞こえて,相手を怒らせてしまうことさえある。とくに重要なのは,依頼の仕方と相手の呼び方の二点である。

依頼の複雑さ

数年前に,私は日本人の中学生向けの英語教科書を校閲した。初級の教科書であったから使用できる語彙や文型が厳しく制限されており,不自然な表現が若干あった。それでも,全体としては英語が正しく説明されていたし,内容も面白く,良い教科書だったと思う。私が不満を感じたのは,人に物事を依頼するための表現だけであった。それは“Will you open the window?”,“Will you give me your pen?”などのような,“Will you ~”で始まる依頼文であった。私はこの教科書で英語を勉強した中学生が将来,科学者になって外国にいる研究者に電子メールを送って,“Will you send me a preprint of your paper?”と頼んでいるのを想像して,ぞっとしたのである(“preprint”は「(論文などの)前刷り」のことで「プレプリント」とも言う)。“Will you ~”は命令と言ってもいいほどきつい表現である。親しい間柄では使うことがあるが,それもインフォーマルな場面に限る。知らない人に対して,または目上の人に対して用いるべき表現ではない。

英語には日本語ほど丁寧さの程度による変化がないから,日本語ほど敬語などに気を遣わなくても良いことが多い。ただし,依頼表現だけは日本語と同じ,または日本語以上に複雑で,注意しなければならないところである。私は1983年に来日して以来,日本語がわからない外国人が日本人の意図を誤解して怒ったところを何回も見たことがある。その誤解の理由はいろいろあるが,最も多いのは,外国人が日本人に英語で何かを頼まれて,その依頼表現を失礼だと感じていたことである。その日本人達は丁寧に話すつもりであったのであろうが,“Will you ~”など,ぶっきらぼうに聞こえる表現を使ってしまっていたのである。

たとえば,外国の研究者に論文のプレプリントを頼むときに,どういう表現が使えるだろう。その研究者と面識があるかないか,あるとしたらどのくらい親しいかによるので,一概にはいえないが,次のように「ひじょうに親しい友達」から「まったく知らない人」まで,いくつかのパターンがある。

  • ・Send me a preprint of your paper.
  • ・Will you send me a preprint of your paper?
  • (この両方は命令調であるから,要注意)
  • ・Please send me a preprint of your paper.
  • ・Send me a preprint of your paper, please.
  • (Pleaseを使ってもまだ命令に近い)
  • ・Could you send me a preprint of your paper?
  • (Couldで始まるとWillより丁寧になる)
  • ・I was wondering if you could send me a preprint of your paper.
  • (かなり丁寧な表現)

最後の表現は,いろいろなフォーマルな場面で使えるから覚えておこう。でも,それよりもさらに丁寧に依頼する方法がある。それは相手にとってできるだけ断りやすいようにするのである。“I was wondering if you could ~”などで頼んでも,相手にとってはそれが無理または面倒である場合,“I'm sorry, but I can't.”のように返事しなければならない。だれにとっても人の依頼を断るのは愉快なことではないので,「したくない」「できない」のような返事を出さなくても良いように依頼するのがベストなのである。

シチュエーションによって文型が変わるので,この間接的な依頼方法を例から見てみよう。まず,プレプリントを送ってほしいときには次の表現が使える。

  • I was wondering if preprints of your paper are available.
  • (あなたの論文のプレプリントを手に入れることができるか知りたいのですが)

これを断る必要があれば,“I'm sorry, but no preprints are available.”で済む。“be available”は少し曖昧な表現なので,だれの責任で手に入らないかは不明である。その曖昧さのおかげで,相手にとっては断りやすい依頼になる。

また,相手の研究所を見学したいときには,“I was wondering if I could visit your laboratory.”という表現を用いると,確かに丁寧であるが,もしそれを断る必要があれば “I'm sorry, you can't.”など,不愉快な返事をしなければならなくなる。その代わりに,次の表現を使うと良い。

  • I was wondering if your laboratory is open to visitors.
  • (あなたの研究所が訪問者に公開しているかどうか知りたいのですが)

英語にも敬語がある?

私自身も英語の丁寧表現で困ることがある。それは初対面の人を,または会ったことのない人をどのように呼べばいいかという問題である。日本語では「(姓)さん」または「(姓)先生」を迷わずに使えるシチュエーションがほとんどであるが,英語では相手の出身国,現在住んでいる国,職位,学歴,年齢,性別,婚姻状態などをいろいろ考えなければならない。たとえば,相手の名前が“Ellen Simmons”の場合は,“Miss Simmons”,“Ms. Simmons”,“Mrs. Simmons”,“Dr. Simmons”,“Prof. Simmons”,または“Ellen”という選択肢がある(日本国内にいるなら“Simmons-san”と“Ellen-san”もある)。英語圏以外の名前である場合は,姓名の順か名姓の順かわからないこともよくある。ある程度親しくなったら相手に“What would you like me to call you?”(「どう呼べばよろしいでしょうか」)と聞けばいいが,初対面ではなかなか聞くチャンスがない。

米国やカナダでの呼び名の使用は,この数十年だいぶ変わってきた。1960年代までは,親しい友達ではない限り男性を“Mr.”,未婚女性を“Miss”,既婚女性を“Mrs.”で呼ぶ習慣が定着していた。医者や博士も“Dr.”または“Prof.”で呼ぶのが原則であった。しかし,1970年代に入ると,ファーストネームの使用が多くなって,なおかつ婚姻状態を区別しない“Ms.”という呼び方が一部の女性に好まれるようになった。それでも,ファーストネームで呼ばれることが嫌いな人,または“Mrs.”にこだわる女性は依然として少なくない。なお,医者を“Dr.”で呼ぶのは現在も一般的であるが,博士号をもつ人は,“Dr.”で呼ばれたい人と呼ばれたくない人が半々である。本当に困ったことである。

私はこのシリーズで英語についていろいろ書いてきたが,実際には呼び名の他にも迷うことが多々ある。これからも英語について研究していくつもりであるが,この連載は今回で終わる。これまで読んでいただいた読者の皆さん,とくにコメントや質問を送ってくださった方々にお礼を申し上げたい。将来,どこかで私に出会ったら声をかけてほしい。そのとき,“Mr. Gally”でも“Prof. Gally”でも“Gally-san”でも“Tom-san”でも“Tom”でも,私のことをどう呼んでいただいてもまったく構わない。