第6回 「相手が知っているかどうか」ということと情報の流れ

トム・ガリー (Tom Gally)

文章を書くときに決めなければならないことの一つに,どの順序で伝えたい情報を並べるか,ということがある。科学論文の場合は,「アブストラクト」→「序文」→「方法」→「結果」→「結論」→「参考文献」などの順で全体構造がだいたい決まっているが,もっと細かい区切り,特にパラグラフの中やセンテンスの中で何を先に書いて,何を後に書くかについては明確な基準がない。しかし,情報をおかしな順序に並べると,文章が読みづらくなり,「悪文」として非難されることさえある。

次の2例を比較しよう。

  • (1)First, the sample was immersed in a saline solution. Next, a pipette was used to stir the solution.
  • まず,サンプルは塩水に浸された。次に,ピペットを使ってその塩水がかき混ぜられた。
  • (2)First, the sample was immersed in a saline solution. Next, the solution was stirred with a pipette.
  • まず,サンプルは塩水に浸された。次に,その塩水はピペットでかき混ぜられた。

両方には同じ情報が伝えられているが,二つ目のセンテンスではその情報の順序が逆になっている。(1)では「ピペット」が先にきて,「塩水」が後にくる。(2)では「塩水」→「ピペット」の順。どちらが良いだろうか。

文法上では(1)も(2)も正しい英文だが,文章としては(2)のほうが良い。なぜかというと,(2)は次の規則に従うからだ。

情報の流れの規則
古い情報(読者に知られている情報)は先。
新しい情報(読者に知られていない情報)は後。

この規則は英語独特のルールではなく,日本語にも当てはまる。実は,どんな言語にも「良い」とされている文章を分析するとセンテンスの初めに古い情報があって,後のほうに新しい情報がある,という傾向がある。例えば,この「理学部ニュース」の前号には,次の文章があった。

  • (3)「ほとんどの隕石は小惑星から来ていると考えられているが,中には月や火星から来ているものも最近では知られている。ただし,これらの割合は,隕石全体のわずか0.1%ほどである。」(「国際共同研究により希少な火星隕石の分析が始まった」三河内岳)

最初の文では「ほとんどの隕石は小惑星から来ていると考えられている」が古い情報で,「中には月や火星から来ているものも最近では知られている」は新しい情報だ。次の文も,「これらの割合」と「隕石」が古い情報で,「0.1%ほどである」は新しい情報だ。三河内氏の文は見事に「情報の流れの規則」を守っているのだ。

「情報の流れの規則」に反してしまうことが多いのは,翻訳文である。日本語と英語のセンテンス構造がだいぶ違うため,単語や句を正しく翻訳しても,情報を「古い」→「新しい」という順に並べるのはなかなか難しい。例えば,(3)を次のように英訳できる。

  • (4)It is thought that almost all meteorites come from asteroids, but it has recently become known that some come from the moon or Mars. However, their ratio is only about 0.1% of all meteorites.

この英訳は文法的にも意味的にも正しいが,文章としてはぎこちない。最初の文は和文と同じく「情報の流れの規則」を守るが,次の文では前文にも登場した古い情報である“ meteorites (隕石)”は“ about 0.1% ”という新しい情報の後にくるからだ。規則を守るために,二つ目の文を

  • However, their ratio among all meteorites is only about 0.1%.

あるいは,

  • Among all meteorites, however, they account for only about 0.1%.

などと書き換えればよい。そうしたら,古い情報は新しい情報の前にくることになる(翻訳文の情報が不自然に流れることが多い理由は,このような書き換えには時間と技能が必要だからだ)。

このシリーズは冠詞をテーマにしているが,今回説明した「情報の流れの規則」も冠詞と無関係ではない。その共通点は「相手に知られているかどうか」ということだ。 the の後にくる名詞も,文の初めにくる情報も,すでに相手に知られている傾向が強い。冠詞を正しく使用することにも,スムーズに流れる文章を書くことにも相手が知っているかどうかを考慮する必要がある。シリーズ第1回でも指摘したように,相手が知っていることを考慮するのがコミュニケーションの基本だ。

the のシリーズはこれで終了するが,次回からは英語と日本語の違いなどについていろいろ検討していきたい。